第13話 郷土部兼怪異探求部、発足のこと②
「
ぽつりと、星山がつぶやいた。
「へ? なんのことですか」
予想もしなかった星山の言葉に、思わず間の抜けた声が漏れた。変わったって、どういう意味だろう。
「驚いたよ。あの遠見塚が部活を作るなんて。しかも後輩まで連れてきた」
話の流れが見えない。氷魚がきょとんとしていると、それを察したのか星山は、
「いや、教室での遠見塚ってさ、誰に話しかけられても、対応がなんか紋切り型なんだよね。こう言われたらこう返そうってあらかじめ自分の中で決まってる、みたいな。愛想が悪いわけじゃないんだ。でも、ああいうのも壁があるっていうのかな。一線を引いているっていうか」と言った。
「そうなんですか?」
うまく想像ができない。氷魚が知るいさなは、普通に笑って普通に怒る女の子だ。
「こういう言い方はちょっといやらしいけど、ほら、遠見塚ってあのルックスだろ。男女問わず、仲良くなりたいっていうクラスメイトは多かったんだよ」
それはわかる。いさなの容姿は人目を引く。誰だってきれいなものは好きだろう。しかし今はそれよりも、星山が過去形を使ったのが気になった。
氷魚はうなずいて先を促す。
「みんな遠見塚にあれこれ話しかけるんだけど、受け答えは当たり障りのないものばかり。『今日はいい天気ですね』に対しては『はいそうですね』。『好きな食べ物はなんですか』に対しては『揚げ物です』、みたいな。そんな感じで1か月くらいかな、気づけば、誰も遠見塚に話しかけなくなっていた」
いじめだろうか。輝く存在に惹かれるものは多いだろうが、同様に反発するものも多い。惹かれるものだって、何かのきっかけで気持ちが反転しないとも限らない。そして、好きだった分、嫌いになった時の反動は大きい。その時の態度は推して知るべしだ。
氷魚は暗鬱な気持ちになった。そんな氷魚を安心させるように、星山は言う。
「無視ってわけじゃないよ。コミュニケーションが必要最低限になっただけだ」
それはあくまで他者の観点で、いさな自身がどう感じているかは当人にしかわからない。
「でも、変な噂が流れたんですよね。カルトにはまってるとか、どうとか」
「……それは、うん、流れたね」
「きっかけはあったんですか」
「あった」
即答だった。
「差し障りがなければ、教えてもらってもいいですか」
星山はしばし熟考する顔になり、
「うちのクラスじゃ有名な話だ。誰かからねじ曲がった話を聞くより、おれが話した方がいいかもね」と言った。
「お願いします」
紙コップの中身を飲み干し、星山はほうと息を吐く。
「去年の夏休み明けだった。どこのクラスにも必ずいるようなお調子者グループが、教室に心霊写真を持ってきたんだよ。携帯で撮ったのをわざわざプリントアウトしたもので、泉間の、有名な心霊スポットで撮った写真だった。見る人が見れば一発でわかる朽ちたホテルの前で、グループみんながピースをしてる。ベタだけど、その中の1人の肩に、白い手が乗っていたんだ」
隣県の
「先輩も見たんですね」
「見た。生の心霊写真を目にしたのは初めてだったんだけど、ぞっとしたよ。角度的に、グループの誰かの手というのはありえない。そこにいるはずのない誰かの手だった。それだけじゃない。なんだか、写真全体から嫌な感じがしたんだ。うまく言えないけど」
写真を見た時の恐怖を思い出したのか、星山の顔は青くなっていた。心霊体験ではないが、怪異に巻き込まれたことのある氷魚にとっては他人事ではなかった。あの怖さは、実際に経験してみないとわからない。
紙コップをつかんだ星山は、口に持って行ってようやく中身がないことに気づく。
「どうぞ」
氷魚はペットボトルを差し出し、紙コップに注いだ。
「ありがとう」
喉を潤した星山は、気を取り直したように眼鏡の位置を調整する。
「クラスの半数以上が集まって、写真を見てわいわい言っていた。デジタル加工だ、いや本物だ、とかね。ちょっとしたお祭り騒ぎだったよ。そんな感じで皆が盛り上がっている中、何気なく写真を覗き込んだ遠見塚がつぶやいたんだ。『よくない』って。思わずといった感じだった。はっとして自分の口元を押さえた遠見塚は、バツの悪そうな顔だったよ。で、集まっていた女子の1人が、『もしかして遠見塚さんは霊感があるの?』 とか、そういう意味合いのことを訊いたんだ。遠見塚は曖昧に否定してたけどね」
氷魚に猿夢の気配を感じ取ったように、写真からも何か感じ取ったのだろうか。
「写真の中で肩に白い手が乗っていた男子が、『え、おれ、もしかしてやばい?』って、半分ふざけて言った。少し迷っていたみたいだけど、遠見塚は神妙な顔でうなずいて、ポケットから紙を取り出した。複雑な文様が描かれてて、陰陽師が使うお札みたいだったな」
氷魚たちに渡した物と同じかわからないが、魔除けの護符に違いない。
「遠見塚はその紙を男子に差し出した。『これ、持っていた方がいいよ』ってね。盛り上がっていた空気が一瞬で凍りついて、引き潮みたいにさっと引いた。白状すると、おれもドン引きだった。こいつはヤバイやつだぞって思ったよ」
何でいさなを信じないんだと憤る気持ちはもちろんあったが、星山たちの反応は理解できた。いさなと初めて出会ったときの自分だって、似たような反応をしていたはずだ。
「その人は、護符――紙を受け取ったんですか」
星山は頭を横に振った。
「受け取らなかった。因果関係は不明だけど、そいつは1週間後に大怪我をした。自転車で派手にこけて左腕を骨折、全治3か月さ。しばらく箸やペンが持てずに苦労したそうだよ」
「怪我……」
「ここからが話の肝だ」と星山は声を落とす。
「おれが直接聞いたわけじゃないけど、事故の直前に白い手が自転車の前輪をつかんだって、本人は言ってたらしい」
それこそ、稲川淳二もかくやというトーンだった。
「ま、クラスの中でその話を信じたのは全体の3分の1くらいだけどね」
一転、明るい声で星山は言う。
白い手が自転車をつかみ、事故を起こす。それは紛れもなく怪異なのではないか。
「先輩は?」
「おれ? おれはどっちかっていうと信じた方だね。写真から嫌な気配を感じたのは本当だし」
「あ、いえ、遠見塚先輩は? どうしたんです?」
星山も先輩なので、ややこしい。
「そっちか。1回だけ、お見舞いに行ったみたいだよ。その時にどういう対応をしたのかわからないけど、怪我をした男子は退院後、今まで何事もなく過ごしている。心霊写真騒動は一応解決さ」
「それが、遠見塚先輩がカルトにはまってるっていう噂のきっかけになったんですね」
善意からの行動だったとしても、誤解を受けるのは無理もないと思う。面白半分で心霊写真を見ているところに、いきなり謎のお札みたいなものを出されたら、大抵の人間はきっと引く。
何の予備知識もなく未知のものに出くわしてしまったら、誰だって納得のいく理由を見つけ出そうとするだろう。教室という日常にそぐわない異物を持ち込んだ少女に怪しげなカルト信者というレッテルを貼りつけるのは、わかりやすい落としどころだと思う。
「おれが把握している限り、そうだね。意味ありげに、時折急に早退したり欠席してたのも噂に拍車をかけた。カルトの集会に出てるんだろって。で、まあ、その後の遠見塚のクラスでの扱いは、大体きみの想像通りだと思う」
「腫物を扱うような?」
「そんな感じだね。本人はまったく気にしてないみたいだけど」
本当だろうか。気にしていないふうを装っているだけではないのか。いくら強いといっても、高校2年生の女の子がクラスで孤立して平気でいられるのか。
「星山先輩も、他のクラスメイトと同じですか?」
「――それを言われると弱い。でも、そうだ。遠巻きにして、必要な時以外は話しかけなかった」
腑に落ちた。星山が怪異云々で怪訝な顔をしなかったのも、知っていたからだ。いさながそういう人物なのだと。
だが、だとしても――
いや、今はいい。
「怪異探求部のことを持ち込まれた時は、引かなかったんですか?」
「正直、戸惑いはあった。でも、おれにしてみれば遠見塚は恩人なんだよ。だから断るっていう選択肢はなかった」
「恩人?」
「――ああ、潰れかけの郷土部を救ってくれた救世主だ」
「それだと順番が……いや、なるほど。そういうわけだったんですね」
星山は「うん?」と首をかしげる。
「あ、いえ、なんでもないです」
「そうかい? と、すっかり話し込んじゃったね。そろそろお開きにしようか」
壁時計を見れば、いつの間にか5時半を過ぎていた。
立ち上がった星山は、テーブルの上を片付け始める。
「手伝いますよ」
「いや、いい。今日はおれがやっておく。きみたちの歓迎会だったからね」
「――そういうことなら、お先に失礼します」
無理に手伝ってもかえって気を遣わせてしまうだろう。氷魚は素直に帰ることにした。
帰り支度をしながら考えるのはいさなのことだ。
思いがけず、いさなのクラスでの話を聞いた。いさなの謎が1つ解けたが、微妙なしこりが残っている。原因は明らかだ。本人がいない場所で聞いたからだ。フェアじゃない気がする。胸の中がもやもやする。
「あ、そうだ、橘くん」
リュックを背負ったところで、星山が声をかけてくる。
「はい?」
「今の話、遠見塚には、おれから聞いたって言ってもいいから」
驚いた。こちらの心を読んでいるのではないかとすら思う。それとも、自分はよほどわかりやすい顔をして悩んでいたのだろうか。
何にせよ、ありがたく思う。氷魚は感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
「――わかりました。ありがとうございます」
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