第39話 それは、突然に

「よし。上手く出来たぞ」


 午前7時。夏樹は平皿にふわふわのオムレツを乗っけると、ケチャップを掛けた。

 ここ最近、自分自身の料理スキルがメキメキと上がっているのが実感できる。このオムレツも、一か月前まではフレンチトーストすらまともに作れなかった人間が作ったとは思えない出来栄えだ。というのは、夏樹の自己評価ではあるが。


 それもこれも、冬陽がまったく料理が出来ないところが大きく影響していた。冬陽に料理を任せると散々にキッチンを汚し、鍋を焦がして料理だったモノで排水溝を詰まらせ、室内を悪臭を充満させた挙句、出てくるのはカップ麺とレトルトご飯だったりする。というか、カップ麺とレトルトご飯以外見たことない。


 仕方ないので、料理は夏樹が担当することになった。すると、色々な料理に挑戦するのがどんどん楽しくなり、今では一般家庭でよく食べる料理のほとんどをマスターしてしまったのだ。


 今日はオムレツに初挑戦してみたのだが、意外とさっくり作れてしまった。


「これは、将来料理を仕事にするってのもあるなあ」


 フフンと得意げに鼻を鳴らす夏樹。普段なら、冬陽が必ず冷たい一言をぶち込んでくるのだが、まだ冬陽は母親の部屋で寝たままだ。


「今度こそ、冬陽に『お兄ちゃん美味しい!』って言わせてやるぜぇぇ」


 出来上がったトーストを斜めに切って平皿に乗せながら、夏樹は闘志を露わにする。


 様々な料理を作ることができるようになった夏樹ではあるが、未だに冬陽から褒められたことは無い。


 一応、冬陽に食べさせる前に味見はしているし、自分が独特な味覚をしているとも思わない。現に、たまに遊びに来る若菜や小日向からの評判はいい。


 しかし、当の冬陽は何を食べても「まぁまぁ」や「悪くないと思う」と言うばかりで、一向に美味しいと言ってくれる気配はない。


 それが、夏樹を更に料理へと掻き立たせるのだ。


「レタスとキュウリと、最後にプチトマトを添えて――よし」


 盛り付けが完成した平皿をリビングに持っていくと、夏樹は振り返ってテレビのニュース番組で時間を確認した。


「7時15分か。そろそろ冬陽を起こしに――」


「おっ、お兄ちゃああああああああああああああああああんっ!」


「なっ、なんだ!?」


 突如。絶叫が木霊した。

 何が起きたんだと夏樹が目を白黒させていると、ドタドタと廊下を走る音が聞こえ、すぐさまリビングの扉が勢いよく開け放たれた。


「お兄ちゃんっ!」


 ドアを開けた衝撃で風が舞い、やって来た冬陽の長い黒髪がぶわっと広がった。

 夏樹も最初は「どうした?」と声を出しそうになった。しかし、目の前の状況を見れば、そんな愚問をする必要はなかった。


 夏樹の視線の先にいる冬陽は、冬陽であって今までの冬陽ではなかった。


 背が伸びていた。手足が伸びていた。髪が背中まで伸びていた。胸が膨らんでいた。


「ど、どうしよう……。わたし、15歳になっちゃった」


 パツパツの水玉模様の寝間着に身を包んだ冬陽が、慄くような声で言った。

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