第34話 命を賭して
目の前で忽然とフォトンホープが消えた。
その現実に動揺する
「風よ! 悪しき者に鉄槌を!」
両腕を拡げ、通路の前後から押し寄せてくる戦闘員たちに向かって風の砲弾を撃ち放つ。
「ぎゃああああッ!!」
叫喚を上げながらも戦闘員たちが吹っ飛んでいくも、
「く……っ。風よ!」
頭から壁や床に激突しそうになった一部の戦闘員を救うために、風を操って吹き飛んだ勢いを殺しきった。
その隙に、通路の奥から湧いてきた戦闘員の群れが、一気に間合いを詰めてくる。
「旋風よ!」
言葉どおり、自身の周囲に旋風を巻き起こし、近づいてきた戦闘員を吹き飛ばす。が、こんなものは一時凌ぎにしかならなかった。
「
「怯むな野郎どもッ! 何せこいつが相手なら、殺される心配はないからなぁッ!」
ヒーローとエネミーの戦いにおいて、死傷者の数が多いのは圧倒的に後者だ。
ゆえに、戦闘員は大なり小なり死を覚悟している者がほとんどなので、殺される心配がないピュアウィンドの相手は、彼らにとってはやりやすいことこの上なかった。
無論それは、ピュアウィンドも承知している。
承知した上で、自分のためにも相手のためにも「絶対に敵を殺すな」というアンブレイカーの
だから、
(アンブレイカーさんのように、わたしはわたしの信念をもって戦う! どこかに消えた誠司くんも、きっと同じように戦っているはずだから!)
後の言葉は、希望的観測が多分に混じっていることはさておき。
これで何十度目――いや、何百度目になるだろうか。怯むことなく大挙として押し寄せてきた戦闘員たちに対し、ピュアウィンドは、
「旋風よ! 我が手に!」
巻き起こした旋風を極限まで絞り、右手で掴み取る。
続けて、鞭のように旋風を振るって、周囲にいた戦闘員たちをまとめて打ち飛ばした。
その間にも戦闘員たちは続々と駆けつけ、倒したはずの者たちが起き上がり、襲いかかってくる。
まるで終わりの見えない戦いは、
それでもなお、ピュアウィンドは誰一人殺さずに戦い続ける。
「誰も殺さない」という信念を胸に、ただひたすらに――
◇ ◇ ◇
小広間で《ディバイン・リベリオン》の盟主――グランドマスターと対峙していたフォトンホープは、先手必勝とばかりに掌を前にかざす。
グランドマスターは、その身から滲み出た
転瞬、
「フォトンウェーブ!」
フォトンホープは掌から極太のビームを放ち、
「まずは小手調べじゃな」
グランドマスターは具象した光球を
「!?」
ビームの直径が二メートル近くある
普通ならば一方的に飲み込めて然るべきサイズ差なのに、押されているのは
このままじゃ押し切られる――そう判断したフォトンホープは、
光球が誰もいなくなった床をすり抜けていく様が見え、フォトンホープは飛び上がりながらも真下に掌をかざした。
「フォトンシールド!」
光の盾を展開するのとほぼ同時に、案の定
光球が
「……ッ」
追撃を警戒しながら、空中で身を翻し、着地する。
グランドマスターが放った光球は、見た目だけではなく、狙った敵を追尾する特性までフォトンホーミングと同じ。
だが、その威力は、床の中まですり抜けていく透過能力は、フォトンホーミングとは文字どおりの意味で次元が違っていた。
(同じ技なのに、こうも違――)
「断っておくが、今のは技でも何でもないぞ」
こちらの心を読んだかのような言葉に加え、その衝撃的な内容にフォトンホープは息を呑む。
「技とは、こういうものを言うのじゃ」
言いながら、グランドマスターは掌を上に向けたまま、両腕を左右に拡げる。
「ディバイン・ギャラクシィ」
圧倒的な物量を前に、フォトンホープはいよいよ戦慄する。
(一度にこれだけの数を!? グランドマスターは、いったいどれほどのフォトンエナジーを――いや、ディバイン・フォースをその身に秘めてるんだ!?)
フォトンホープとグランドマスターの力は確かに同質だが、その差は歴然だった。威力、性能のみならず、その身に宿した力の
「さあ示してみよ、フォトンホープよ。
その言葉に呼応するように、数百の光球が流星群さながらにフォトンホープに殺到する。
出し惜しみしていられる状況ではないと判断したフォトンホープは、早々に切札をきることを選択した。
「フォトンソードッ!!」
その身から爆発的な光が吹き荒れると同時に、掌中に光の剣を具象させる。
全身に行き渡る波にも似た光が、フォトンエナジーの強さ、身体能力、剣術の腕前をも含めた、フォトンホープのあらゆる力を劇的に増幅させる。
煌成高校でオーガに追い詰められた際に目覚めた力を、フォトンホープはもう完全に自分のものにしていた。
光剣に宿る力を見抜いたのか、グランドマスターは「ほう」と感心したような吐息をつく。
その間にも迫り来る光球の群れに向かって、フォトンホープは目を瞠るほどの剣捌きで光剣を閃かせる。
刹那、光剣に斬り裂かれた光球が爆発することなく露と消えていく。
「
グランドマスターがますます感心したように独りごちるも、当のフォトンホープは理屈ではなく直感で光剣を振るっているため、老爺の言っていることは〝なんとなく〟程度しか理解できなかった。
四方八方から襲い来る無数の光球を、斬って斬って斬り消していく。
フォトンソードの力が目覚める以前は、剣はおろか竹刀すらも握ったことがないのに、ただ直感的に振るうだけで、光剣がその道の達人さながらの軌跡を描いていく。
(ルクスの民、か)
光球を斬り消しながら、グランドマスターが言っていた言葉を思い出す。
もし本当に自分が、この世界を影から護ってきた一族の末裔ならば、フォトンソードの力のおかげとはいえ達人級の剣術を直感のみで使いこなせているのも、彼らの戦いの遺伝子、あるいは、戦いの記憶のおかげなのかもしれないと、フォトンホープは思う。
(……今、考えるようなことじゃないよね)
相手はグランドマスター。
余計なことを考えようものなら、次の瞬間に殺されていても不思議ではない強敵中の強敵。
そう自分に言い聞かせることで、己が出自への興味を頭の片隅に追いやると、光球を斬り消しながら床を駆け、グランドマスターに接近する。
自分が得意としている中~遠距離戦では、この老爺の足元にも及ばないことは嫌というほど理解できた。
「だから接近戦で――と考えるのは、少々浅はかじゃのう」
またしても、こちらの心を読みきった言葉に動揺しかけるも、今まさに斬りかかろうとしているところに
「なッ!?」
無心になったそばから、動揺を吐き出してしまう。
けれどそれは、無理もない話だった。
信じられないことにグランドマスターは、フォトンホープ全力の一刀を、老爺とは思えないほどの反応速度で容易く掴み取って見せたのだ。
おまけに、フォトンホープが押しても引いても微動だにしないほど強く光剣の刃を握り締めているかかわらず、指が落ちないどころか傷一つ負っていない。
今目の前で起きていることが、何一つ理解できなかった。
「言ったじゃろう。我と
グランドマスターの空いた右手が、拳の形をつくる。
まずい――と思ったフォトンソープは、一度光剣を消すことで自由を取り戻してから飛び下がり、
「フォトンソード!」
再発動して、すぐさま光剣を構えた。
ほぼ同時にグランドマスターは、アンブレイカーも
事ここに至って、フォトンホープはようやく理解する。
グランドマスターの体から滲み出る濛気じみたオーラは、フォトンソードと同様に術者のあらゆる力を増幅させるものであり、術者の身を護る鎧であることを。
「く……ッ」
半ば反射的に横薙ぎを放つも、当然の如く左腕一本で止められてしまい、
「終わりじゃ」
グランドマスターの右拳が、フォトンホープの鳩尾に突き刺さった。
その衝撃の凄まじさたるやオーガの拳の比ではなく、砲弾さながらの勢いで殴り飛ばされたフォトンホープは、
「~~~~~~~ッ!?」
血反吐とともに声にならない苦悶を吐き出しながら、背中から壁に激突した。
ずり落ちるように床に尻餅をフォトンホープに、今の今まで攻撃を中断していた
「…………!!」
防御はおろか、声を発する余裕すらないフォトンホープに光球が次々と直撃し、次々と爆発を引き起こしていく。
光球の流星群が降り終わった後に残ったのは、ボロ雑巾のように床に倒れ伏す、フォトンホープの無惨な姿だった。
「まだ……だ……」
体を起こすために腕に力を込めようとするも、指がピクリと動くだけだった。
それならばと足に力を込めようとするも、こちらはピクリとも動いてくれなかった。
「ふむ……今のをくらってまだ生きておるか。その若さで、我の攻撃に耐えうるほどのディバイン・フォースを身につけているとは、たいしたものじゃ」
その言葉は、掛け値なしの称賛だった。
だからこそ、ヒーローであるフォトンホープにとっては屈辱だった。
勝利を確信したエネミーから送られる称賛など、ヒーローにとっては恥以外の何ものでもないのだから。
「これもまた運命というもの。ゆえに命までは、とらないでおいてやろう。同族のよしみもあるしのう」
そう言って、グランドマスターはこちらに背を向ける。
「じゃが、他のヒーローまで見逃してやる義理はない。道半ばに散った同志たちの無念を晴らすためにも、審判計画を成功させるためにも、アンブレイカーとピュアウィンドにはここらでご退場願うとしよう」
自分もそうだが、おそらくはグランドマスターも、初めから死を覚悟して戦いに臨んでいる。
そうとわかった上で、今のグランドマスターの言葉に、言いようのない恐怖を覚えてしまう。
(まさか……グランドマスター自ら、アンブレイカーさんと
グランドマスターの力は圧倒的だった。
僕の想像をはるかに超えるほどに。
アンブレイカーさんでも、勝てないかもしれないと思えるくらいに。
そのグランドマスターと陽花ちゃんが戦った場合は、まず間違いなく一方的に――
――殺されてしまう。
最悪の未来が脳裏をかすめた瞬間、フォトンホープの――いや、有川誠司の中で〝何か〟が壊れた。
「やらせない……アンブレイカーさんも……陽花ちゃんも……絶対に……」
その〝何か〟とは
「グランドマスター……あなたは絶対に……この僕が倒す……」
壊れてしまった箍とは「死にたくない」という、人として当たり前すぎる欲求であり、
「この命に代えてもぉおぉぉおおおおぉおぉッ!!」
自分の命を燃やし、フォトンエナジーに変えることを抑制していた、リミッターでもあった。
誠司は、その身から暴風のようなフォトンエナジーをまき散らしながら、気力だけで立ち上がる。
「なんと!?」
命を燃やしていることに気づいたのか、グランドマスターは驚愕を露わにしながらも振り返った。
「フォトンソードォオォォオオォオオォオオォッ!!」
右掌を頭上に掲げ、光剣を具象する。
今までとは比べものにならないほどに
「まさか、
グランドマスターの双眸が底光りする。
命をも燃やす誠司の覚悟に、敬意を表するように。
「ならば見せてくれよう。このグランドマスターの本気を」
胸の前で合掌した掌を、ゆっくりと左右に開いていく。
それにあわせて、掌と掌の間に光輝く〝釘〟が具象する。
その眩さは、誠司が命を燃やして具象した光剣に勝るとも劣らなかった。
「
グランドマスターが言わんとしていることを察した誠司は、両手で握り締めた光剣を引き絞りながら、顔の横に構えた。
一撃でグランドマスターの命を刺し貫く。
そうする以外に
「これこそが我が最大の秘術――」
刹那、誠司は光剣を引き絞ったまま床を蹴り、
「――ディバイン・トリビューナル」
グランドマスターは〝釘〟に秘められた、敵と定めた存在全てを消滅させる光を爆発させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます