第14話 弾劾(1)

 ひとまず、ベリルが外の様子を見に行くことになった。

 偵察から戻ってきたベリルは、すぐさま興奮気味に話し始めた。


「シャルロット! この近くを、もうすぐマリユス司教が通りかかるよ」

「えっ?」


 シャルロットは、その情報がにわかには信じられなかった。


「なぜここにマリユス司教が? 宵越しの宴の最中に、屋外へ出るなんて……」


 ユディアラ王国の国教は、<白き鏡>教である。当然国民も、そのほとんどが<白き鏡>教の信者であり、宵越しの宴はどの家庭でも行われるものだ。

 無論、聖職者とて例外ではなく、夏至祭を締めくくる行事として重視する者が多い。

 マリユスはそういった類いだと思っていたので、慣習を破って外出しているとはかなり意外だった。


 シャルロットの疑問に、ベリルは記憶を探るように眉根を寄せたが、すぐに「あっ!」と叫び声を上げた。


「そうだったそうだった! すっかり忘れてたけど、毎年宵越しの宴が開かれる頃、司祭だか司教だかが来てたんだった!」

「そうなんですか?」

「うん、彼らは僕を見張りにやって来るんだよ! 言い伝え通り、戸外をうろついていないかってね。聖堂地下はもちろん、修道院の敷地内全体を見回りするんだよ」


 シャルロットは呆然とした。

 

(つまり、マリユス司教もベリルの存在を知っているのですね)


 少年の姿をした血塗れの<蝕>が、ぐったりとした姿で拘束されているのを、マリユスは見たことがあるのだろうか。それを知っていてなお、容認しているというのか。


「まあ、そんなことはいいんだ。シャルロット、早く扉を叩いて! これを逃したら、今度はいつ人が来るかわからないから」

「……はい」


 ベリルに早口で急かされ、シャルロットは我に返った。

 マリユスに思うところはあれど、今は彼の助けが必要だ。

 シャルロットは胸に渦巻く怒りと不信感を押さえ込むと、力一杯扉を叩き始めた。思い切り息を吸い込み、腹の底から声を出す。


「すみません、助けてください! 聖女候補のシャルロットです! ここから出してください!」


 そうしてひたすら声を張り上げ、両の拳が痛くなってきた頃、反応が返ってきた。

 反対側の扉をどんっと叩く音が聞こえ、シャルロットは手を止めた。


「シスター・シャルロットか」


 こんな時だというのに、マリユスは冷静な口調を崩そうとしなかった。


「なぜこんなところにいる」

「……お恥ずかしながら、閉じ込められました」

「まあ、そうだろうな」


 淡々と言うと、マリユスは「少し待っていろ」と言い置いて階段を上っていった。

 ベリルと共に落ち着かない気持ちで待っていると、しばらくして、扉の鍵穴に鍵が差し込まれる音がした。

 息を詰めて鍵が開くのを待っていると、それほど経たないうちに扉が開いた。

 扉の前に立っていたのは、マリユスと、修道院長のマザー・オフェリーだった。恐らく、地下墓地の鍵を借りるために、マリユスが彼女に話をしたのだろう。


「ありがとうございます、マリユス司教! マザーも、お手数をおかけしました」


 シャルロットは蝋燭の火を吹き消して棚に戻し、念願の外に足を踏み出した。


「大変な目に遭いましたね」


 扉を施錠した修道院長は気遣わしそうにシャルロットの肩を抱くと、共に階段を上り始めた。

 マリユスは、一段上を上っている。視界には入っていないが、ベリルも後ろから付いて来ているはずだ。


「シスター・シャルロット。聖女選定において、このように下劣な行為は許しがたいことです。あなたを閉じ込めた者の名前を、教えてくれますね?」


 やんわりとした口調であったが、最後の問いかけには有無を言わせぬものがあった。

 シャルロットは口を開きかけて、思い直した。

 ヴァネッサの憎々しげでいて、悲痛な叫びが脳裏によみがえってくる。

 彼女が<剣の聖女>に固執する理由を知ってしまった今、彼女を告発することに躊躇いが生まれてしまった。

 シャルロットが黙りこくっていると、修道院長は優しく問いかけてきた。


「あなたに関する品のない噂も、同じ人物が広めたのではないですか」


 シャルロットは、思わず修道院長の顔を見つめた。


「あれが故意に流された噂だと……信じてくださったのですか」

「それは、もちろん。あの噂は欠陥だらけですもの。騎士修道士の方々が警固してくださっているのに、毎晩侵入者を許すなんてこと、まず有り得ないですよ」


 修道院長の言葉は、シャルロットが過去ヴァネッサへ反駁はんばくした内容と同じだった。

 

「冷静に考えれば、誰でも気づくことです。ですが、中には嫉妬心や敵愾心のせいで目が曇り、真実を見抜けない者もいるようですね」


 修道院長はマリユスの背中をちらりと見上げ、困ったことです、とため息をついた。

 階段を上りきると、マリユスは振り返ってシャルロットを見据えた。


「それで、シスター・シャルロット。お前を閉じ込め、陥れた人間の名前は?」

「……」

「なぜ庇い立てする? 自分の足を引っ張る輩など、さっさと排除したいと思わないのか」


 唇を噛みしめるシャルロットに、マリユスは冷ややかな眼差しを向けた。


「……まあ、いいだろう。こちらで突き止めれば、それで事足りる」


 そう言うや否や、マリユスは身を翻して歩き始めた。


「マリユス司教! 一体どちらへ!?」


 修道院長が慌てた様子で尋ねると、マリユスは立ち止まって彼女に向き直った。


「食堂へ。今なら、容疑者が一堂に会しています。これを利用しない手はない」


 マリユスは端的に答えると、こちらに背を向けてさっさと足を動かした。

 彼に置いて行かれまいと、シャルロットたちも足早に後を追う。

 回廊に入り、食堂の扉の前で足を止めると、マリユスは「ここで待て」とシャルロットに言った。


「必要になったら呼ぶ。それまでは、決して入ってくるな」


 シャルロットが了承する間もなく、マリユスは扉を開け放った。

 マリユスに続き、修道院長も食堂へ入っていく。シャルロットは慌てて、扉の陰に隠れた。


「どうやって犯人を見つけるつもりだろうね?」


 間近から話し掛けられ、シャルロットはびくっと肩を揺らした。

 いつの間にか、ベリルが傍まで来ていた。

 声を立てない方がいいだろうと、シャルロットは無言で首を振った。


「こっそり覗いてみたら?」


 ベリルの言葉に従い、シャルロットは外開きの扉と壁の隙間から、そっと中の様子をうかがった。

 突如入室したマリユスに、皆の視線が集中しているようだ。

 室内は、水を打ったように静まり返った。

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