不穏な空気

翌朝、僕達は集合場所ではなく病室にいた。


目の前には寝たきりで動かない阪井がいる。


羽田さんが静かな声で聞いてくる。

「ねぇ、どうして阪井君がこんな怪我負ったかとか聞いたの?」

「いや、それが僕も何も知らないんだ。

公園で倒れてたらしい。」


警察の人が言うにはとある暴力団グループの仕業ではないかという事だったが、現実味が無くてあまり信じられなかった。


阪井が病院に運ばれたというのは、今朝になって聞いた。一晩の間にこんなことが起こるなんて全く想像していなかった。

昨日一緒にいた僕達は警察署で事情を聞かれた後、病院に向かっていたのだ。


「昨日まであんなに笑顔だったのにね。」

「…うん。」

どうして彼がこんな目に遭ったのか、僕には何一つ心当たりがなかった。彼の顔を見るだけで心が痛くなる。


「こんな酷い事するなんて、許せない。」


羽田さんは下を向き、体を震わせていた。

何かを堪えているようにも見えたが、マスクのせいでよく分からなかった。


寝たきりの阪井の顔が、昔の自分と重なる。僕は思い出したくない過去を思い出していた。そんな事を不意に思い出してどうする、また自分が苦しむだけなのに。









「……ねぇ、ねぇってば。どうしたの?病院出てからずっと無言だよ?」

「え、あ、あぁごめん。」

気づけば僕達は買い出しを終えていた。

「ちょっと、考え事してて。」

「そっか、まぁ仕方ないよね。あんな事があって、私もびっくりしたし。」


気を使って話しかけないでいてくれたのだろうか、だとしたらなんて優しい人なのだろう。


「病院から今まで、桐嶋君ずっと苦しそうな顔してた。」

彼女が言った。

「どうしたの?何か思い出したりとかしたの?」

「ううん、なんでもないよ、気にしないで。」

「そっか、変な事聞いちゃってごめんね。」

「全然大丈夫だよ。」


2人の間を静かな時間が流れる。


「もー、でも桐嶋君が何も喋ってくれないから私大変だったんだよ?笑」

彼女が笑った。

「ごめんごめん、僕に何か出来る事ある?」

「大丈夫、もう十分してくれてるよ。」

そこで僕は自分の両手が荷物でいっぱいな事に気がついた。そこで僕は久しぶりに笑った気がした。


「ねぇ、桐嶋君。」

「どうしたの?」

「誰があんな酷い事やったのかな。彼が何か酷い事でもしたの?可哀想過ぎるよ。」


彼女の声は震えていた。


僕には彼女の背中が涙を必死に堪えているように見えた。僕はそんな彼女がとても美しく見えた。


「あのさ、今度良かったら一緒に花火、見に行かない?」

僕は思わず言ってしまった。

「阪井と一緒に行くつもりなんだけど、もし良かったら羽田さんも、どう?」

「私なんかが一緒に行っていいの?」

「全然いいよ。むしろ来てくれた方が嬉しい。」

「うーん、いいよ。桐嶋君達が良いのなら。」

「ほんと?良かった。」

僕はほっとした。

今の僕は何故だか彼女の事が知りたくて仕方がなかった。少しでも彼女の事を知れる機会が増えた事が純粋に嬉しかった。


この日から、僕達は打ち解けてよく話すようになっていった。

花火大会まであと15日。


この時はまだ、僕のには何も見えていなかった。

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