夢の跡6

 なのに、飛び込んできた光景は記憶と一致しなかった。

荒れ果てた中庭に、苔むした倒木からなにか草が生えている。

「ここに……ベンチがあった……」なんて気がつくと口から零れた。

けれど何もなかった。


 もっと言えば、四合院の建物自体もなくなっていた。

老朽化で取り壊されたのだ。

使えそうな資材は回収されて。



なにもない。



 たどり着いて得たものは、なにもない。

数十年の時の中で、この四合院はもう、消えたのだ。


ふらふらと玄関があった場所に歩いた。



「バニラ」



勝手に言葉がまたこぼれる。



「ジャンボ……」



 彼はその場に崩れ落ちるように膝を着いた。

呼吸がうまくできない。涙が勝手に流れた。


 三人で暮らしていた。

ご飯を食べて、カンフーの特訓をした。

それはいつしか京劇の特訓になっていたのだが、それはジャンボには秘密だった。

バニラと二人で遠出する時、こっそり京劇の公演を見た。

ずっと前「映画にいつか一緒に出よう」と言った言葉は、観劇を重ねる内に形を変えて、京劇の舞台を目指すようになっていた。


 私は何者にもならなかった。

幽霊がこの歳まで、漂ってしまっていた。

四合院は消えた。

記憶は激しい後悔と酷い頭痛と共に戻ってきた。


 あの雨の夜、私はあの人を刺し殺した。

あの人の年齢も今の私は超えてしまった。

なんの弔いも、それどころか、記憶さえも封じてしまった。


バニラは…?



 四合院の跡地から彼は立ち上がった。

バニラはどこへ消えたのだろう。

もしかしたら、当時から残る食堂なら……なにか……聞けるかもしれない。


 なにも知らされなかった、いや知らされても理解してなかった、バニラの行き先を今頃になって探そうとしている。

どこかで生きているのか……なんてどうしても思って。

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