第43話 不安な登校日

 担当医の言い分は次の通りだった。


 元の冬陽について知りたくば、元の冬陽と同じ生活をしてみること。元の冬陽の人間関係や置かれている状況を肌で感じることで、今の冬陽が生まれた原因……つまり、何故夏樹に告白されて倒れたかが分かるのでは? と、いうものだった。


 また、クラン症候群の病状進行も、もし起こったとしても見た目の影響は少ないとのことだった。


 確かに一理ある。夏樹自身、元の冬陽については表面上のことしか知らない。同じクラスというだけで、参加しているグループも部活も違う。夏樹の知る学校での秋月冬陽に関する情報量の少なさは、ただのクラスメイトと言っても過言ではない。


 だが同時にリスクもある。なにせ、今の冬陽は元の冬陽と性格が正反対なのだ。もし、何らかのトラブルが起きた場合、冬陽の評価や周囲との人間関係が崩れてしまうかもしれない。それは大人しく物静かながらクラスの人気者であった冬陽のイメージに関わる。


 ――と、夏樹は最後まで反対した。しかし、それも冬陽の「わたしのことなんだから、わたしが決める」の一言で押し切られてしまった。


 そして病院から戻ってすぐ、冬陽は元の冬陽の部屋で制服に着替えると、夏樹と一緒に学校へ向かった。


 学校へ向かう国道沿いを歩きながら、夏樹は冬陽に学校での立ち振る舞いを教える。


「いいか? 元の冬陽は大人しくて、みんなと仲の良いやつだからな? 睨んだり罵倒したらダメだからな?」

「しないわよ、そんなこと。お兄ちゃんってば、さっきからしつこいよ?」


 ジトッと、半目の冬陽が夏樹を見上げる。


 紺のセーラー服に身を包んだ冬陽は、髪が背中の辺りまで伸びている以外は本当に元の冬陽そのものだった。担当医曰く、身長体重容姿に至るまで、ほとんど15歳の冬陽と変わらないらしい。


 こうして、制服姿の冬陽と一緒に歩いている。それだけで夏樹は心臓が高鳴って仕方なかった。


 しかしその都度、今の冬陽の表情や口調がその心臓の高鳴りを抑えてくれる。見た目はそっくりになっても、やはり中身は自分のよく知るもう一人の冬陽なのだ。


 夏樹は、冬陽の冷たい視線に言い返す。


「……しつこく言わないと、お前がヘマしそうで怖いんだよ! あと、学校じゃ俺のことをお兄ちゃんて呼ぶなよ? 家で何呼ばせてんだって大騒ぎになる」

「はいはい。それで、なんて呼べばいいの?」

「……多分、夏樹かな」

「はあ? 何よ、その多分って?」

「……いや、そういや俺って、学校で冬陽から何て呼ばれてたのかなって」


 少し首を捻ってみる。しかし、なんて呼ばれていたかどころか、冬陽に学校で話しかけられたり、逆に話しかけた記憶すら一度も思い出せなかった。


「……お兄ちゃん、もしかして本当は元のわたしに嫌われてたんじゃないの?」


 可哀想なものをみるような冬陽の視線が痛い。


「いや、そんなはずはないと思うけど……。避けられていたというより、互いの生活が互いに干渉しない感じだったというか、なんというか――」

「いやいや、一緒に住んでるのはクラスメイトも知ってるんでしょ? だったら、そんなことにはならない気がするんだけどなあ」

「……俺は別に、今の関係が嫌なわけじゃないんだ。遠くから冬陽を見ているだけで、俺は満足なんだ」

「わたしは不満だなー」


 隣でぶーたれる冬陽より半歩早く、夏樹が校門をくぐる。


「いいんだ。それよりも、学校ではあんまり話しかけるなよ? 俺と冬陽は元からクラスでは話さない間柄だからな。何か訊きたいことがあったら小日向に訊いてくれ」

「はいはい。わっかりましたよー」


 冬陽はヒラヒラと手を振ると、不満そうな顔で夏樹の後ろ姿を見つめた。

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