第40話 気持ちの整理
事の起こりは簡単だ。目が覚めたら15歳になっていた。
冬陽はあたふたしながら説明した後、借りてきた猫のように縮こまってしまった。
うるうるとした目線で、リビングの椅子に座って夏樹を見上げている。
どうやら、今回の急成長で自分の身体に何が起こったのか理解したらしい。自分の身体が変異したことによる恐怖心が、今の冬陽を震え上がらせている。
そう思った夏樹は、椅子に座る冬陽と目線を合わせるべくしゃがんだ。
ふと、冬陽の顔を見る。
15歳になった冬陽は、まさに美少女と言うに相応しい容姿になっていた。形の良い眉に、切れ長の黒い瞳。腰に届きそうな長く美しい黒髪に、白く透き通るような肌。無駄のない体つき。背丈は一六〇ほどだが、間違いなく15歳女子の平均より高いだろう。
間違いない。夏樹は確信する。
見た目だけなら、今の冬陽は元の冬陽と同一人物であると断言できる。決して違う人間なんかじゃない。
「大丈夫。お前はこうやって大きくなってきたんだ。怖がることはないよ」
優しく冬陽の頭を撫でる。
「……うっさい。子ども扱いしないで」
ぶっきらぼうに言う冬陽。すると、ぺしっと、撫でていた手を弾かれた。
「……まったく、相変わらず可愛くねえなあ」
皮肉を込めて言ってやった。すると、ビクッと肩を震わせた冬陽は、何故か頬を染めて夏樹を睨んできた。
「な、なんだよ」
謎の剣幕に圧される。冬陽は無言のまま視線を落とすと、先程自分が弾いた夏樹の手を取って、ポフンと再度自分の頭に乗せた。
「――は?」
目を白黒させる夏樹と、冬陽の目が合う。
「こ、これで可愛い?」
「な、何の真似だよ」
「わ、分かんないわよ! でも、なんでか分からないけど、お兄ちゃんに可愛くないって言われると、寒気がしたって言うか……落ち着かなくなって――あーっもう!」
自分でも何を言っているのか分からなくなったのか、冬陽は髪をガシガシ掻いた。
夏樹は嘆息する。
「はあ。まあ、なんでもいいけど、とりあえず着替えてこいよ。確か、元の冬陽の服が母さんの部屋のタンスの中にあるから。それを適当に着てこい」
「うん。それはいいけど、でもどうしてお母さんの部屋に元のわたしの服があるのよ?」
「なんでって、そりゃ……元の冬陽のタンスの中を見る勇気が無くて……」
「ふーん。まあ、いいけど」
ジト目で夏樹を見上げた冬陽は、あえて追求せずに立ち上がると、そのままリビングを出て行った。
部屋の扉が閉じられる音がすると、夏樹はようやく力を抜いて椅子にへたり込んだ。
「……予想はしてたけど、やっぱりきついなあ」
冬陽は冬陽だ。表と裏はあれど、やはり彼女は秋月冬陽だ。
そうは思っていても、やはり冬陽の身体が大きくなると思い出してしまう。
薬のタイムリミットと、元の冬陽への恋愛感情を。
元の冬陽に二度と会えないという実感が、ひたひたと迫っているような気がした。
「いやいやっ! 何を弱気になってんだ春野夏樹! お前は決めたんだろ!? 今の冬陽の選択を支持するんだって!」
そうだ。自分は冬陽の選択に従うだけだ。これは他でもない、彼女の事柄だからだ。
切り替えろ。そう自分に言い聞かせて、夏樹は、自分で自分の顔を一発殴った。
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