第8話 聖堂の秘密(1)
シャルヴェンヌ女子修道院の聖堂は、正面の両脇に塔を取り付けた、石積みの建物だ。
元々は木造の聖堂だったが、それを三百年ほど前に建て替えたらしい。外観は既に古色蒼然としていた。
内部は奥行きがあり、突き当たりの祭壇まではかなりの距離がある。祭壇後ろの壁には窓が並び、日中であれば薄暗いながらもそれなりに明るい。
しかし、今は外よりもなお濃い闇が辺りを包み隠していた。天井が高いため、上を見上げても果てが見えない。
シャルロットは怖じ気づきそうになる自分を内心で叱咤して、ずらりと並んだ長椅子の間を進んだ。
左手後方の、いつも自分が座る辺りに到達すると、シャルロットはその場にひざまずいた。
燭台を掲げ、長椅子と床を照らし出す。すると、きらりと光るものがあった。
「あっ!」
シャルロットは短く声を上げると、燭台を慎重に床に置いた。
逸る気持ちを抑え、長椅子の下に手を伸ばす。指が、石のような感触のものに触れた。
掴んで引き寄せたものは、大樹の葉守りで間違いなかった。
「よかった……」
シャルロットは大きく息をつくと、脱力した。安堵のあまり、このまま立ち上がれなくなりそうだった。
へたり込んだまま葉守りを握りしめていたシャルロットだったが、その時間は長くは続かなかった。
突如、聖堂の扉が軋む音が聞こえたからだ。
彼女は肝を冷やして、すぐさま蝋燭の火を吹き消した。
(こんな時間に人が?)
就寝時間はとうに過ぎている。見つかれば、不審に思われることは必至だ。
シャルロットは素早く長椅子の下に潜り込んだ。
中央の通路から離れようと左端へ寄った時、来訪者は長椅子の間を歩き始めていた。
息を殺して隠れるシャルロットの横を、蝋燭の灯りが通り過ぎていく。
静まり返った聖堂に、こつこつと靴音が反響する。その音は、一向に止まることがない。
どこまで行くのかとシャルロットが怪訝に思い始めた時、ふいに足音が止まった。
扉を開く音が聞こえる。その後、ガタガタとなにかを動かす音が聞こえ、それきり物音がしなくなった。
突如として、人の気配が消え失せてしまったかのようだった。
(どうしたのでしょう)
シャルロットは右端に寄ると、そろそろと通路に顔を出した。
前方には暗闇が広がるばかりで、なにも見えない。
先ほど、扉が軋む音が聞こえた。そうなると、件の人物は聖具室か写本制作室へ向かったに違いない。
祭壇の奥には、左側に写本制作室、右側に聖具室へと続く扉がある。右手から音が聞こえたので、恐らく聖具室へと向かったのだろう。
聖具室とは、備品の保管や、典礼などの準備のために使われる部屋のことだ。
扉が閉まる音が聞こえなかったので、聖具室は開けっ放しになっているはずだ。だが、その開け放たれた扉の向こうからは、相変わらず物音ひとつしなかった。
シャルロットは段々と不安になってきた。
(まさか、倒れてしまったとか)
このような時間に聖具室へ行く人物など、明らかに怪しい。
しかし得体が知れないとしても、その人物の身になにかあったのなら、知らぬ顔で立ち去ることはできなかった。
それが例え、自分の首を絞める行為だとしても。
シャルロットは唾を飲み込むと、燭台を置いたまま長椅子の下から這い出た。葉守りをしっかりと握ると、彼女は意を決して聖具室へと向かった。
灯火がないため、長椅子や壁を触りながらおっかなびっくり歩いていたが、次第に目が慣れてきた。
聖具室の扉は、やはり開いていた。
シャルロットは一回深呼吸すると、部屋に足を踏み入れた。
聖具室には、誰の気配もなかった。ゆっくりと奥まで入ってみたが、やはり人の姿はない。
シャルロットは眉根を寄せた。まるで、霞となって消えてしまったかのようである。
ここにレリアがいたのなら、幽霊に違いないと騒ぐことだろう。しかし、毎日幽霊と会話しているシャルロットは知っている。幽霊は足音を立てないし、燭台を持つこともできない。
(一体どこへ行ってしまったのでしょう)
壁際にある背の低い箪笥に触れながら、シャルロットは更に奥へと歩を進めた。
突き当たりの手前、箪笥の隣にはワードローブが置かれている。近づいてみて初めて、シャルロットはそれが開いていることに気づいた。
ワードローブの正面に立ったシャルロットは息を呑んだ。
祭服が掛けられたワードローブの奥、本来なら背面にあたる場所がない。ぽっかりと穴の空いた向こう側には、別の空間が広がっていた。
「隠し扉……!」
シャルロットは我知らず呟いた。
目をこらしてみても、奥にあるものは輪郭さえつかめない。まるで洞穴を覗いているかのようだ。
その時、その洞穴から、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。音の響き方から察するに、階段を上っているらしい。
シャルロットは瞠目すると、一直線に出入り口へと向かった。
聖堂に忍び込んだことより、あの隠し扉の存在を知ってしまったことの方が、よほど問題がある気がする。
物にぶつからないよう細心の注意を払って、シャルロットは長椅子の置かれた位置まで戻ってきた。
燭台を置いてきた場所までは、大分距離がある。シャルロットは仕方なく、祭壇からさして離れていない長椅子の下に身を隠した。
それから間を置かずに、扉が閉まる音が聞こえた。
一体誰なのだろうと、シャルロットは聖具室の方を盗み見た。こちら側に向いた顔は、火明かりを受けて、闇から浮かび上がっているように見える。
その中年の修道女の顔に、シャルロットは片手で口を押さえた。
(修道院長!)
不審人物とばかり思っていたのは、修道院長のマザー・オフェリーだった。
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