第2話 僕の味方

翔太しょうた君、大丈夫?」

 昼休み。校庭のベンチでむせび泣く僕に、優しく声をかけてくれる『彼女』。

 僕は顔を上げ、彼女の呼びかけに応える。

「もう慣れた」

と。


 彼女の名は綾瀬あやせ真優梨まゆり。クラス一、いや、学年一、いや、学校一……は言い過ぎか。一個上にはアイドルデビューした先輩がいたからな。とにかく、学年一の美少女として知られた真優梨が、クラスの中でたった一人僕に優しく接してくれていた。真優梨は僕の隣にそっと腰掛けた。

「ねえ翔太君、元気出してよ。飴でも舐めなよ」

 真優梨は僕に、ポケットから飴を出してそっと渡した。

「ちょっと、それは校則違反だって」

「真面目だなぁ、君は。そんな所、嫌いじゃ無いけど、たまには不真面目になってみるのも良いんじゃないの?」

「あっ……ありがとう」

 僕は真優梨に渡された飴を舐めた。オレンジ味。甘くて酸っぱい、青春の味。一口舐めると、僕の目からは涙がポロポロと。悲し涙だったのか、嬉し涙だったのか……覚えていない。思い出せない。だけど、涙が止まらなかった事だけは鮮明に覚えている。

「辛い事から逃げるのも時には大事だよ。ほら、我慢してばかりだと疲れちゃうじゃない」

「だけど……。親も先生も何を言っても相手にしてくれないんだ。どうしたら……」

「じゃあ、あたしと一緒に逃げようよ」

「そ、それはつまり……」

「ほら、あたしについて来て!」

 真優梨は僕に手を差し伸べた。僕が真優梨の手を握ると、真優梨は僕を引っ張って学校の外へと駆け足で抜けていった。この時、彼女に引っ張られた感覚程、気分の良いものは後にも先にも無かった。


 真優梨に引っ張られて着いた先は、学校近くの公園だった。いつもは子供達で賑わう場所だけど、その日は不思議と誰もいなかった。学校からはチャイムの音が聞こえる。それを無視して、二人で一緒にブランコに乗った。童心どうしんに返り、ブランコに揺られながら会話を弾ませた。

「ねえ翔太君、車が好きなんでしょ?」

「そっ、そうだよ……」

「じゃあさあ、あの車はなあに?」

 真優梨は視線の先にある家の車庫しゃこに駐めてあったアウトランダーを指し示した。

「あれか! あれは三菱みつびしのアウトランダーだよ。アウトランダーと言えばやっぱり……」

 いけない! つい熱く語ってしまった!

 だからキモいって言われるんだ、僕は。相手は車とか興味無さそうな女の子。なのにオタクしか分からないような用語をベラベラと……。

 真優梨は僕に冷めた反応をするだろうな。そう思った矢先、彼女は僕に賛辞さんじを送った。

「すっごい! 詳しいんだね、翔太君」

 多分、僕が話した中身はよく理解していなかったと思う。それでも、僕はめてもらえたのがとても嬉しかった。

「ありがとう」

「自分の好きな事に夢中になるのって、とっても素敵だと思うよ。車博士になれるんじゃないの?」

「車博士になって、テレビに出たりできるかなぁ?」

「できる、できる! 翔太君ならできるって!」

「フフフフッ、そしたら僕もみんなの人気者になれるかなぁ」

「うん、うん! きっと人気者になれるよ!」

 ああ、何と幸福しあわせ時間とき

 毎日こんな風に、真優梨と一緒に過ごせれば良いなぁ……。そう思うと、僕は明日も明後日も頑張れるような気がした。生きていて本当に良かったと思えた。

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