僕の味方

加藤ともか

第1話 少年の日の苦い思い出

 僕が中学二年生の頃の話だ。


『キモキモキモキモキモキモキモキモキモキモキモ……』

 ただひたすら『キモ』と書き連ねられた便箋びんせんが僕の下駄箱の中に入れられていた。僕はそれを下駄箱から出すと、静かに破り捨てた。陰からは、僕を嘲笑あざわらう女子二人の声。ヒソヒソ話しているつもりなのだろうが、丸聞こえだった。いや、わざと聞こえるように話していたのかも知れない。陰鬱いんうつな気分を胸に、教室に向かった。


 僕は中学校でいじめを受けていた。男子からも、女子からも。邪険じゃけんに扱われ、気持ち悪がられ、暴力や暴言も日常茶飯事にちじょうさはんじだった。

 その虐めの主犯格だったのが、柔道部の主将しゅしょうひいらぎ冬也とうやだった。僕のクラスでは皆を引っ張るリーダーのようなカリスマ性があった。だがその実は図体ずうたいが大きいだけの粗野そや粗暴そぼうな大馬鹿者。『暴力性』以外で僕にまさっている点が一つでもあるか? いや……その『暴力性』こそあいつがクラスでカリスマ性を発揮できた所以ゆえんだったのかも知れない。何せ、あそこは暴力に支配された空間だったからな。


 僕が教室に入ると、皆がまるでばい菌のように僕を避けていった。近くの席の奴は、その必要も無いのに露骨ろこつに席を遠ざける素振そぶりを見せた。机に座ると、油性ペンで落書きが幾つも書き殴られていた。

『キモオタ』

『ブサイク』

童貞どうてい

『ハゲ』

腐死身ふしみ症多しょうた

 こんなのは氷山の一角。まあ、彼らは馬鹿だもんで、語彙ごい力が弱いから単純な『悪口』レベルのものしか書けなかったのだけれども。


 席に座っていると、後頭部に強い打撃が一つ。毎日やられるもの、もはや麻痺して痛みも何も感じなくなっていた。

「ああ、ごめんなぁ。手が滑ってしまったんだぁ」

 ああ、分かる、この汚い野太い声。背後から感じるウドの大木だいぼくの気配。柊冬也、まさにその人だ。

 冬也のふざけた言い訳と共に、教室には笑い声が響き渡る。僕に冷たい視線しせんが降り注ぐ。ここは僕の居場所いばしょじゃ無いんだ、僕が来てはいけないんだ! もう逃げたい! でも……


「我慢しなさい。どうせ高校は違う所に行くんだから」

 僕の両親は古風な人だった。この時代に、父は三十五、母は三十三にして見合みあい結婚。父三十八、母三十六の時に生まれたのが僕だ。

 両親共に、古い価値観の持ち主だもんで、不登校なんて『有り得ない』と頑なに譲らなかった。ひっぱたいても学校に行かせていた。それで僕は地獄を見た。


 先生は先生で、特に取り合ってはくれなかった。事を荒立てられたら学校の悪評あくひょうに繋がるという事なかれ主義。更には、僕のクラスの担任たんにんは柔道部の顧問こもんでもあった。冬也は柔道の腕は確かで、県大会では三位を取った事もあるくらいの実力者だった。そんな彼と、教室の片隅で静かに車の本を読んでいるだけのいんキャの僕。どちらが学校に貢献こうけんしているかと言えば、それはもう……。


 クラスメイト達も、親も、先生も、みんな僕の敵だった。だけど……。一人だけ、僕の味方でいてくれる人がいた。

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