第8話:廃病院

大学のころの話。

サークルの飲み会の後で、心霊スポットに行こうと盛り上がっていた。

メンバーはA先輩、B先輩、断り切れなかった俺、ドライバーとして酒を飲んでいないC。

「これから行ける距離に心霊スポットなんてあるんすか?」

俺の問いかけに先輩たちは心当たりがあると笑う。

なんでもA先輩の住むアパートから車で少し行った場所に廃病院が立っているらしい。

地元民の他の先輩曰く、俺たちが生まれる前に廃業して、それからずっと壊されないままの建物なんだとか。

「なんでも、病院の中にあるカルテを持ち出すと携帯に病院から電話がかかってくるらしいぞ」

廃業した病院にカルテなんか残っているのかとも思ったが、口にしても怖がっているとからかわれて終わりだろうからそうっすか、と相槌を打った。

そのままCの車でA先輩の言う入病院の前までやってきた。

夜の病院、それも廃病院というのは迫力がある。

思わず、ごくりとつばを飲み込む。ついてきたのは早まっただろうか、ビビリだと言われようが断ればよかっただろうか。

俺は思わずCを見た。Cも同じ考えだったのか俺の方を見ている。

「よし、いくぞ!なんだお前ら、ビビったのか~?」

酒が入っているからかテンションの高いA先輩が俺たちを煽ってくる。

むっとして、そんなわけないと言おうとした時だった。

「お兄ちゃんたち、ここは入っちゃいかんよ」

突然しわがれた声がかけられて、全員飛び上がった。

慌てて振り向くと、そこには背の曲がった婆さんが一人立っていた。

野良作業でもしていたのか首にタオルを巻いている、どこの田舎にもいる婆さんだ。

「ここは私有地だからね、建物に入っちゃあいかんよ」

婆さんの言葉は至極まっとうなことだった。

「あー、すみません。ちょっと涼みに来ただけっす」

A先輩も、言い訳を口にしながらばつが悪そうな顔をしていた。

「はやく帰りね。婆ちゃんも帰るから」

婆さんはそう言って背を向け、歩いて行った。

それを見送りながら「どうするんすか?」と尋ねる。

できれば帰ろうという空気になればいいのだが。

「馬鹿野郎、婆さんに言われたからって帰れるわけねえだろ。もう見えなくなったし、いくぞ」

そう言って先輩が病院に向き直る。

仕方ないなと俺たちもついて行こうと振り向いた。

「お兄ちゃんたち、ここは入っちゃいかんよ」

また、声がした。

今度はひっと悲鳴が上がった。

「ここは私有地だからね、建物に入っちゃあいかんよ」

さっきと全く同じ言葉。

恐る恐る振り向けば、先ほどの婆さんが立っていた。

本当に殺気の婆さんかは分からないが、服装は暗闇の中では同じに見える。

「お、おい。この婆さん、さっきの婆さん、だよな」

B先輩が俺たちに確かめてくる。聞かないでくれ、俺たちだって違うと思いたいんだ。

俺たちは婆さんが暗闇の向こうに去っていくのを見送った。向こう側には灯があったからあのあたりの家の人間なんだろうと思っていた。

それが、どうしてこの一瞬の間に後ろにまたいるなんてことが起きるんだ。

「ここは入っちゃいかんよ」

「は、はい!お前ら、帰るぞ!」

A先輩はそう叫ぶと、一目散にCの車に乗り込んだ。

俺たちも慌てて車に飛び乗ると、そのまま急発進で夜の道をA先輩のアパートに向けて走った。

そんな俺たちを婆さんはじっと見ていた、と思う。

そのまま俺たちはA先輩の部屋で一晩を過ごした。

そのあとは、あの廃病院には近づいていない。

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