第4話 別れ

 三年生になると、僕は教室に復帰ふっきした。


 三年生になったら、不思議と虐めは止んだ。一年、二年と運悪く連続で同じクラスだった冬也と、晴れて別のクラスになれたんだ。主犯格がいないだけで、こうも違うとは。恐らく、標的をそのクラスの陰キャに変えたのだろう。そいつには悪いが、僕にとっては一安心だった。

 そして、この一年間は僕と真優梨の最後の日々だった。僕は二年連続で真優梨と一緒のクラスになった。だけど、二年生の時みたいに一緒に遊びに行くような事は無かった。だからと言って疎遠そえんになった訳じゃ無い。ただ、僕の方が忙しくなっただけだ。受験勉強によって……。


「何も、休み時間に勉強する事なんて無いのになぁ」

 昼休み、赤本あかほんを開いて勉強をする僕に、向かい側に椅子を置いて座る真優梨。物欲ものほしそうに僕を見ていた。

「だけど、この高校に受かる為ならこれくらいしないと……」

 僕は赤本の表紙を真優梨に見せた。『仙台学院高校』と書かれた表紙。仙台のキリスト教系の全寮制では無いが寮を設置している私立高校。東大合格者を毎年複数人輩出はいしゅつしている名門校だ。

「せっ、仙台? どこだっけ……」

「ここから、ずっとずっと遠くの街。寒い街だよ」

「……ああ、思い出した! 天気予報にあるよね、日本の、上の方にある街!」

 そんな覚え方をしていたのか。可愛いな。

「そう。そこにある高校に行って、寮に入るんだ」

「えっ……」

 僕の言葉を聞くと、真優梨は言葉を失い、暗い顔をした。


「……行っちゃうの?」

 真優梨は物悲しい声で言った。

「そう。早くこの街を出て、新しい場所で新しい暮らしを始めるんだ」

「翔太君……。この街には、あたしが……あたしがいるのに……」

「だけど……だけど理解して欲しいんだ! 僕はこの街で虐められ、嫌がらせを受けた。確かに君との思い出もあるけど、それ以上に嫌な思い出が沢山ある。とっとと出て行きたいんだ。だから……」

「……そうだよね。虐められていたもんね。嫌だよね、こんな街……」

 真優梨は僕と一緒にいたかったのだろう。そう考えるとこくな選択をしたものだな。


「でも、遠くにいても、時々で良いから、あたしの事を思い出してよね!」

「勿論だよ! 例え僕がどこにいても心は一緒だよ!」

「うん! 翔太君に何かあったら、どこにいてもそこに駆け付けて、あたしが守ってあげるから!」

「女に守られる男って、何か情けないなぁ……」

「ムッ……」

「ごっ、ごめんよ。じゃあ、これはどう? 僕に何かあったら、真優梨が僕を守って。で、真優梨に何かあったら僕が君のもとに駆け付ける! それで、僕が君を守る! それでお互い様でしょ?」

「良いね! ありがとう」

「だから……僕も、君を守れるように、逞しくなるから……そ、その……」

「なあに? 言って!」

「…………真優梨も、僕の事を忘れないでくれ」

「忘れないよ、絶対に」

 僕と真優梨は小指のちぎりを交わした。


 歳月さいげつ人を待たず。最後の一年間はあっという間に過ぎ去っていった。


 気が付けばもう卒業式。中学校で虐められていた僕は悲しくなんか無かった。寧ろ、清々した。さよなら、まわしき中学校よ‼ 二度と行く事も無いだろうな‼

 だけど、一つだけ悲しかった事がある。それは真優梨との別れ。中学校なんて大嫌いだったけど、真優梨と出会える場所でもあった。そこから離れるという事は、真優梨に会えなくなる事も意味していた。


「今まで……今までありがとう、真優梨! 君の事は……ずっと、ずっと忘れないから!」

 仙台学院高校に進学する僕と、地元の商業高校へ進学する真優梨。僕はこの街を離れ、真優梨は残る。去る者と、残る者。運命はそれぞれ。名残なごり惜しいが、別れの時だ。

「あ……ありがとう、翔太君……。もう会えなくなると思うと寂しいけど……。でも、いつかまた……会えるよね」

「な……泣くなよ……」

「泣きたくなるよ、寂しいんだもん。翔太君も……泣いて良いんだよ?」

「……うっ、ううううっっ……。真優梨、真優梨っ……」

 そう言われたら、つい僕も泣いてしまった。

 僕は真優梨と身を寄せ合い、しばらく泣き続けた。


「じゃあ……。ありがとう、翔太君。」

勿論もちろんだよ、真優梨。言っただろ? どこにいても心は一緒だって。真優梨、楽しい日々をありがとう! 生きる希望をありがとう! 僕の味方でいてくれてありがとう‼」

 卒業式から家に帰る時。僕は真優梨にありったけの感謝と、別れの言葉を告げた。

「翔太君……あたしこそ! ありがとう、ありがとう、ありがとう!」

 涙がれた後は、笑顔で餞別せんべつ。さよなら、真優梨。いつかまた、会える日が来ると信じて。


 真優梨は携帯電話を持っていなかった。ガラケーも、スマホも。親から高校生になってから、と言われていたらしい。だから、連絡先なんぞ交換しようが無く、知らなかった。

 当然、その日から僕と真優梨は音信不通になった。それ以来、真優梨は何をしているのだろうと思う事はあるけれど、知る術は無い。二十歳になった事だし、是非とも再会し、一緒に酒を飲んであの日の事を語らいたいものだけれども……。

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