⑤ わらってわらって


「すごい企画を思いついたんですよ、中田なかたさん」


「すごい企画? シンヤの企画はいつもすごいと思うけど」


 そう言って中田は、コーヒーを一口すすった。


 夕食時が過ぎ、ひと段落着いたファミリーレストラン。

 赤い髪をツンツンと尖らせ、カジュアルな服に身を包んだ男――シンヤと、きっちりとスーツを着込み眼鏡をかけた真面目そうな印象の男――中田。

 二十代半ばくらいという共通点はあれども、見るからに対照的な二人が向かい合って座っていた。


 そんな二人は、同じYouTubeチャンネルで活動するチームのメンバーだ。


 企画及びリーダーのシンヤ。

 天然でボケ担当のジロウ。

 カメラマン及び動画編集担当の中田。


 チャンネル名は『深夜二時』。

 動画に映るメインメンバー二人の名前が“シンヤ”と“ジロウ”であることに由来して、そう名付けられた。主に心霊系をテーマに取り上げるチャンネルである。


 今二人は次に作る動画の打ち合わせをしている。

 打ち合わせはいつもシンヤと中田の二人だけで行っていた。


「今度の企画は今までとは比べ物にならないくらいすごいんですよ」


 興奮気味にそう言うシンヤを見て、中田が微笑む。


「ほうほう、それは気になるね。話してごらん」


「『フランケン』っていうYouTubeチャンネルは知ってますか?」


 中田は腕組みしてちゅうを見上げ、記憶の底から該当のチャンネルを掘り起こす。


「ああ、知ってるよ。少なくとも僕らよりは有名な心霊系チャンネルだよね。僕らは三人で回してるけど、あのチャンネルは一人だっけ? すごいよね」


「はい。それでさっそく本題なんですが、その最新の動画が、削除されたらしいんです」


「ふむ」


「動画の内容は有名な心霊スポットの一つである××精神病院跡の探索。動画は完成度も高く、投稿当初からバズッたらしいです。けれどすぐに、不可解なコメントが多数寄せられた」


「不可解なコメント?」


 シンヤがタブレットを操作し、中田に手渡す。

 画面にはYouTubeのコメント欄のスクリーンショットが表示されていた。

 中田はそのコメントの文言を読み上げる。


「『本物が写ってる』『これはマズいでしょ…』『13:38 本物が映ってるシーン』『この動画は削除して今すぐ除霊を受けてください。これはふざけでも冗談でもありません。本気です』……なるほどね」


 中田は頷きつつシンヤにタブレットを返した。


 心霊系の動画にはたびたび“本物が映っている”等のコメントが寄せられる。

 中には根拠もなかったり、皆を怖がらせてやろうと思ってそういうコメントをする人もいたりするものだ。


 しかしこれらのコメントは、そんな雰囲気は微塵みじんも感じられない、本気度が違うと中田は思った。


「そしてコメントを受けてか動画は削除された。これがつい2週間前の出来事です。ここまではよくある話。しかしこれには続きがあるんです」


 シンヤは口元に微かに笑みを浮かべていた。

 真面目な口調で話をしてはいるが、楽しくて仕方がないといった様子だ。


「『フランケン』は遅くとも一週間に一回のペースで動画投稿をしていたんです。けれども、最新動画が投稿されてから1ヶ月が経過しても動画は投稿されなかったため、気になったファンが『フランケン』の家族のTwitterアカウントを見つけ出して問い合わせてみた。その結果――」


 息継ぎを忘れて話していたシンヤは、ここで深く息を吸って続ける。


「――『フランケン』は失踪していたんです。それも、妙な書き置きを残して」


「どんな書き置きを……?」


 シンヤはタブレットを操作してノートの一ページの画像を表示し、読み上げる。


「『わらってわらってわらってわらって だまれだまれだまれだまれ おいでおいでおいでおいで おなじおなじおなじおなじ わらってわらってわらってわらって』」


「……」


 中田はコーヒーを口に運びかけて固まってしまった。

 そんな彼に追い打ちをかけるようにして、シンヤが言う。


「これをループでノートにぎっしりと、20ページほどに渡って」


「いかれてる……」


「もちろん、普段の『フランケン』はそんなおかしな文章を書くような人ではありません。面白がってですらあり得ない。彼は真面目なYouTuberです。そこで俺は一つの推測を立てました」


「大体は予想がつくね。ホラー小説やホラー映画では鉄板の展開だ」


「はい、そうです。おそらく『フランケン』は――この廃病院に行ったのではないか、と思うんです。霊的な何かに呼び寄せられて」


 シンヤがタブレットに廃墟となった××精神病院の画像を表示させ、中田向きにテーブルの中央に置いた。


「なるほど、シンヤの企画が分かったよ」


「ええ、××精神病院の調査、および検証です」


「ふむ……」


 中田が顎に手を当てて考える。


「確かに『フランケン』の一件で××精神病院はホットなはずだから、それを取り上げればバズるだろう。だけど、もしシンヤの推測が正しいとしたら、危険すぎる」


 シンヤはクスっと笑った。


「あれ、中田さんって幽霊とか信じてましたっけ?」


「幽霊は信じてない。UFOも。でも催眠術や磁場の影響は信じてる。まあとにかく、何となく今回のは手を出してはいけない感じがするんだ」


「では、現場で中田さんが危険だと判断したらすぐに帰りましょう。まずは行くだけでも、お願いします」


 そう言い、真剣な表情で頭を下げるシンヤ。

 一見不真面目そうな彼だが、YouTube活動にかける想いはメンバーの誰よりも強く、向上心も高い。


 中田はそんなシンヤの強い信念に負けてチームを結成したのだと思い出した。


「……わかった、負けたよ。その企画でいこう」


 シンヤは小さく「よしっ」とガッツポーズをした。


「で、撮影日はどうする?」


「中田さん次休みいつでしたっけ?」


「明後日だな」


「では明後日で」


「全くお前は、先輩使いが荒いよ」


「あ、今回も車お願いしますね」


「わかったよ」



   ◆◇◆◇◆



 翌々日。時刻は午後5時。

 シンヤたち三人を乗せた車は内臓のように曲がりくねった山道を走っていた。


「なあシンヤ~、ガム持ってね? くねくね道ばっかりで軽く酔っちまったよ」


 具合が悪そうに顔をゆがませ隣に座る丸刈りの若い男に、シンヤはキシリトールガムを一つ渡した。


「ほれ。てかジロウ、お前酔いやすいんだから自分で用意しておけよな」


「すまんすまん、つい忘れちゃうんだよ」


 ガムをひょいっと口に放り込むジロウ。

 いつもはにこやかで底なしの元気と能天気さを持ち合わせた彼だが、今は車酔いで口数が少ない。


「それにしてもすごい山道だな」


 運転をする中田が、後部座席に座る二人に言った。

 シンヤが前に身を乗り出す。


「こんな山奥にわざわざ精神病院を建てるなんて……いよいよきな臭くなってきましたね」


「まあ、心の健康のために自然の中に建てたって考えれば普通かもしれないけど……っと、あれじゃないか?」


 坂を上り切ったところで、うっそうとした木々の向こうに黒ずんだコンクリートの建物の一部が見えた。


 最後に一つカーブを曲がると、その全体がはっきりと姿を現す。


 小山の頂上を削って建てた冷たいコンクリートの建物。

 一見すると一般的な古い病院の外装だが、よく見ればすべての窓に鉄柵が張ってあったりと精神病院であった名残が感じられるところもある。


 太陽が沈みかけ、空が怪しげな紫色に染まった頃。

 長い道のりを経て、シンヤたちはようやく××精神病院跡へと到着した。


「うっわぁー、雰囲気あるとこだなー」


 表の駐車場に車を停めると、一番に降りたジロウが深呼吸をしながらそう言った。

 外の空気を吸ったら車酔いが回復したようで、顔色がすっかり元通りになっていた。

 後から降りたシンヤと中田も同じ感想を抱く。


 荒れ放題の木々や植木。草木によってところどころえぐられた駐車場のコンクリート。

 そして、ツタやコケに覆われつつある廃病院。


 そこは廃墟特有の怪しくもどこか人を惹きつけるような、不思議な雰囲気に満たされていたのだ。


 いつまでも空気感に圧倒されて呆けているわけにはいかない。

 シンヤは撮影機材を出すべく車の荷台を開けた。


「完全に暗くなるまでに機材準備するぞー、ジロウ手伝え」


「へいへーい」



   ◆◇◆◇◆



 機材の準備をし身だしなみを整えていたら、すっかり日は沈み、真っ暗になっていた。


 今日は新月だ。

 そのため、車のボンネットの上に置いたランプのおかげでどうにか身の回りは確認することができるが、光源から10メートルも離れれば墨汁をこぼしたような闇に包まれ、その奥に何があるのかまるで見えもしない。


 四方八方から聞いたこともない鳥や動物の鳴き声がこだまし、不気味さにより一層拍車をかけている。


 もし今このランプが消えてしまったと考え、シンヤはぞっとした。

 けれども、ここに来た目的を果たさなければならない。

 三人は病院のすぐ前まで移動すると、三脚のついたライトをつけ、撮影を開始する。


「じゃあ、オープニング撮るぞー。3,2,1……」


 ハンディカメラを構えた中田さんがシンヤたちにキューの合図を出した。


「シンヤです」


「ジロウでーす」


「はーい、というわけで今回『深夜2時』はここ、××精神病院跡に来ましたー!」


 パチパチパチ、と二人で拍手をする。

 その後も何気ないトークを続け、オープニングを撮り終えると、機材を持って院内へ。

 この間もずっと中田はカメラを回し続けている。


 建物に入った瞬間、埃や砂、そして薄っすらと獣のような匂いに包まれ、シンヤは思わずむせそうになった。

 それになんだか嫌な感じがする。

 どこかから誰かに見られているような。いや、睨まれているような。


 なるべく早く撮影を終わらせて退散しよう。

 シンヤはそう思い、カメラを向いててきぱきと考えてきた説明文を演技がかった口調で唱えていく。


「この廃病院は開業後なぜかたったの3年で閉院。昔の精神病院ではあるあるですが、患者に対して非人道的な行いをしてただとか……そしてこの病院は、先日起こったYouTuberの失踪事件と何か関わりがあるのではと噂されています」


 シンヤは神妙な面持ちで続ける。


「この建物は地下ありの三階建てですが、中でも地下では拷問や監禁といったことが行われていたらしく、特に怨念が強いらしいです。というわけでまずは手分けをして探索しつつ、それぞれのフロアに定点カメラを仕掛けていきたいと思いますが……」


 カメラを見ていたシンヤの目が、すぅっとジロウに移動する。


「え、オレやだよ? オレに地下担当しろって言うんだろ……!? 絶対やだぜ!!!」


「じゃあ、じゃんけんだな」


「いいぜー、負けた方が地下担当な!」


「「じゃんけん――」」


 じゃんけんは一回のあいこを挟むことなく一発で決着がついた。


「ちぇっ……結局オレかよ~……」


 ぶつくさ文句を呟きつつ、機材の入った袋を担ぐジロウ。

 じゃんけんはシンヤが勝った。

 ジロウは決まって最初にチョキを出すと知っていたから負けるはずもないのだが。


 三人は各々ハンディカメラで撮影しながら、それぞれの担当階に移動を開始し、定点カメラを設置していく。


 ジロウは地下、シンヤは1階と2階、中田は3階を担当する。


 シンヤは手際よく1階のカメラを設置し、2階へ移動。

 突き当りまで行き、上ってきた階段まで映るようにしてカメラを設置している時だった。


 ――ギィィ……


 近くの部屋の扉が動く音がした。


「んっ?」


 シンヤは驚いて振り向き、廊下をハンディカメラのライトで照らした。

 しかし、誰の姿もない。


 先ほどの音は重そうな鉄の扉のものだった。

 風で動くとは思えないし、今日はそこまで風は強くない。

 となれば、誰かが近くまで来たのだろうかとシンヤは考えた。


「ジロウかー?」


 以前、作業を早く終えてしまったジロウが悪戯で脅かしに来ていた、なんてことがあった。

 今回もそうかと思って、シンヤは呆れ交じりの声で呼びかけた。


「……」


 返ってくる声はない。

 ジロウであれば、バレたと分かればすぐにケラケラ笑いながら出てくるはずだ。

 何かがおかしい。


 っと、そこで突然スマートフォンに着信が入った。


「うおわっ、びっくりした」


 予期せぬ出来事に体を震わせるシンヤ。

 こんな時に誰がかけてきたのかとスマートフォンをポケットから取り出すと、画面には“ジロウ”の名前が。


 電話に出て、よくも脅かしてくれたなと文句の一つでも言ってやろうとした時だった。


『シンヤー? お前今、こっち来たかー?』


 もしもし、もなく、開口一番そんなことを訊かれた。


「いや、行ってないが」


『じゃあ中田さんかなー。すぐそこで足音がしたからよ』


「そうかもな。どっちみち話しかけて来なかったなら大したことじゃないだろ。きっと3階から1階に降りる時に降りすぎちゃったとか」


『なるほどな。じゃあ設置終わり次第合流で』


 その後は特に何も起こることなく、無事に定点カメラの設置が完了した。

 一階のフロントに三人が集合。


 中田がカメラを回し、収録を再開する。シンヤが次に行うことを説明していく。


「定点カメラの設置が終了しました。カメラの映像についてはまた編集の時に確認することになると思います。じゃあ次に一番やばいと噂の地下で、一人籠って30分ほど検証をしてもらいたいんですが」


 シンヤの視線がジロウへと向いた。

 ジロウはそれですべてを察したように声を荒げる。


「またオレかよぉー!!」


「さっきじゃんけんで負けただろ」


「さっきはさっきだ!!」


「じゃあもう一回じゃんけんするか?」


「いいぜー! じゃんけん――」


 またしてもジロウが負けて、地下での検証は彼が行うことになった。


「じゃあ、俺たちは外で待機してるから」


 とぼとぼと地下へ降りていくジロウの背中にそう言い、シンヤは中田と一緒に建物の外へ。

 ひとまず二人は休憩時間だ。


 シンヤは入口階段に座り込み、自分のハンディカメラの映像を確認。

 中田は携帯灰皿を手にたばこを吸っていた。


「そういえばシンヤ、さっきカメラ仕掛けてる時、3階来た?」


 唐突に中田がシンヤに訊ねてきた。


「え、行ってないすけど」


「なんか誰かに見られてる感じがしてな。じゃあジロウが間違って来ちゃったか」


「ははは、ジロウの担当は地下ですよ。まあ、あいつならあり得ますけど」


 地下担当が間違って3階まで上がってしまうなんてミス、普通は犯すはずがない。

 しかしジロウはドが付くほどの天然だ。なんとなく彼ならやりかねないと思い、二人は笑うのだった。


 ――いや待て、おかしい。


 ふとシンヤはあることが引っかかった。


「そういえばジロウも同じようなこと言ってました。物音がしたけど地下に来てないかって……」


 そんな発言をする人間が間違って3階まで行ってしまうだろうか。

 いくらあのジロウでもそれは考えづらいとシンヤは思った。


「通話何時か覚えてるか?」


 中田に言われ、シンヤはスマートフォンを取り出して通話履歴を表示して見せた。


「えっと……この時間です」


 通話時刻は18時20分28秒。

 すると中田はハンディカメラの録画を再生し、しばらくすると停めて、顔を真っ青に染めつつシンヤに画面を向けた。


「これ、ちょうど僕が誰かに見られてると感じた時刻の直後だ」


 停められた映像は、薄暗い廃墟の一室で定点カメラを設置しながら背後を振り向く中田の姿が。

 右下に表示された時刻は18時19分50秒。


「約40秒後……こんな短時間で地下から3階まで行って戻れば、さすがに息が上がりますよね……」


「第一、そんなことをする必要性もないな」


 シンヤは鳥肌が立った。

 全員にアリバイが証明された。

 となると一体、自分たち三人に起こった出来事は誰がやったのか。


 この廃病院には――自分たち以外の何かがいる。


「ジロウ、大丈夫か?」


 中田に言われ、嫌な予感が湧いてきた。


「電話してみます」


 シンヤは急いでスマートフォンを操作し、ジロウに電話をかけた。

 だが、10コールほど鳴っても出ない。


 いよいよ彼に何かがあったのではないかと不安になる。


 ――ガチャ


 いっそ建物内へ駆け込もうかと思ったところで、ジロウが電話に出た。


「もしもし、ジロウ?」


『……』


「ジロウ?」


 呼びかけても応答はない。

 電話越しのジロウはずっと無言だった。

 風なのかノイズなのか、ジジジッという音が常に聞こえる。


「ジロウ、喋ってるのか? 何も聞こえないぞ!」


『……ハハハ』


 突如、不気味な笑い声が聞こえた。

 心底愉快そうなのに、潰れた喉で笑っているような声。


「笑ってるのか……?」


『ん、あ、いやなんでもねーぜ。てかシンヤ、どうした?』


 いつも通りのジロウの声。

 たった今まで気味の悪い笑い声を上げていた感じは全くしない。


 笑い声はノイズか何かで、聞き間違いだったのだろうか。

 いや、今はそんなことよりも、もっと重要なことがある。


「検証そろそろ終わりにしよう。表出てきてくれ」


『おーう、分かったぜ』


 軽快な声を上げ、通話を切られてしまった。

 すぐさま中田が訊ねてくる。


「ジロウ、大丈夫だったか?」


「なんというか、いつも通りでした」


「そう、か」


「ほんとに、いつも通り……」


 シンヤはここにきて違和感を覚えた。

 ジロウは今、心霊スポットの廃墟で一人きりでいる。

 それなのに、あそこまであっけらかんとしているのは、逆におかしくないだろうか、と。


 そうなると、通話を繋いだままにしてもらえばよかったと後悔する。

 しかし、幸いなことに、思ったよりも随分と早くジロウは建物の外へ出てきてくれたことで、シンヤはひとまずほっと安心した。


「よっ、シンヤ~中田さん」


「あ、お、おう、ジロウ。何か変わったこととかなかったか?」


「全然なかったぜ!」


 満面の笑みでグッドサインを見せてくるジロウ。

 やはりいつも通りの元気なジロウだった。


「エンディング撮るぞ。それでさっさと撤収作業してこんなとこおさらばしよう」


 中田がカメラを構えながらそう言うと、シンヤとジロウは二人並んで彼の方を向いた。


「じゃあいくぞー。3,2,1……」


 キューの合図でシンヤがエンディングのトークを始める。


「はい、というわけで××病院の探索と検証が終了しましたが、ジロウどうだった?」


「怖いとこだったなー。オレばっか一番怖いところ行かされた気がするしな」


「じゃんけんが弱いせいだろ」


 シンヤは笑いながら軽くジロウを小突き、続ける。


「まあともかくね、なんだか普通じゃないというか。嫌な空気が漂うところだったなと思います。というわけで、今回も動画の視聴をありがとうございました! 怖いと思ったらチャンネル登録と高評価をよろしくお願いしますねー! では、次回の動画で~!!」


 ――パチパチパチパチパチ


 二人で拍手をして、終了。

 ……の、はずが、中田から終わりのコールがかからなかった。


 どうしたのかと思ってシンヤが中田の表情を窺うと、ぎょっと目を見開いてジロウの方を見ているようだ。

 そのまま中田は、カメラを止めることなくジロウに訊ねる。


「お、おい……ジロウ、何の悪ふざけだ?」


 ――パチパチパチパチパチ


「え? なんすか?」


 そういえばジロウはまだ拍手をやめていない。

 シンヤはもうとっくにやめているのにまだ続けているのだ。


 中田はそのことを注意しているのだろうか。

 そう思ってシンヤはジロウの方を向く。

 すると、彼の背筋に一気に冷気が走った。


 笑みを浮かべながら拍手をするジロウ。

 しかしそれは、手の甲と手の甲を打ち合わせる拍手。


 いわゆる――“逆手拍手”というものだったのだ。


 シンヤたちのように、オカルトについて少し知識のある者ならその意味がすぐに分かる。


 逆手拍手とは、死人の拍手。

 死人がするといわれている拍手で、死人が生者にすれば“こっちへおいで”、つまりは“死ね”という意味になるのだ。


 ジロウはその拍手を機械のように続けていた。


「ジロウ……お前、それやめろ」


「いいじゃんかいいじゃんか、楽しいし楽しいし」


 シンヤが注意してもやめる素振りを一切見せない。


 何も楽しくない。

 言動の意味が全く理解できない。

 シンヤに怒りが湧いてきた。


「いいからやめろっ!!!」


 シンヤが掴みかかって強引にジロウの両手を引きはがす。

 するとようやく彼は観念したようだった。


「ちぇっ、わーったよ」


「とりあえず拍手のところだけ編集でうまくカットするか隠すから、早いところ定点カメラ回収して帰ろう」


 中田がカメラを止めて建物内へ入っていく。


「へーい、じゃ行こうか」


「地下は俺がやるよ、ジロウ」


 ジロウが中田の後に続こうとしていたので、シンヤが彼の肩に手を置いて止めた。

 先ほどからジロウの様子は明らかにおかしい。

 恐怖で変にテンションが上がってしまったのか何なのか。

 ともかく今は大事をとって休ませようと思ったのだ。


 しかしジロウはただにこにことして、


「いいからいいから」


 と肩に置いていたシンヤの手を払いのけ、建物内へと入っていってしまった。

 仕方がなくシンヤは、地下の機材回収をジロウに任せることに。


 シンヤはまず2階の機材を回収し、次に1階分の回収に取り掛かる。

 そこでふと、カメラの三脚の足元に開かれて捨てられたボロボロのノートを見つけた。


 さっきはこんなものあっただろうか、と思いつつカメラを回収しようとしたところで、シンヤは固まった。


 開かれたノートにページが目に入ったのだ。


 そこに書かれていた文字は――


わらってわらってわらってわらって だまれだまれだまれだまれ おいでおいでおいでおいで おなじおなじおなじおなじ わらってわらってわらってわらって


「おいおい嘘だろ……」


 それは、この××精神病院跡の動画の一件を最後に行方不明になったYouTuber、フランケンが書き置きしていった文言と全く同じものだった。


 ――プルルルルル


 電話がかかってきた。

 かけてきたのはジロウだった。


「はい、もしもし、ジロウどうした?」


『やっとつな……た…………ここやべぇっ…………早く逃げねぇとっ!!!』


 様子がおかしい。走っているのだろうか。

 何かから追われているようだ。

 先ほど検証をしているジロウにかけた時よりもさらにノイズがひどい。


「大丈夫かっジロウ!」


『はや……早く外に……っ』


「外に出ればいいんだなっ! そうなんだな!!」


 そこで電話が切れてしまった。

 だが、ひどいノイズの中どうにか聞き取ることができた。


 シンヤはすぐさま中田に電話をかける。


「中田さん、今すぐ外に出てくださいっ。事情は後で説明します!」


 そしてシンヤたちは、機材の回収も途中に、建物の外へと飛び出した。

 一直線に車に乗り込み、運転席の中田が後ろを振り返って後部座席のシンヤとジロウを確認する。


「全員乗り込んだなっ? 出発するぞ!」


 二人して頷くと、車は発進。

 猛スピードで山道を駆け抜けていった。


 しばらく誰も何も言葉を発さなかった。

 しかし、だいぶ車が進み、廃病院から離れた頃、無事にここまで来られたことで少し安心したシンヤが口を開く。


「それにしても何があったんだよ、ジロウ?」


「ん、何もないぜ」


「は? そんなわけないだろ、さっきまであんなに焦って――」


 ――プルルルルル……


 シンヤのスマートフォンに着信が入った。

 こんな時に誰だろうと思いつつ画面を見る。


 そして、頭が真っ白になった。


 あり得ないことが起こったのだ。

 なぜなら、電話の主は、ジロウだったのだから。


 ちらりと隣に座るジロウに目を遣るが、電話をかけている素振りなんて一切見せず、口元にやや笑みを浮かべてこちらを見つめるだけ。


 ならば、ジロウが落としたスマートフォンを誰かが拾ったのか。

 何にしても、この電話の向こうに誰がいるのか見当もつかない。

 シンヤは恐る恐る電話に出てみる。


「……もしもし」


『お前らでどこ行ったんだよっ!!! やっとで外出たと思ったら車ねーし!!!』


「……」


『おい、聞いてるのかシンヤ! なあおい!!!』


 電話の向こうの声は――ジロウのものだった。

 息を荒くしている。今の今まで走っていたかのように。


 口調や雰囲気から分かる。

 これは本物のジロウだ。


 では、今隣に座っているのは、誰なのか。

 いや、何なのだろうか。


 シンヤは自然と呼吸が浅くなる。

 全身を悪寒が走り、汗が吹き出した。


 そしてゆっくりと顔を向ける。隣の“ジロウ”の方へと。


 “ジロウ”は耳まで裂けんほどににこりと口を開き、高い笑い声を上げつつパチパチと逆手拍手を鳴らし始めた。






⑤ わらってわらって ―了―

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