第45話 帰宅して
放課後。夏樹はゾンビのような足取りで帰路についた。
帰宅途中で冬陽と合流してスーパーに行く約束だったり、その後風邪で休んでいるであろう小日向のお見舞いに行く予定も全部忘れて、彼は満身創痍で自分の居城に辿り着いた。
玄関でバッグが肩からずり落ち、靴を揃えることなく脱ぐと、自室の扉を開ける。
朝捲ったままの布団の間に辿り着くと、そのまま崩れ落ちるようにベッドに倒れた。
冬陽に彼氏がいた。その事実が夏樹の心を木端微塵に砕いてしまっていた。
絶望感のただ中で、夏樹の思考はぐるぐる回転する。
しかし、考えてみれば、冬陽のような可愛い娘に彼氏がいないなんておかしいことだ。
クラスメイトはみんな冬陽を好いている。男連中なんか、明らかに冬陽に好意を抱いている人間が数多くいる。その中から猛烈なアプローチをされれば、さしもの冬陽もなし崩しに付き合ってしまうこともあり得る。
「だとしたら、俺はなんてことを……」
やはり、自分は自分のことしか考えていなかったのだと、夏樹は思い知らされた。何も気力が沸かない。
「そうかー……そうかぁ……」
このままずぶずぶと布団の海に沈んでいきたい。そう思ってた頃、玄関のドアが力無く開かれる音が聞こえた。
力無い足音は廊下を半分まで来ると、夏樹の部屋のドアをゆっくり開けた。
ギィっと力無く開くドアの奥から、げっそりとした冬陽が顔を覗かせた。
「うぐっ……お兄ちゃんのばかぁ……ばかぁ!」
先程の夏樹と同じような足取りで冬陽はベッドにやって来ると、うつぶせで倒れる夏樹の背中に思いきり頭から倒れ込んだ。
「ぐへっ……。……なんだ、冬陽か」
うつぶせでベッドに顔を埋めたまま、夏樹が声を上げる。
一方、夏樹の背中に顔を埋めた冬陽は、恨めしそうに声を上げた。
「お兄ちゃんのばかぁ……。わたしがあの後どれだけ大変だったか分かる!? 知らない男に抱き着かれた後、休み時間ごとに言い寄られる苦痛が! それだけじゃないわ! 放課後も『デートしよう』だの『晩ご飯食べよう』だの誘われて――なんとか病院に行くって言い訳して逃げ出してきたけど……。それもこれも、全部お兄ちゃんのせいだっ……。元のわたしに彼氏がいるって、どうして教えてくれなかったのよ!」
「……知らなかったんだ」
「知らないで済むかぁ! 無知は罪よ! 右も左も知らないわたしを、あんな目に遭わせた挙句無視なんて、このばか! 役立たず! 根性なしっ!」
ドンドンドンっ。と、夏樹の背中の上で冬陽が頭突きを連発する。しかし、夏樹は怒るどころか反応すらしない。
すると、冬陽も次第に暴れるのを止めた。一つのベッドで折り重なってうつぶせで倒れる男女二人。無言の空間の中で、冬陽は心配そうに口を開いた。
「……お兄ちゃん、大丈夫?」
「……ちょっと、大丈夫じゃない」
「……しばらく動けそうにない?」
「……動きたくない」
「……じゃあ、わたしがご飯を作るしかないかあ」
「よし、せめて晩飯だけでも作るか」
「どんだけわたしにご飯を作らせたくないのよ!」
むくりと顔を上げた夏樹に、冬陽が突っ込む。
「だって、お前に夕飯を頼むと、キッチンを汚しまくった挙句カップ麺とレトルトご飯になるからな」
「そんなことないわ。わたしだって進化してるもん」
ふくれ面になる冬陽の顔を、夏樹は寝返りを打って背中から追い出す。「ぎゃん」と、冬陽が小さな悲鳴を上げてベッドから落ちた。
「……とりあえず、飯にするか。落ち込むのは、それからでもできるし……。冬陽は洗濯ものを取り込んでくれ。あと、風呂掃除も頼むぞ?」
「――痛っー。……はいはい! やっとくわよ、もう!」
そう言うと、夏樹は気怠そうにベッドから出てリビングへと向かった。
残された冬陽は膝立ちになると、夏樹の寝ていたベッドに顔を埋めて、零した。
「……そんなにショックだったなんて、ちょっとショックかも」
冬陽の小さな声は、布団の奥へと吸い込まれていった。
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