第11話もう一人の病人
――ピンポーンと、チャイムが鳴ったのは午前7時半。夏樹が流し台でフライパンの焦げ目と格闘している時だった。
「はーいっ。って、なんだよこんな朝早くに――」
夏樹は水を止めてタオルで手を拭くと、冬陽がテレビに夢中なのを確認して玄関へ向かった。
「はーい。……って、君は――」
夏樹の目に飛び込んできたのは、最近知り合った少女だった。
明るい栗色の髪をショートカットにした、活発そうな意志の強い瞳の少女。彼女はじっと夏樹のことを見上げると、ぺこりと頭を下げた。
「朝早くにすみません。ボクは小日向若菜と言います。お兄さんと冬陽ちゃんに用事があってやってきました」
「あ。こちらこそ、遠路遥々お越しいただきありがとうございます」
12歳とは思えないような丁寧な態度に、思わずこちらも畏まった対応をしてしまう。
「それで、えっと……君は――」
「若菜です。若菜と呼んでください。お兄さん」
活発そうな見た目とは裏腹に、若菜は丁寧で落ち着きのある話し方をする。夏樹は少々戸惑ったが、疑問に思ったことを問いかけた。
「んじゃ、若菜ちゃん、こんな朝早くに一人でここまで? よくここが分かったね」
「いえ、ボク一人ではありませんよ。ただ、なんだか恥ずかしがっているようなので……」
「恥ずかしがる?」
一体何のことだろうか。
「少し待っていてください。今呼びますんで。ねーさーん! お兄さん出てきたよー! いつまで階段の陰に隠れてるのー!」
若菜の台詞が終わるのと「ひうっ!?」という奇声が聞こえたのは同時だった。
若菜が首を向けている方に、夏樹もまた玄関から身を乗り出して首を向けた。何がいるのかと目を凝らしてみると、廊下の突き当たりにある連絡階段の影から、見覚えのある少女がこちらを覗いていた。
「ん? おーい。なにしてんだ小日向ぁー」
「わ、わわわわっ! は、春野くん!?」
名前を呼ばれて飛び上がったのは、クラスメイトで若菜の姉でもある小日向楓だった。
夏樹の隣で、ジト目の若菜がため息をつく。
「……姉さんったら、はじめて男の子の家に行くって緊張していて……。あのままじゃ埒が明かないんで呼んできてもらえませんか?」
「お、おう。分かった。それじゃあ、若菜ちゃんは先に家に入っていてくれないか? 冬陽もきっと喜ぶから」
「はい。それじゃあ遠慮なく、お邪魔します」
若菜を家に入れた夏樹は、サンダルを履いて小日向を迎えに行く。
紺のセーラー服姿の小日向は、連絡階段の隅で顔を真っ赤にして夏樹を見上げた。
男子の家に初めて来たと言っても、小日向にとって、この家は夏樹の家であると同時に親友である冬陽の家でもある。来たことくらいあるはずなのだが……。
夏樹は一応手を差し出して、小日向に言った。
「冬陽のために、わざわざ来てくれてありがとな。あんまり時間も無いけど、ゆっくりしていってくれないか?」
「……う、うん。春野くんが、そう言うなら……お邪魔させてもらうかな」
もじもじとする小日向を連れて、夏樹は家に戻る。
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