解答編


「本当に分かったんですか!?」

 女子大生が驚きの声を上げる。

「はい。えと、……たぶん」

 僕は目を泳がせながらそれに応えた。

「推理が出来たのなら堂々としなさい。そして早く教えたまえ」

 急かしてくる所長を適当に遇い、思考を纏めると、僕はおもむろに推理を語り始めた。

「まずは現場の写真から。これは誰かが撮ったんでしょうか。――え、あなたが? そうでしたか……。えっと、本題に入ります。ダイイング・メッセージが本物だとすると、九頭竜さんは今際の際に犯人を伝えようとしたに違いありません。頭の近くに書いたことから、「キ頭」が犯人という考えは惜しいように思えます。ですが一見、カタカナの「キ」に見える文字は――」

「分かったぞ。彼は本当はカタカナの「エ」と書こうとしたのだろう。利き手ではない左手を使ったことからも、左から読んで欲しい意図が伝わってくる。だが、被害者の顔は右を向いていた為に、正確に文字を書けず上下が突き出してしまったのだ。つまり! 犯人は江頭である」

「残念ながら違います」

「なんでや!」所長が憤慨する。

「写真をよく見て下さい。指の位置が縦線を書いたところで力尽きています。もしも、カタカナや漢字の「エ」を書こうとしたのなら、書き順がおかしいんです。二画目は縦の棒ですからね」

「エでもキでもないのだったら、この文字は何だと言うのだ」

「ヒントは、さっき彼女が言った話の中にありました。毎朝、九頭竜さんはクイズを投稿していて、自分達はハッシュタグを付けて答えを返信すると。そして彼はイラストクイズが得意であるとも。つまり彼が伝えたかった本当のメッセージは、「#頭」だったわけです。無念にも、縦線をもう一つ書く前に力尽きてしまったのです。

 それから、オフ会の朝に九頭竜さんがツイートした問題は『鉢巻きの数え方』でしたね。これは彼女が言うように正解が二つ、「本」と「かしら」です。オフ会に参加した中で一人だけ回答が異なっていた、ということは、「本」と答えた人が一人または四人。「頭」も同様です。さて……クイズの得意な被害者が犯人を伝えようと必死に考えたとき、容疑者を絞れるのはどちらでしょうか」

「#頭と答えた木頭さんが犯人ってことですか?」

「そうなります」僕は視線を逸らしながら肯定した。

「すごいですね! 早速、捜査本部に戻って木頭の任意出頭を要請します」

 敬礼する彼女は女子大生ではなく、現役の刑事さんだったらしい。

「おいくらですか?」

「千円になります」

「安いですね! ご助力ありがとうございました」

 彼女から受け取った紙幣を僕は財布に入れる。完全歩合制なので所長も文句は言わない。

 女性刑事は憂いの晴れた表情で帰っていった。

 その翌日、木頭が自供した旨の電話を刑事さんから受けた。ダイイング・メッセージの解釈なんて無数にあるのだから、あれは唯一無二の推理とは呼べなかった。それでも誤認逮捕にならなかったようで僕は安堵の溜め息をつく。

「で、どうして君は挙動不審だったのかね」

 所長は今頃になって僕の言動を蒸し返してきた。

「ああ、いえ……別に深い意味はないんです。ただ、可愛い人だったので」

 僕は頬を朱に染めた。

「何だと? だったら私は可愛くないっていうのか」

「所長とは十歳も年齢が離れてるじゃないですか。無理ですよ」

「無理とはなんだコノヤロウ」

 実際は歳ではなく、その口調の方なのだけれど、こればかりはいつまでも解決出来ないのだろうと思う。


              或るダイイング・メッセージの問題  了


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

或るダイイング・メッセージの問題 遠山朔椰 @saku-1582

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ