第9話 聖堂の秘密(2)

 オフェリー修道院長が聖堂から立ち去っても、シャルロットは身動きができなかった。


(マザーはなにをしていたのでしょうか)


 皆が寝静まった頃、隠し扉からどこへ向かっていたのだろうか。

 そして扉の先に、一体なにを隠しているのだろう。

 恐ろしい秘密の一端に触れてしまったような気がして、シャルロットは身震いした。


「戻らなくては」


 シャルロットは自身に言い聞かせるように呟くと、のろのろと立ち上がった。

 彼女は燭台を回収すると、聖堂の入り口へ向かおうと足を動かし、ぴたりと立ち止まった。


(本当に、戻っていいのでしょうか)


 あの隠し扉の向こうになにがあろうとも、<剣の聖女>となるのに必要なこととは思えない。

 加えて、シャルロットはこの修道院の修道女ではない。部外者が立ち入るべき問題ではないだろう。


 そう頭では理解していても、彼女の両足は、根が生えたかのように動かなかった。

 シャルロットは立ち去りがたいと思っている己に、深々と息をついた。


(聖女候補としては、正しい行いではないのでしょうけれど)


 この修道院が隠しているものを探らなければ、きっと自分はいつまでも後悔する。

 その予感に突き動かされるようにして、シャルロットは踵を返した。





 聖具室の箪笥から火打ち石と火打ち金を探し出すと、シャルロットは蝋燭に火を灯した。

 切れてしまった紐に再び葉守りを通し、しっかりと端を結んで首に掛ける。葉守りを握ったままでは両手がふさがる上、落とす心配もあるからだ。

 

 準備を終えたシャルロットは、両開きのワードローブを開けた。

 先ほどとは違い、服の向こう側は木の板でふさがっている。

 シャルロットは祭服を片側に寄せると、背面をあちこち触った。ワードローブの構造を考えれば、開き戸になっているはずだ。

 彼女が背面をぐっと押すと、果たして、それはゆっくりと後ろへ開いていった。

 予想通りに事が運び、シャルロットは思わず会心の笑みを浮かべた。


 燭台を持った彼女は、ワードローブの入り口を抜けて、ようやく未知の空間へと足を踏み出した。





 隠し扉の先は、階段の踊り場となっていた。

 燭台を掲げると、狭い階段が折れ曲がりながら下へと続いているのがわかる。

 シャルロットは覚悟を決めると、慎重に階段を降りていった。


 下へ降りるにつれ、空気はよどみ、かび臭くなっていく。さして時間を掛けずに地下に到達したシャルロットは、目の前に延びた通路に目をしばたたいた。


「ここは一体……」


 通路の幅は、大人がふたり立てばいっぱいになってしまう程度だ。見える範囲では、まっすぐに延びている。

 そして通路の両脇には、所々窓のようにくり貫かれた箇所があった。

 シャルロットはその開口部に近寄った。中を照らすと、そこには長方形の箱が置かれている。ちょうど、人がひとり横たわれそうな長さである。


「もしかして、これは棺なのでしょうか」


 反対側の開口部にも同じものを認めたシャルロットは、箱を見つめながら呟いた。

 棺であるとすれば、ここは地下墳墓である可能性が高い。

 修道女たちが埋葬される墓地は、他に存在する。となると、ここに葬られているのは、シルトレン王国時代の聖職者か権力者だろう。

 こんな場所が残っているとは、さすが王都一歴史のある修道院だと、シャルロットは感心した。


 しかし、どういった場所なのか判明しても、修道院長がわざわざ足を運ぶ理由がわからない。

 シャルロットはもう少し探ろうと、通路を進もうとした。

 ちょうどその時、彼女は鉄に似た匂いを嗅いだ。

 

「血の匂い?」


 シャルロットは顔色を変えると、足早に歩き始めた。

 

(どなたか、怪我をされているのでしょうか)


 なぜこのような場所で、と疑問に思ったが、今は確認する方が先だ。

 通路は途中、左手にも現れた。シャルロットは一瞬迷ったものの、左へ曲がることにした。


 進むにつれ、血の匂いはどんどん濃くなっていく。

 シャルロットは、ついに通路の突き当たりに至った。

 目の前には、端から端まで鉄格子がはまっている。血の匂いは、その中から漂っているようだった。


 シャルロットは燭台を掲げた。

 そして蝋燭の灯りが照らし出したものに、一瞬息が止まるほどの衝撃を受けた。


 ひとりの少年が、壁にはりつけのような形で拘束されている。

 剣が刺さった左胸からは血が流れ出し、足を伝って藁の敷かれた床に滴り落ちていた。

 白い衣をぐっしょりと血で濡らした少年は、頭を垂れ、ぴくりとも動かない。

 その少年と同じ顔をした霊を、シャルロットは知っている。


「エティエンヌ……」


 物言わぬむくろのような姿で、エティエンヌは囚われていた。

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