第3話 僕の思い人

 真優梨に引っ張られていったあの日の翌日から、僕は保健室登校になった。


 真優梨とまでとは行かないけれども、養護ようご教諭きょうゆも僕の味方になってくれた。教職員の間で根回しをして、内申書ないしんしょ等を僕の不利にならないようにしてくれた。両親にはあたかも普通に登校しているかのように見せかけるよう、最大限努力を注いでくれた。定期テストも保健室で受けさせてくれた。ああ、世の中捨てたもんじゃ無いな。


「翔太君っ、ノート持って来たよ」

 昼休みには毎日、真優梨が来てくれた。授業に出ていない僕にノートを見せてくれた。

「ありがとう」

 僕は毎度、ノートを受け取って内容を見る。が……真優梨はお世辞にも頭が良いとは言えない。と言うか、良いか悪いかで言えば『悪い』の部類に入る。そのノートは僕には話にならない水準で酷かった。実際には独学していた訳で、真優梨のノートは何の役にも立たなかった。けれども、僕の為にと一生懸命黒板を書き写した形跡を見ると嬉しくて仕方が無かった。

「いつか君が教室に戻ってくる日が楽しみだな」

「だ、だけど、教室に戻ったらまた虐められて……」

「大丈夫、一人じゃないよ! あたしがついているもの!」

「フフッ、そっか。一日でも早く教室に戻れれば良いなぁ」

「気が向いたらいつでも戻って! あたしは待っているから!」

 そんな事を言いながら、結局僕は二年生一杯は教室に戻らなかった。一日中、保健室で独学をしていた。そんな毎日の中の、僅か二十分の昼休み。だけどその二十分が何よりも楽しかった。真優梨が来て、楽しいお話をして昼休みを終える。たったそれだけで生きたいと思えた。真優梨がいてくれなかったら、僕は命を絶っていただろう。


 次第に僕と真優梨は学校の外でも交友を持つようになった。

 休日には、この地方都市には唯一と言っても過言では無い娯楽ごらくの場である郊外ショッピングモールに二人で行って、買い物や食事、ゲームセンター等で楽しんでいた。

 学年一の美少女の真優梨と、地味で根暗ねくらな自動車オタクの陰キャの僕。全く不釣り合いなのに、いつもカップルと間違われた。

「彼氏さんも一緒に……」

 そんな風に店員が言って、

「いえいえ、あたしの男友達なんです」

と、真優梨が苦笑いする。そんな流れがもはや様式美だった。誰もが僕と真優梨をカップルだと信じて疑いはしなかった。

 カップル……そう言われて、真優梨は苦笑いしていたけれども、僕の心は激しく動揺していた。だって……愛してしまったんだ、真優梨を。


 僕が虐められ、絶望に打ちひしがれ、生きる希望を失っていた時。誰もが僕の敵で、孤独の海に沈んでいた時。

 そんな時、たった一人僕の味方でいてくれて、僕の隣でそっと微笑ほほえんでくれた真優梨。ただ『会いたい』という気持ちだけで、生きる希望を与えてくれた真優梨。そんな真優梨を愛してしまわない訳が無い。


 いつか、彼女に想いを伝える事ができれば。そんな思いを募らせていた。

「真優梨……月が綺麗きれいだね」

 二人で秋祭りに行った時、そうやって婉曲わんきょく的に好意を伝えたっけな。

「ほんと綺麗だよね、満月まんげつって……」

 分かる訳無いよな、これが好意なんて。国語で赤点を取るような真優梨に。結局、好意を伝えたのはこれが最初で最後だった。こんな冴えない僕が、真優梨に釣り合う訳が無い。そう思ってしまい、直接的に「好き」なんて言えやしなかった。


 もしあの時、真優梨にはっきりと「好き」と言っておけば……いつもそう思ってしまうけれども、そう言った所で果たして彼女は僕を好きになってくれたのだろうか。分からない。そんな仮定かていの話をするのはやめよう。ただ、はっきりと言える事。それは……

「翔太君っ、あたしとずっとずっと一緒にいてね!」

 真優梨にとってもまた、僕と過ごす日々はかけがえのない毎日だったという事だ。

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