第33話 VSアンブレイカー

 大地は、少し前まで通れたはずの通路に隔壁が降りていることに舌打ちしつつも、別ルートから椿のいるテストルームを目指して走り続けた。


「椿のやつ! この様子じゃ、ぜってぇアンブレイカーが自分のとこに来るよう誘導してやがるな!」


 どうしてそんな真似を?――とは思わなかった。

 椿は、大地が《ディバイン・リベリオン》にいることを、一度たりとも歓迎したことはなかった。

 大地の意思を尊重しているから「やめろ」と言わないだけで、常にこちらのことを心配してくれていたことはわかっていた。


 だが相手を心配する気持ちは大地も同じだったので、椿がアンブレイカーと戦わずに済むよう、テストルームを飛び出して先に決着をつけようとしたわけだが……今となっては、その行動が完全に裏目に出た形になってしまっていた。

 さすがに隔壁を操作してまで、こちらがテストルームへ戻ることを邪魔してくるとは夢にも思わなかった。


 無駄な犠牲を避けるために、戦闘員たちをもアンブレイカーから遠ざかるよう誘導しているのか、テストルームに近づくにつれてすれ違う人の数が少なくなっていく。

 それを良いことに、大地は少しずつ走る速度を上げていき……テストルームに到着するや否や入口の扉を蹴破って中に入った。


 瞬間、アンブレイカーに殴られたテーセウスが、凄まじい破壊音とともに吹っ飛ぶ姿が目に飛び込んでくる。

 砲弾さながらに吹っ飛ぶテーセウスを見て、このままでは壁に激突すると判断した大地は全力で床を駆け、鋼鉄の巨体を受け止める。

 踏ん張った両脚が床を削り、踵が壁についたところで、テーセウスはようやくその勢いを止めた。


「椿ッ!!」


 アンブレイカーには構わず、テーセウスの胴体前部の装甲を力尽くこじ開け、コックピットの中で気を失っていた椿を抱き起こす。


(……息はある。目立った怪我は……なさそうだな。つうことは、衝撃で気を失っているだけって感じか)


 命に別状はないことに安堵の吐息をつくと、優しく抱きかかえながら椿をコックピットの外に出し、壁の隅にそっと寝かせた。


「ちょっと、ここで待っててくれ」


 それだけ言い残すと、大地は、テストルームの中央付近にいるアンブレイカーにゆっくりと近づいていく。


「アンブレイカー。テメェは知らねぇだろうがよ……オレはテメェにセブンダチデストロイヤを殺されてんだ」

「私がヒーローで、君がエネミーである以上、そういうことは充分起こりうる話だな」

「んなこた、テメェに言われるまでもなくわかってんだよ。オレが言いてぇのはだな……」


 大地は床を蹴り、刹那にも満たぬ間にアンブレイカーとの距離を潰す。


「そいつらだけじゃ飽き足らず、オレの女にまで手ぇ上げて、タダで済むとぁ思ってねぇよなぁッ!?」


 間合いに入ると同時に繰り出すは、杭打ち機パイルバンカーの篭手に、グランドマスターから授かった光輝く〝杭〟を装着した右の拳打。

 アンブレイカーは〝杭〟に宿る尋常ならざる力を感じ取ったのか、拳打を受け止めようとしていた手を引き、半身になって回避する。が、防御の途中で強引に回避に切り替えたせいか、並みの手練れならば見出すことすら困難なほどにわずかな隙が生じる。


 それを見逃さなかった大地は、アンブレイカーの右頬に左の拳打を叩き込むと同時に、左篭手に装着された、自身の骨を強化培養して造られた杭を撃発。

 こめかみにパイルバンカーの一撃がもろに入り、アンブレイカーの体が傾ぐ。


 撃発した左の杭が定位置に引っ込む中、今度こそ右の〝杭〟を叩き込むべく追撃をかけようとするも、


「!?」


 アンブレイカーが何事もなかったように裏拳を繰り出してきたので、大地は慌てて左腕の篭手で防御する。

 アンブレイカーの膂力りょりょくは圧倒的の一語に尽きるもので、裏拳を防御した衝撃は、生体サイボーグ化した大地の足を問答無用で床から引き剥がし、砲弾さながらの勢いで吹っ飛ばした。


 さらにアンブレイカーは、吹っ飛ぶ大地に追撃をかけるべく床を駆けていく。

 いくら生体サイボーグになったといっても、空中でやれることは限られている。

 着地する前に追いつかれたらられる――そんな焦燥を抱いた、その時だった。


 突如として現れたダークナイトが、大地とアンブレイカーの間に割って入ってくる。


 瞬時に標的を変えたアンブレイカーが、ダークナイトに向かって拳打を放つ。

 迎え撃つダークナイトが、魔剣クライドヒムを振るう。

〝鋼〟の拳と魔剣の一閃がぶつかり合った刹那、衝突点を中心に衝撃波が吹き荒ぶ。

 そのせいで微妙にバランスを崩しながらも、大地はなんとか壁に着地し、重力に従ってそのまま床に着地した。


「ダークナイトか」


 拳と魔剣をり合わせながら、アンブレイカーは短く告げる。


「まさか閃刃はおろか、直に斬り込んでも傷一つつかぬとはな」

「これでも一応〝鋼のヒーロー〟などと呼ばれている身なのでな」

「ならばその〝鋼〟、愚生の魔剣で斬り断ってくれよう!」


 主の言葉に応えるように、魔剣がその身と同じ――否、それ以上に濃い血赤の凶光を放ち始める。

 そのまばゆさは、その禍々しさは、大地をして背筋が凍るほどの〝圧〟を孕んでいた。


 直後、アンブレイカーは魔剣と迫り合わせていた拳を引く。

 その際、アンブレイカーの拳から血が舞い散るのが見えて、大地は瞠目した。


 半歩未満とはいえ、アンブレイカーが退いたことを見逃さなかったダークナイトは、魔剣を逆袈裟に斬り上げる。

 その斬撃は常人ならば視認すらできないほどに鋭く速く、後ろに飛んでかわそうとしたアンブレイカーの胴をボディスーツごと浅く斬り裂いていく。


 再びアンブレイカーを傷つけたことに大地はいよいよ驚愕するも、当のダークナイトはかすり傷程度では満足しておらず、飛び下がったアンブレイカーに一息に追いすがった。

 斬撃の鋭さからしてそうだろうとは思っていたが、ダークナイトの身体能力は、大地やアンブレイカーと比べても遜色ないレベルだった。


 完全に流れを掴んだダークナイトがここぞとばかりに攻め立て、幾十幾百と振るわれた斬撃が血赤の軌跡を描く。

 普段ならば鋼の肉体で攻撃を受け止めるアンブレイカーだが、その力を最大限に発揮した魔剣が相手ではそうはいかず、強制的に回避を強いられているため、反撃に移る余裕がない様子だった。


(すげぇ……)


 万が一にも椿を戦いに巻き込まないよう部屋の中央まで戻っていた大地は、アンブレイカーを壁際まで追い詰めようとしているダークナイトの実力に感嘆していた。

 煌成高校の任務で、その力の一端を目の当たりにした時点で半端なく強いだろうとは思っていたが、まさかこれほどとは思ってもいなかった。


(ぶっちゃけ悔しいが、オレがあの野郎を倒そうと思ったら、博打に出る以外に勝ち目がねぇからな)


 グランドマスターから授かった〝杭〟を一瞥してから、内心の言葉どおり悔しげに拳を握り締める。

 戦う前からわかっていたことだが、大地一人の力だけではアンブレイカーには敵わないことを、先程のわずかな攻防だけで嫌というほどに痛感させられていた。


(他人任せってのはしゃくだが、アンブレイカーを倒せるなら、オレの意地とかプライドなんざどうでもいい。たぶん椿は、あの野郎が生きてるってだけで永遠に無茶をし続けるだろうからな。だから――)


 そのままぶった斬っちまえ、ダークナイトッ!!――と叫ぼうとした矢先に、なぜか、急に、怒濤の連撃をもって攻め立てていたはずのダークナイトが大きく飛び下がり、大地のそばに着地した。


「おいおい、押してたのになんで――……」


 ダークナイトを見て絶句する。

 ダークナイトは、目に見えて汗だくになっていた。


 魔剣の力もあるとはいえ、アンブレイカーを相手に近接戦で圧倒するほどの剣技を振るう男が、今の攻防だけで消耗したとは考えにくい。

 となると、ダークナイトが汗だくなっている理由は一つしかない。


 気圧されたのだ。

 アンブレイカーの、圧倒的な〝圧〟に。


 そして、大地もまたその〝圧〟を感じ取ってしまい、自分の意思とは関係なしに流れ出た冷たい汗が体を濡らし始める。

 椿を傷つけられた怒りの炎さえも、消されかねない勢いで。


「さすがに、グランドマスターに備えて余力を残そうという考えは虫が良すぎたか」


 壁際にいたアンブレイカーが、ゆっくりとこちらに近づきながら独りごちる。

 そんな言葉を聞くまでもなく、〝圧〟に触れた時点でこれからアンブレイカーが本気を出す気でいることは、大地もダークナイトも気づいていた。


「オーガ。手を貸せ」

「まさか、アンタの方から頼んでくるとはな」

「正直愚生も、彼奴きゃつがこれほどとは思わなんだ。愚生の世界テルトノートでも、あれほどの〝圧〟を発する男は見たことがない。それに……」


 半顔だけを振り返らせ、椿を一瞥してから言葉をつぐ。


「カーミリアを傷つけられて頭にきているのは、貴様も同じであろう?」


 どうりで現れてすぐにガンガンに攻めてたわけだ――と得心しながらも「まぁな」と認める。

 その間にも、アンブレイカーは一歩一歩踏みしめるように、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 その身から発する〝圧〟が最高潮まで高まった刹那。


 アンブレイカーは偏執的までに分厚く造られた床を蹴り砕き、大地たちに突貫した。

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