第3章 夏至祭

第1話 醜聞(1)

 初夏の光あふれる青空の下、シャルロットは息を弾ませながら、木箱を抱えて歩いていた。

 修道院の敷地は、ぐるりと高い石壁に囲まれている。北側の壁の際まで来ると、シャルロットは木箱を地面に降ろして一息ついた。

 木箱の中には、蜜蜂の巣が大量に入っている。蜂蜜を採取し終えたこの巣で、蜜蝋の蝋燭を作るのだ。


 来月の下旬、ユディアラ王国では夏至祭が開催される。

 一年で最も昼が長くなる夏至に、太陽――つまり<白き顔の神>の輝きがこの先も長く続くよう、祈るのである。

 しかし、夏至が終わると太陽の力は弱まり、<しょく>の力が強まってしまう。

 力を増した<蝕>は、夏至祭の夜に住み処から這い出て、辺りを徘徊すると言われている。そのため、人々は<蝕>を退けるために一晩中明かりを灯し、屋内に籠もらねばならない。


 大昔は炉の火を絶やさなければよかったらしいが、いつからか「聖職者が作った蜜蝋蝋燭の火」が推奨されるようになった。魔除けとして一番効果があるのだという。


 そう言った背景から、シャルヴェンヌ女子修道院は毎年、夏至祭の市で蜜蝋の蝋燭を販売している。

 レリアは<白き鏡>教が儲けたいがために伝統をねじ曲げたのだと主張していたが、あながち間違ってはいないかもしれない。

 以前のシャルロットならそんな不信心な、と眉をひそめていたかもしれないが、聖典が改竄かいざんされている事実を知った今、レリアに同調する気持ちの方が強かった。


「お疲れ様。それじゃあ――」


 指導役の修道女に指示された通りに、大きな銅鍋の中に巣を投入する。

 そこで、水瓶を持ったヴァネッサがやって来た。

 彼女が大鍋の中に水を注いでくれたので、シャルロットは「ありがとうございます」と礼を述べた。しかし、ヴァネッサはこちらを一顧だにせず、無言でその場から離れた。


 砂利の上にたきぎを積みながら、シャルロットは嘆息したくなるのを堪えた。

 聖女選定がある年は、毎回聖女候補たちに蝋燭を作らせているのだという。今回それに抜擢されたのが、シャルロットとヴァネッサだった。

 それを聞いた時、シャルロットは暗澹たる気持ちになった。しかし、選定されている身で否やを言えるはずもない。


 火打ち石で火を起こしたり、薪の上に三脚台を設置したりしながら、シャルロットはヴァネッサのことを考えた。


 出会って間もない頃から敵視されているため、ヴァネッサと会話したことはあまりない。それゆえ、彼女がどんな人間なのか、シャルロットはほとんど知らなかった。


 聞いたところによると、ヴァネッサは修道女ではなく、一般信徒のようだ。聖女候補は修道女限定ではないため、彼女のような人間は他にもいる。

 確か、ヴァネッサと仲が良いノエラも一般信徒だった。彼女たちが修道服を身につけているのは、聖女選定期間に限り修道女として扱われるからだ。

 他には、家が貧しいとも聞いた。だがシャルロットとて、決して裕福な生活を送ってきたわけではない。ヴァネッサがこちらに抱く敵意が、生活の違いによるものとは思えなかった。

 

(とりあえず、今無視されている理由は明確ですね)


 ヴァネッサにしてみれば、憧れの存在であるマリユスが、気にくわないシャルロットの世話をしたばかりか、花束まで渡したのだ。

 ただの見舞いの品だとわかってはいても、シャルロットが特別扱いされているようで業腹なのだろう。

 

(どうしたものか……)


 大鍋を三脚台に載せ、火に掛けながら、シャルロットは傍らに立つヴァネッサをちらりと見やった。

 鍋の数に限りがあるため、作業はヴァネッサと交互に行うことになっている。彼女は神妙な面持ちで、修道女の説明を聞いていた。


 巣が溶けたら目の細かい布で濾して別の鍋に移し、しばらく放置して冷やす。そうして表面に浮かんできた黄色い物体が、固まった蜜蝋だ。この蜜蝋を使って、蝋燭を作るのである。

 ヴァネッサと所々協力しながら一連の作業を進めたが、修道女が席を外した途端、彼女はこちらへ反応を示さなくなった。シャルロットは、己という存在が空気に溶け込んでしまったかのように、心許ない気持ちになった。


 シャルロットが育ったエランジェル女子修道院には、年配の婦人ばかりが暮らしていた。

 年の近い少女と交流を持たなかったシャルロットにとって、こんな時はどうすればいいのか、皆目見当も付かない。

 重苦しさを覚えているうちに、午前の労働は終わりを迎えた。

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