第10話 猿夢奇譚⑩
「ねえ、
「葉山さんって、まさか」
切っ先を向けられた葉山は、他の生徒と同じように、ぼんやりと中空を見つめたままだった。いさなは目を細める。
「だんまりか。なら、本体に出てきてもらいましょう。
状況についていけないが、
氷魚の移動を確認したいさなはスカートのポケットに手を入れ、小さな
運転席にいたのは、いさなの言葉通り――
「そんな、本当に――?」
教室で弱り切っていた葉山と、今ここにいる葉山がうまく結びつかない。憎々しげにいさなをにらんでいる葉山は、本物なのだろうか。
「残念ながら本物よ。でしょ、葉山さん」
氷魚の思考を読んだかのように、いさなが断言する。
ふっと嘆息すると、葉山は唇の端を持ち上げた。
「どうしてわかったんですか。護符に何か仕込んでいたとか?」
「いいえ、何も。ただ、最初にあなたに話を聞いたときに妙だと思ったの」
「最初に? あたし、何かしくじりましたか」
「橘くんの立ち位置よ。あなた、橘くんは運転席に背中を向けて立っていたって言ったわよね」
「言ったかもしれませんけど、それが――って、ああ、そうか」
葉山は得心したような顔になる。
「そう。あなたが他の生徒と同じように座席に座っているのなら、こう言わなくてはおかしい。『橘くんはこちらを向いていた』と」
いさなにこうして指摘されるまで、氷魚も気づかなかった。葉山の発言は、運転席を視点としていた。本物の葉山は運転席から氷魚たちを見ていたのだ。
「あたし、テストでなかなか100点が取れないんですよ」
自嘲気味に、葉山は笑う。
「何でこんなところ見落とすんだろっていうケアレスミスが1つか2つ、必ずある。今回もそうでしたね」
「そもそも、あなたと橘くんだけが夢を覚えているというところが引っかかった。他のみんなは忘れていたのに」
「その理屈なら、橘くんも怪しいって思いませんでしたか」
「ええ。最初、あなたたちのどちらかが犯人の可能性が高いと考えたわ」
即答だった。今までそんなそぶりは見せなかったのに。疑われていたということに衝撃を受ける。
「けど」といさなは続ける。
「一緒にいて、橘くんへの疑いはすぐ消した。彼は誰かを呪うような人じゃない」
「先輩……」
その一言で、胸が温かくなる。
「ふうん、そうですか」
葉山はつまらなさそうに肩をすくめた。
「まあ、ばれても仕方ないですね。先輩みたいな人が介入してくる可能性は考えていなかったので」
「葉山さん、どうして……」
氷魚が呟くと、葉山は氷魚に目を向けた。黒い瞳に、紛れもない憎悪の光が見て取れた。人からこんな目で見られるのは初めてだった。恐怖はもちろんあるが、今は戸惑いが勝った。
「聞き取りの時に言った通りよ。特進科に受かった人たちが恨めしかったの。同じ中学で受かったあなたたちは特にね。だからあなたたち9人を選んだ」
「恨めしいって、葉山さんは受かったじゃないか」
「でも、忠行は落ちた。2人一緒に受からなきゃだめだったのに」
「一緒にって、どういう……?」
それがどうして氷魚たちを呪うことに繋がるのか、わからない。
「それももう言った」
もう一度口にするのはまっぴらというように、葉山は目を背ける。
「あなたのご両親は、あなたと特進科を落ちた
「――ええ、その通りです」
氷魚は何も言えなかった。あまりに身勝手な理由だと憤慨する気持は無論ある。しかし、両親や恋人だった屋名池を呪うのではなく、まったくの他人である氷魚たちを呪うことを選んだ葉山の選択も、理解できなくはなかったからだ。
「決行が入学してすぐではなく、今になったのは方法を探していたから?」
いさなは淡々と問う。
「はい。ネットや本でいろいろ探していました」
もはや観念したのか、葉山はすらすらと答えた。
「この『魔術』はどこで見つけたの?」
「ネットのいかにもなサイトです。最初は半信半疑でしたけど、まさかここまでとは」
どこか誇らしげに言う葉山に対し、いさなは首を横に振る。
「屋名池くんが落ちたのは、橘くんたちのせいじゃない。――恨みたくなる気持ちはわかる。けど呪うのはやりすぎよ」
「わかってます。でも誰かを恨まないとどうしようもなかったの」
まるで自分は被害者だと言わんばかりの葉山の態度だった。
氷魚の腹の底がほのかに熱を持つ。
葉山にはやり場のない思いをぶつける相手が必要で、でも両親や屋名池は恨むに恨めず、だから氷魚たちを選んだ。同じ中学出身で受かったという理由で。
葉山の気持ちは、理解できなくもない。傍から見たら歪で理不尽な理由だとしても、感情の処理方法として、葉山には必要だったのだろう。でも――
氷魚は拳を握る。
「だからといって、みんなを傷つけていい理由にはならない」
腹から絞り出すような声が出た。熱は今や全身に回っていた。身体中が熱かった。自分がこんなにも怒ることがあるなんて、知らなかった。
昏睡状態や盲目になった薊、児玉、桟敷。
本人だけでなく、家族や周りも、きっと傷ついた。今も病院で眠るクラスメイト達を、家族はどんな思いで見守っているか。
「でしょうね」
投げやりに、葉山は言い放つ。
「でも、橘くんにわかる? 同じ教室で、忠行じゃなくてあなたたちを見なくちゃいけないあたしの気持ちが」
「そんな勝手な」
「同じ学校に通ってるんだよ。なのに、特進科に受からなかったっていうだけで、あたしと忠行は同じクラスに絶対なれない。付き合うことも許されない。――橘くん、これはね、忠行の敵討ちでもあるの」
「そんなの、屋名池は望んでいない!」
「あたしが望んだのよ」
「――っ!」
頭に血が上った。そんなの、屋名池をだしに自分の鬱憤を晴らそうとしているだけだ。
勢いのままに前に出ようとする氷魚を、いさなが手を伸ばして止めた。いさなは、ここからは自分に任せてと言うように軽くうなずく。
「葉山さん、あなたが手にしたのは禁忌の力よ。一般人に振るうことは決して許されない力なの」
「だったらどうします? そのおっかない刀であたしを斬り殺しますか」
運転室から出てきた葉山は開き直ったように両手を広げる。
「いいえ、殺しはしない。けど、裁きは受けてもらう」
「法であたしは裁けませんよ」
「そうね。だから、わたしみたいな存在が必要なの」
「先輩にできますか? サイトの親切な管理人さんが色々教えてくれましたよ」
「何を?」
「護符の破り方、それから――」
葉山は両手を胸の前にかざした。
「怪物を使役する方法」
葉山の手の間に、科学館でよく見るプラズマボールみたいな青い光が出現する。光はすぐに収縮し、一冊の本の形になった。
宙に浮いた本のページが勝手にめくられていく。車内の空気がはっきりとわかるくらいに澱んでいく。鳥肌が立った。いさなが後ろ手に氷魚をかばう。
「橘くん、下がっていて!」
いさなの指示に従い、氷魚は即座に距離を取った。自分が近くにいたら足手まといだ。
青白い光の本は膨れ上がり、ほどなくして奇怪な形へと変化した。
二足歩行の、目のない大きなヒキガエル。
一目見た印象がそれだった。
2メートルくらいある身体の色は灰色がかった白色で、どういう冗談か鼻とおぼしき場所には短い触手が固まって生えている。ふるふると蠢くさまは、見ているだけで嫌悪感がこみあげてくるおぞましさだった。
悪夢の中でのみ生きることを許されたような姿形のそれは、正しく怪物だった。
怪物は、手にした槍の穂先をいさなに向けた。
「先輩……」
いさなが強いのはわかる。けど、こんな怪物相手に戦えるのか。直視することすらためらわれる、恐怖の具現化みたいな存在だ。
「大丈夫よ」
首だけ振り向き、いさなは微笑む。恐れも気負いもない、自然な笑みだった。嘘だろと思う。無理だ、やめてくださいと言おうとした。いさなが傷つくところを見たくなかった。
「心配はいらない。わたしに任せて」
いさなは前に向き直る。凛然とした背中だった。
ああ、最初と同じだと氷魚は思う。初対面の時、自分はいさなを信じようと決めた。だったら、今回も信じよう。
「大した自信ですね。先輩に恨みはないけど、あたしの邪魔をするならここで降りてもらいます」
葉山の言葉が引き金となった。怪物がまっすぐに槍を突き出す。
動きが制限される車内、いさなは最小限の身体捌きで刺突をやり過ごした。間合いを詰めてわずかに身体をひねり、怪物の頭めがけて刃を振り下ろす。
目がついていないというのに、怪物はいさなの斬撃を
怪物は床に這いつくばるような姿勢になると、口を開ける。先端が尖った鋭い舌が、いさなの顔目がけて飛び出した。
ぎりぎりで顔を逸らし、舌を躱したいさなは刀を横薙ぎに振るう。怪物の舌が断ち切られ、どす黒い血が飛び散った。
耳障りなうなり声らしきものを上げ、怪物が槍を振り回す。天井や床を削りながら迫りくる攻撃を、いさなはすべて紙一重で躱してみせた。
「……すごい」
思わず声が漏れた。尋常ではない動きのキレだ。
怪物の絶え間ない攻撃の一瞬の隙間に、いさなは刀を突き入れた。槍の穂先と交差する形で、刀の切っ先が怪物の頭を貫く。槍を取り落した怪物は、細かく痙攣する。いさなが刀を引き抜くと、怪物は床に倒れ伏した。血だまりが広がっていく。
「あたしの術の中なのに、よくそんなに動けますね。化物ですか」
葉山は表情を歪めて、吐き捨てるように言う。
「褒め言葉として受け取っておくわ。降参して術を解いてくれる?」
「断る、と言ったら?」
「あなたを斬る」
いさなが断言すると、葉山はからかうように小首をかしげた。
「あれ、殺さないって言いましたよね」
「――ええ、殺しはしない」
今まで聞いたことがない、ひんやりとしたいさなの声だった。周囲の温度が一気に下がった気がした。
「わたしの刀は肉体だけじゃなく、精神も斬ることができる。『夢の中』という状況であなたを斬ったら、現実世界のあなたはどういう影響を受けるかしらね」
「……こわい人」
「それも褒め言葉して受け取っておく。――で、どうする?」
「そうですね。先輩には敵わないみたいです」
言って、葉山は両手を挙げた。
その瞬間だった。いさなの背後、氷魚の眼前の席に座っていた『葉山』の身体がぐにゃりと溶けた。『葉山』の姿は見る間に槍を持ったヒキガエルの怪物へと変化する。
怪物は異変を察して素早く振り返ったいさなではなく、氷魚へと槍を向けた。突然の状況の変化についていけず、氷魚は固まる。こちらに向けられた槍の穂先が、不気味に光っていた。
「だから、こうします。一応忠告しておきますね。先輩が少しでも動いたら、橘くんは串刺しですよ」
葉山の言葉で、どうやら自分は人質になったらしいと、少し遅れて氷魚は理解した。
「はじめっからこうしておけばよかった」と葉山は薄ら笑いを浮かべる。
「――葉山さん、あなたの本当の標的は橘くんね」
構えは解かないまま、いさなは葉山に言う。
「それもわかっちゃいますか?」
「推測だけどね。屋名池くんと仲がいい橘くんが一番憎かったんでしょう」
「その通りです。なんで橘くんが受かって忠行が落ちなきゃいけないんだって、何度も思いました。だから苦しんでほしかった。クラスメイトが無残に殺されていくのを目に焼き付けて、自分の番はいつ来るのかって怖がってほしかった。橘くんだけ夢を覚えていたのはそのため。――ふふ、日に日にやつれていく橘くんの顔、傑作だったよ」
葉山は氷魚に笑いかける。
自分が夢を覚えていた真の理由を知って、氷魚は凍りついた。人の底知れぬ悪意の一端を垣間見た気がした。
「ほんとはね、橘くんを最後に残しておくつもりだったの。けど邪魔が入っちゃったから、早めることにした。――まあ、この状況も悪くないかな。まず先輩に退場してもらって、次に橘くんね」
どうやら、葉山は2人とも無事に現実に帰す気はないらしい。
今、この場で怪物を倒せるのはいさなだけだ。そして自分はそんないさなの足手まといになっている。
ならば、自分はどうするべきか。
決まっている。こうするのだ。
氷魚は床を蹴って怪物に突撃した。肩口から怪物にぶつかる。
怪物はびくともしなかった。巨大な壁にでもぶつかったのかと思うほどの衝撃があり、弾き飛ばされた氷魚は背中から床に倒れる。
まったくダメージを受けた気配はないが、気分を害したのか、怪物は不機嫌そうにうなり、槍を振りかざした。
これから先がどうなるか、容易に予想できた。だがこれでいい。怪物に、一瞬でも隙ができれば。
「待って! まだだめ!」
葉山の制止は届かなかった。怪物は、躊躇なく氷魚の胸に槍を突き刺した。灼熱の痛みが頭に突き抜けた。激痛で声も出ない。自然と涙が溢れた。
涙でにじむ視界の中、いさなが動いたのが見えた。どうやったのか知らないが、怪物は一瞬でバラバラに切り裂かれていた。
黒髪の隙間からちらりと見えたいさなの顔には表情がなかった。淡い照明に作り出されたいさなの影が、どういうわけか不自然に歪んでいた。
踵を返したいさなは無言で葉山に近寄ると、刀の切っ先を突きつけた。
「ひっ……」
葉山の口から、かすれた音が漏れた。心底怯えた者が発する悲鳴だった。
「今すぐ術を解きなさい」
いさなの声は平坦で、一切の感情がこもっていなかった。
「あ……ああ。なん、なの、その、かげ」
恐怖で何も考えられなくなったのか、葉山はただ震えるばかりだった。
数秒待ち、いさなは無言で刀を振り上げた。
だめだ、と氷魚は思った。いさなに、葉山を斬らせてはいけない。怯える葉山にさきほどまでの悪意はない。もはやただの無力な少女だ。そんな葉山を斬るのは、怪物を斬るのとはわけが違う。
「待って……、せん、ぱい」
かすれ声だったが、いさなには届いたようだ。いさながこちらを一瞥する。
ここで葉山を斬ったら、お互いに悲しいことになるだけだ。それだけは絶対に避けなくてはいけない。
そのためにも、自分はこのまま寝ているわけにはいかない。
起き上がらなくては。起き上がって、自分は大丈夫だといさなに伝えなくては。
そのためには胸に刺さったままの槍が邪魔で、自分がこれからしなくてはいけないことを考えるとくじけそうになる。
本当にやるのか。
氷魚は槍に手をかけた。
本当にやるのだ。
「橘くん、まさか――」
そのまさかです、先輩。
息を止めて、一気に槍を引き抜いた。さっき刺された時とは比べ物にならないくらいの激痛が走った。間違いなく人生最大の痛みだった。あまりの痛みに氷魚は槍を力なく取り落した。
「ちょ、ちょっと、橘くん!」
まだだ。まだ、終わりではない。
氷魚は傍らの槍を再び握る。穂先を床に突き立てる。
槍を支えに、氷魚は立ち上がった。その拍子に咳き込む。生暖かいものがこみあげてきて、たまらず吐き出す。足元に血が飛び散った。
「……この通り、おれは、だいじょうぶです」
どうにか声を絞り出す。我ながら、今にも死にそうな声だった。
「どこがよ! なんでそんな無茶を!」
いさなの言葉はもっともだった。
足が震える。立ちくらみがする。気が遠くなる。赤く染まった自分の胸が現実のものとは思えない。
猿夢を見るようになってから、何度も考えた。猿夢の中で死んだらどうなるのか。自分も薊たちのように目覚めなくなるのか。
そこでふと思った。
――夢。
そう、これはあくまで夢なのだ。
痛みはひどいが、こんなのなんてことはないはずだ。だって夢なのだから。
夢だと自覚すれば、自分の意志でどうとでもなる。明晰夢の要領だ。魔術とか呪いとか、そういうのはひとまず考えないでおく。
氷魚は槍から片手を離し、胸に当てる。自分は大丈夫だと心の中で言い聞かせる。ゆっくりと意識して息を吐く、吸う。痛みが徐々に引いていく。
「なんでって、先輩に、葉山さんを斬ってほしくなかったからです」
氷魚は胸から手を離し、口元をぬぐう。痛みは消え失せ、出血は止まっていた。いさなは目を見開く。
「そんな、きみ、どうやって……」
自分でもわからない。だが、理屈なんてどうでもよかった。傷が消えたのならば、なんだっていい。
「葉山さん」
氷魚が声をかけると、呆然としていた葉山は肩を震わせた。
「葉山さんが屋名池を大切に思うのはわかる。いいやつだものね」
槍を捨てて、一歩ずつ、ゆっくりと氷魚は歩みを進める。葉山に向かって。
「そんな屋名池を責めることができないのも、葉山さんのご両親を責めることができないのも、わかる。反発はあっても、ご両親のことが大事なんだよね」
いさなの隣に並んで、氷魚は足を止めた。いさなはいつの間にか刀を下ろしていた。影も元通り人の形になっている。不思議だったが、今はそれよりも葉山だ。葉山に術を解いてもらわなくてはいけない。自分の意志で。
「やり場のない怒りとか恨みを、おれたちに向けるしかなかったというのもわかるよ。おれが特別憎らしいっていうのも理解できる。身勝手だなって思うし、同意なんて決してできないけど、気持ちはわかる。――でもね、葉山さん」
氷魚はまっすぐに、葉山を見つめた。射すくめられたように、葉山は動かない。
「葉山さんが屋名池やご両親を大切に思うように、みんなにも、みんなのことを大切に思う人がいるんだ。その気持ちを踏みにじる権利は、誰にもない」
氷魚は呼吸を整える。
「おれを憎むなら、いくらでも憎んでくれていい。けど、呪いは解いてくれ。みんなのも、おれのも」
「……でも、だったら、あたしはどうすればよかったの?」
すがりつくように、葉山は言葉を絞り出した。葉山の問いに対する答えは、すぐに頭に浮かんだ。
「屋名池を信じればよかったんじゃないかな」
「忠行を?」
「うん。高校時代は無理でも、卒業後に、例えば同じ大学に行けたのなら、また付き合えるよね」
「そんなの、忠行が待っていてくれないよ。お父さんとお母さんだって許してくれるか」
「屋名池とご両親に訊いてみたの?」
「訊いてない、けど……」
葉山は力なくうなだれた。さきほどまで氷魚に憎しみをぶつけていた姿とは別人のようだった。怪物がいさなに討たれたことで、憑き物が落ちたみたいだ。
「じゃあ、まずはそこからだね。訊いてみないとわからないよ」
「まだ、間に合う?」
「葉山さん次第だよ」
「でも、あたしは、取り返しのつかないことを……」
葉山は呪いでクラスメイトを傷つけた。それは覆せない事実だ。
だが――。
「どうなんですか、先輩」
氷魚が水を向けると、いさなは「きみもよくよくお人好しね」と細い息を吐いた。
「幸い、死人は出ていないから手遅れじゃない。償う機会はあるわ」
「償い……」と葉山が呟く。
「その気があるのなら、まずは術を解いて。話はそれから」
「わかりました。あの、先輩」
おずおずと、葉山はいさなを上目遣いで見上げる。
「ん?」
「あたしを、許してくれるんですか」
「あなたが謝罪して許しを請う相手はわたしではないでしょう」
「……はい。猿夢のことは信じてもらえないだろうけど、目覚めたら、みんなに謝りに行こうと思います」
「ええ、そうね」
葉山は深々と頭を下げた。その姿が薄れて消えていく。合わせて、車内の空気も緩んでいく。1人、また1人とクラスメイトが消えていく。みんなの今朝の目覚めがさわやかだといいのだが。
「これで解決でしょうか」
「ひとまずはね。葉山さんには今後しばらく監視がつくし、事情聴取もあるでしょうけど」
さらりと、いさなは穏やかではないことを言う。深く訊くべきかどうか氷魚が迷っていると、いさなは鋭い眼光を氷魚に向けた。
「それより、橘くん」
「な、なんですか」
「起きたら、きみの無茶についてお話があります」
いさなは、明確に怒っていた。
言い訳のために口を開こうとしたが、声が出ない。
身体が浮遊感に包まれる。意識が薄れていく。
夢から覚める。
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