第5話 同窓会

「同窓会のご案内?」

 郵便ゆうびん受けに入っていた封筒ふうとうにざっと目を通す。中学校の同窓会が開催かいさいされる、という案内だった。


 中学を卒業してから早五年。

 僕は仙台学院高校を卒業した後、東京の大学に進学した。今は都立大学……決して都立大学に通っている訳では無く、都立大学が無いのに不遜ふそんにも都立大学を名乗る駅の近くで一人暮らしをしている。

 中学校と言うのは、地元と言うのは、僕にとって忌々いまいましい思い出以外の何者でも無い。同窓会なんかに行けば、僕を虐めていた連中と再会する羽目はめになる。そんなの願い下げだ。誰が行くか! この封筒は捨てよう。


――「翔太君っ!」――


 案内の封筒を捨てようとした矢先、僕の脳裏のうりにあのの笑顔が浮かんだ。真優梨、ああ、真優梨!

 僕が絶望のふちに立たされていた時、たった一人僕の味方でいてくれた真優梨。あの後、地元の商業高校へと進学し、それ以来音信不通になっている。出来ればもう一度……もう一度会いたい。同窓会は会えるかも知れない数少ないチャンスだ。だが、冬也をはじめとするいじめっ子達も来ていると思うと行く気になれない。だけど、だけど……。行くんだ! 行く! 真優梨、待っていてくれ。必ずや君に会いに行くからね……。


 僕は重い腰を上げ、同窓会に行く決意をした。再びあのに会う為に。


 同窓会の当日。

 受付を担当していたのはいじめっ子グループの一人だった神村かみむらという男。見た感じ、すっかり丸くなっていた。

「あっ、もしかして伏見ふしみ? あっ、あの頃は……」

「もう良いよ、過ぎた事だ。ねえ、それよりも聞きたい事があるんだけど……」

「な、何っ……」

「真優梨は来ている?」

「真優梨? ああ、来ているよ。あのね、真優梨は……」

「ありがとう、じゃ、行くよ」

 真優梨は来ているのなら、もうここに来た目的は果たしたようなものだ。

 僕は三年生の時のクラスの集合場所へと駆けていった。そこには……いた!


「久しぶりっ! 真優梨っ‼」

 僕は感激が止まらなかった。学年一の美少女だった真優梨は、更に大人の女性としての色気を得て、美しさにみがきがかかっていた。左手の薬指には光輝く物が。ああ、結婚したんだね。その人が君を幸せにしてくれるならば文句は無いよ。

「しょっ、翔太君っ‼」

 真優梨も僕との再会に感激したようだ。僕と真優梨は軽くハグを交わす。

「会いたかったよ、真優梨……」

「こっちこそ。ねえ翔太君、あの日の約束を覚えている?」

「あの日の……約束?」

「そう。『もし君に何かあったら、あたしが君を守る。あたしに何かあったら、君があたしを守る』って」

「ああ、したねぇ。よく覚えているなぁ」

「そっ、その……。ごめんね、あの時スマホ持ってなかったから。だから、これ……」

 真優梨は僕に電話番号を書いた紙を渡した。僕はそれをポケットに入れる。

「これでLINEに登録して」

「ああ、分かった。後で登録しておくよ。ねえ、指輪しているけど、もしかして結婚した?」

「うん、したよ。今は一歳の娘がいるの」

「もう子供までいるんか。早いなぁ。僕なんかまだ彼女すらいないよ、アッハッハ」

 そう笑っていると、真優梨の背後に大柄な男の姿が見えた。

 こっ、こいつは…………。


「おい伏見ぃっ、俺の嫁になに気安く話しかけてんだ。殴ってやろうか? あの時みたいになぁっ!」

「いっ、いいいっ……。よっ、嫁っ⁉」

 なっ、何が起きているんだ? 待ってくれ、頭の整理が追いつかない。

 そこにいたのは柊冬也、まさにあいつだ。あいつは拳を振り上げている。僕を虐めていた主犯格の、あの粗野で粗暴な大馬鹿者! それが……真優梨を『嫁』と呼んでいる……。五年の間に、一体何が起きたんだ⁉

「ス、ストップ、殴らないでよ、冬也……」

「チェッ、お前が言うならしょーがないな」

 あいつは仕方なく手を引っ込めた。

「まっ、真優梨、どういう事なの? ねえ、『嫁』って……」

「結婚したの。冬也と……」

 はっ…………⁉

 僕の胸の奥から、パンドラの箱を開けたかのように負の感情がこみ上げていった。憎悪ぞうお怨恨えんこん嫉妬しっと憤怒ふんど…………。まさか、そのまさか! 僕の味方だって思っていた真優梨が、あの虐めの主犯格のあいつと結婚だと? 裏切ったな! この糞女がっ!

「きっ……君は……君は僕の……僕の味方だと思っていたのに……」

「……別に君の事が嫌になった訳じゃない。冬也はもう……心を入れ換えて……今は子供達に柔道を教えている良い人だから……」

「ああっ、俺達ラブラブだよなぁ‼ おい真優梨、そろそろ二人目作ろうぜっ!」

「…………そうね」

 何だよ、僕を虐めていた冬也と……。許せない、許せない、許せない‼

 僕ははらわたが煮えくりかえる思いがした。

「許せない……許せない……。真優梨、僕を馬鹿にしていたの? からかっていたの? ねえ、本当はいじめっ子達のスパイだったんじゃないの? どうせそうなんだろうね! ああやって優しくする素振りを見せて、僕の動向を探ってあいつらに報告していたんだろ! 消えろ、この阿婆擦あばずれ! 売女ばいた! クソビッチ!」

 僕はありったけの罵詈雑言ばりぞうごんを吐き捨て、同窓会の会場から走り去る。

「まっ、待って……」

「おい真優梨、なあ、さっきあいつと抱き合っていたよなぁ?」

「そ、それは……」

 そんな声が聞こえる。もう知った事か‼ さよなら、真優梨。優しくする振りをして、僕をずっとずっと騙してきた阿婆擦れ女。柊冬也と末永くお幸せに暮らしやがれ‼ 失せろ‼ 消えろ‼ 死んでしまえ‼

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