第32話 同族

 フォトンホープとピュアウィンドは、延々と湧いてくる戦闘員を退しりぞけながらも、ベレヌスの通路をひた走る。


「ピュアウィンド! こっちだ!」


 この空中要塞を訪れたのは初めてであるにもかかわらず、フォトンホープは迷うことなく通路を進んでいく。


「やっぱり、?」


 走りながら訊ねてくるピュアウィンドに、フォトンホープは半顔だけを振り返らせて首肯した。


「近くまで来ているせいか、はっきりと感じるんだ。グランドマスターの存在を」


 かの声明で、グランドマスターがディバイン・トリビューナルなる力を行使した際、フォトンホープははっきりと感じた。

 莫大という言葉では足りないほどに強大なフォトンエナジーを。


「じゃあ、やっぱりグランドマスターの力は、フォトンホープと同じ……」

「その可能性は高いと思う――っと、またか!」


 行く先から大勢の戦闘員が押し寄せてくるのが見えて、フォトンホープは声を荒げる。

 さすがは《ディバイン・リベリオン》の本拠というべきか、もうすでに三桁を超える戦闘員を撃退したにもかかわらず、次から次へと敵が湧いて出てくる。


 普段ならば戦闘員などたいした脅威にはならないが、こうも数が多いとさすがに厄介だと言わざるを得ない。

 少し前まで続いていた、嫌がらせのような銃撃が止んでいることだけが慰め程度の救いだった。


「ピュアウィンド! 道は僕が切り開くから、後ろから敵が来ないか警戒し――」


 突然、強大なフォトンエナジーにその身を掴まれるような感覚に襲われる。

 視界が暗転し、戦闘員たちの喧噪が瞬く間に遠くなっていき……気がつけば、西欧の神殿にも似た小広間の床上しょうじょうに立っていた。


 何が起きた?

 陽花ちゃんは?

 などという疑問と心配は頭の片隅に追いやり、奥に見える小舞台の、玉座に座る老爺を睨みつける。

 先の声明で初めて表社会に姿を見せた、西欧の神を想起させる容姿をしたグランドマスターを。


「不躾ですまんのう。フォトンホープよ」


 気を抜くとつい心を許してしまいそうな優しい声音で、グランドマスターが話しかけてくる。


「僕に何をした? グランドマスター」

「ほっほっほっ。カーミリアの言葉を借りるなら、光子ワープというやつじゃな。これだけ近づいてくれれば、其方そなたのディバイン・フォースを感じ取るのも容易じゃからのう」

「ディバイン・フォース? まさか、フォトンエナジーのことを言ってるのか!?」

「その物言い、やはりもう気づいておるようじゃな。我と其方そなたの力が同じものであることを。もっとも、かく言う我も確信を得たのは、其方がこのベレヌスに辿り着いてからの話じゃがのう」


 認めたくはなかったが、やはりそうだったかとフォトンホープは思う。

 彼自身、グランドマスターの気配を感じるようになったのも、まさしくベレヌスに侵入してからのことだった。


「まさかとは思うけど、あなたが僕の本当のお爺さんだとか言わないよね?」

「それはないから安心するがよい。我にも伴侶はいたが、ついぞ子宝には恵まれなかったからのう。じゃが、我と其方そなた祖先ルーツが同じであることは間違いないぞ」

「ルーツ?」


 反芻するように呟くフォトンホープに、グランドマスターは首肯を返す。


「そうじゃ。我も其方そなたも、この世界を影から護ってきたルクスの民と呼ばれる一族の末裔なのじゃ。事実、其方も覚えがあるじゃろう。この力はこの世界を護るために使うべきだと心の奥底から訴えてくる、情動にも似た感覚を」


 覚えがあったフォトンホープは、ただただ瞠目するばかりだった。

 フォトンホープがヒーローになることを決意したのは、まさしく、この力は戦う力のない人たちを護るために使うべきだと訴えてくる心に従った結果だったから。


「じゃ、じゃあ……僕にお父さんとお母さんがいないのは……」

「どちらかがルクスの民だったのか、あるいは両方だったのかは定かではないが、影で世界を護るために戦い、散ったと考えるのが妥当じゃろうな」


 痛ましげにグランドマスターは言う。

 不思議と真実だと確信できたその言葉は、両親が生きている可能性は絶望的だと告げるものなのに、これもまた不思議と驚きも悲しみを抱くことはなかった。

 両親の顔を見たことがないという理由もあるが、有川誠司フォトンホープが生きてきた一六年の間に一度も姿を現さなかった時点で、とうの昔にだと覚悟を決めていたことが大きかった。


「して、ここからが本題じゃが……フォトンホープよ。我とともに征く気はないか?」


 その気になれば罠に嵌めることもできたはずなのに、そうしなかった時点でそうだろうとは思っていたが、どうやらグランドマスターの目的は勧誘のようだ。

 そして、予想どおりだったからこそ、フォトンホープの返答に迷いはなかった。


「ない。あなたの言葉以上に、あなたが僕と同じ一族であることは実感できたけど、それとこれとは話は別だ。何が目的なのかは知らないけど、今を生きる人々を脅かしてまで東京を消滅させようとするあなたを、僕は絶対に認めない」


 決然と拒絶するフォトンホープに、グランドマスターは小さくため息をつく。


「言葉以上に実感している割にはわかっていないようじゃな。我が何を目的にして、東京を消そうとしているのかを」


 その言葉に、フォトンホープは目を見開いた。


「まさか、東京を消滅させることがこの世界を護るためだと本気で言うつもりかッ!?」

「言うつもりじゃ。ヒーローという立場にある其方そなたの目には見えづらいじゃろうが、この世界に蔓延している、悪と正義、エネミーとヒーローという二元論的な考え方はあまりにも度が過ぎている。正義という白い水に、少しでも悪という黒い水が混ざれば、たちまちにその水はエネミーという烙印を押されてしまい、捨てられてしまう。正義シロともクロとも呼べない灰色という概念など、初めから存在しないと言わんばかりにのう」


 灰色という概念の最たる例とも言える、カーミリアのことが脳裏によぎったフォトンホープは、少しだけ苦い顔をする。


「ほっほっほっ。どうやら、少しは心当たりがあるようじゃな」

「おかげさまでね。けど……あなたの言いたいことはわかるけど……それでもやはり、今という世界に生きる人々に苦痛を強いる、あなたのやり方には賛同できない」

其方そなたの言う〝今という世界に生きる人々〟の中には、まさしくその世界から苦痛を強いられている人々がいるというのにか?」


 その問いは、フォトンホープならば、間違いなく返答に窮していたものだった。

 だが、カーミリアの両親の死に様を知り、アンブレイカーの戦う理由と信念を聞いた、今は違う。

 カーミリアとの一件があった後、フォトンホープは自身の戦う理由を、戦う力のない人たちを護ることがどういうことなのかを考えに考え抜き……自力で答えを導き出していた。


「だったら僕は、その苦痛からも人々を護るよ」


 言葉の内容のせいか、あるいはフォトンホープの瞳に揺るぎない決意の輝きが宿っていたせいか、グランドマスターは沈黙を挟んでから訊ねる。


「……ならばどうやって、世界そのものから苦痛を強いられる人々を護るつもりじゃ?」

「今はまだわからない。けど、絶対にその方法を見つけ出してみせる」

「百歩譲って見つけ出したとしても、その全てを護ることなど土台できる話ではないぞ」

「わかっている。けど、これは出来る出来ないの話じゃない。やるかやらないかの話だ」


 尊敬する先輩ヒーローの言葉を借り、覚悟を表明する。

 それに対してグランドマスターが返したのは、深い深いため息だった。


「なんとも場当たり的で、向こう見ずで、青臭い覚悟じゃのう」


 散々な物言いとは裏腹に、グランドマスターの頬にはなぜか、嬉しげな笑みが刻まれていた。


其方そなたがどうしようもないほどにヒーローであることは、よくわかった。それゆえに、エネミーである我とは決して相容れぬこともな」


 グランドマスターの体から、光のオーラが濛気もうきのように滲み出てくる。


「来いフォトンホープよ。己が覚悟を貫き通すには相応の力が必要だということを、その身を以て教えてやろう」

「それなら僕は、この身を以て証明するよ。僕の覚悟と力を。あなたというエネミーを打ち破ることで」

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