第12話 救い出してくれたのは(2)

「……すみません、取り乱しちゃって」


 思う存分涙を流したシャルロットは、照れ笑いを浮かべてベリルから体を離した。


「こんなところに閉じ込められて、取り乱さない方がおかしいよ。……それより」


 ベリルは柔らかな顔つきから一変して、目つきを鋭くした。


「誰がこんなところに閉じ込めたの?」

「……ヴァネッサと、彼女と親しくしているノエラが」

「やっぱりそうか」


 ベリルは深いため息をついた。


「ここまでやるなんて、いくらなんでも見境がなさ過ぎる。ヴァネッサのような人間が聖女候補だなんて、なにかの冗談としか思えないよ」

「……彼女にも、色々事情があるようです」

「事情ねえ」


 眉根を寄せたベリルに、シャルロットはヴァネッサとの会話を掻い摘まんで聞かせた。


「……なるほど。ヴァネッサは貧しい生活に戻りたくない一心で、聖女になろうとしているのか。その境遇には同情するけど、だからといって好き勝手していい理由にはならないね」


 ベリルは冷たく言い放った。


「全く、ああいう手合いはいつの世にもいるもんだね。他人の足を引っ張ることしか考えないような輩は、いずれ必ず報いを受けるよ」


 表情を消したベリルは、静かにそう言い切った。

 太古から生きてきた彼が言うと、妙に説得力がある。

 シャルロットは常にない彼の言動に、目を丸くした。


「ベリル……ひょっとして、怒っていますか?」

「当たり前じゃないか! 君がこんな仕打ちを受けているのに、怒らない方がおかしいよ!」


 ベリルは憤然とした様子で語気を荒げた。


「ああ、もう本当にどうしてやろう。ヴァネッサとノエラとやら、ふたりまとめて井戸にでも放り込んでこようか?」

「いえ、それはさすがに……。ふたりとも死んでしまいます」


 今のベリルなら、本気でやりかねない。シャルロットは慌てて話を逸らした。


「それより、ベリルはどうしてここに? 私が食堂からいなくなったことを知っていたんですか?」

「うん。ちょっと食堂の様子を見に行ってみたら、君の姿が見当たらなかったんだ。しばらく待ってみても戻ってこないし、君の部屋へ行ってもいないから、あちこちを探したんだよ」

「そうでしたか……。けれど、よくここがわかりましたね」

「なんとなく嫌な予感がしてね。君の姿が見えないとなると、誰かに閉じ込められたんじゃないかと思って。そういうのに適した場所を順番に当たって、ここに辿り着いたんだ」

「それは、ずいぶんと探し回ってくれたんですね。本当にありがとうございます」


 頭を下げるシャルロットに、ベリルは首を横に振った。


「ううん。もっと早くに駆けつけられればよかったんだけど。そうすれば、君に恐ろしい思いをさせずにすんだのに」


 シャルロットがそれに対して返答しようとした時、ベリルはなにかに気づいたように眉を上げた。


「あ、そうだ。こんなところで話し込んでいる場合じゃなかった。早いところ、君を外へ出してあげないと」

「いったんあなたの体へと戻ってから、力を使うということですよね」

「うん。うまくできるかどうかわからないけど」

「……お気持ちは嬉しいのですが」


 シャルロットは逡巡したものの、己の気持ちを包み隠さず話すことにした。


「体に戻ると、激痛に苛まされるんでしょう? あなたにそんな思いをして欲しくないですし、それに……まだここにいて欲しいです。恥ずかしながら、まだひとりでいるのが怖くて」


 苦笑するシャルロットを、ベリルは痛ましげに見つめた。

 

「……そっか、わかった。でもそうすると、どうやってここから出よう」

「ヴァネッサは、私が体調不良で寝ていることにしておくと言っていました。誰かが探しに来る可能性は低いでしょう。ひょっとしたら、レリアあたりが不審に思って探してくれるかもしれませんが……」

「あまり期待はしない方がいいかもね」

「そうですね……。ヴァネッサの言葉を信じるならば、宵越しの宴が終われば扉を開けてくれるようです。あなたさえいてくれれば、それまで耐えられると思います」

「彼女が素直に約束を果たすとも思えないけど……」


 ベリルは腕組みをして唸り声を上げたが、すぐに気を取り直したように手を叩いた。


「よし、こうしよう。取りあえずここで待ってみて、万が一誰か通りかかったら助けを求める。それが無理なら、僕がなんとかして扉を開ける」

「ですが、それは……」

「僕が力を使うのは最終手段だよ。でも、どうにもならなかった場合は、君がなんと言おうが力を使うよ。これだけは譲れない」


 きっぱりと宣言した後、ベリルは眉を下げた。


「……シャルロットには、ちょっとだけ我慢してもらわなきゃならないけど」

「いえ、それで構いません。ありがとうございます」


 自身の気持ちを押しつけるのは、彼の厚意を踏みにじることと同じだ。

 シャルロットは心配と不安を押し込めて、ベリルに微笑んだ。

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