第31話 椿の戦い

 ダークナイトは風圧を物ともせずにベレヌスの外壁を駆け下り、アンブレイカーが空けた穴からベレヌスの中に入る。が、肝心のアンブレイカーの姿はすでになく、迎撃にやってきて瞬殺されたと思われる戦闘員たちが、通路の床に死屍累々と横たわっていた。


「気配は……もう随分遠くまで行っているな。こうも愚生を無視するということは、やはり彼奴きゃつらの狙いはグランドマスターただ一人ということか」


 魔剣クライドヒムを鞘に収めながら独りごちていると、


『ダークナイト。聞こえるか』


 まさしくそのグランドマスターの声が、直接脳内に響いてくる。

 この世に存在するあらゆる光に思念を乗せることで、離れた相手に言葉を届けるテレパシーだった。


「聞こえている」


 と口に出すと、光を通じてその思念を読み取ったグランドマスターが応じてくる。


其方そなたに頼みたいことがある』


「なんだ?」


『アンブレイカーはヒーロー側の最大戦力。ゆえに其方そなたにはこのままアンブレイカーを追い、討ち果たしてもらいたい』


「そうなると、アンブレイカー一人にこちらの戦力が集中すぎることになるが?」


『言いたいことはわかる。カーミリアとオーガは、間違いなくアンブレイカーを狙うはずじゃからのう。その上で言うが、オーガに我が力を託してなお、アンブレイカーに届くかどうかは微妙なところだと我は見ている』


「ゆえに、愚生が加勢することで勝利を確実なものにしろと?」


『そういうことじゃ。それからこれは我個人のままじゃが、一度フォトンホープなる少年と話がしてみたくてのう。他の者がいたら、それどころではなくなる』


「フォトンホープ一人だけならともかく、ピュアウィンドまで付いてきたらどうするつもりだ?」


『問題ない。ピュアウィンドに人を殺す覚悟がないと報告してきたのは其方そなたじゃろう。フォトンホープと分断させれば、数で抑え込むことも可能じゃろうて』


 ダークナイトは、すぐには返事をかえすことができなかった。

 アンブレイカーは確かに危険だが、だからといって、グランドマスターと他の構成員だけにヒーロー二人を任せるのは、それはそれで危険だと言わざるを得ない。


『ほっほっほっ。珍しく迷っておるようじゃな』


「迷わせている張本人が言う台詞ではない」


『そうじゃな。ならば言い方を変えよう。ダークナイトよ、カーミリアを護りにいってやってはくれまいか。あの娘はアレで、平気で無茶をやらかす手合いじゃからな。仇が来ているとなると、どんな行動に出るのかは我ですらも想像がつかん。下手をするとオーガすらも出し抜いて、一人でアンブレイカーに戦いに挑むやもしれん』


 さすがに最後の言葉は、看過できるものではなかった。


「……全てに納得したわけではないが、承知した」


『うむ。頼んだぞ』


 その言葉を最後に、テレパシーが途切れる。

 ダークナイトは数瞬、グランドマスターの気配を感じる方角を見つめるも、引かれた後ろ髪を断ち切るように踵を返し、アンブレイカーの気配を追って走り出した。



 ◇ ◇ ◇



 椿はテーセウスのコックピットの中で、アンブレイカーがこのテストルームにやって来るよう誘導していた。

 装着したヘッドギアで空中要塞ベレヌスの侵入者迎撃システムにアクセスし、区画ごとの隔壁を操作してアンブレイカーの行く先を限定することによって。


 それと同時に、血気に逸った戦闘員たちを無駄死にさせないためにアンブレイカーとの会敵を避けるよう仕向けているが、あまりに敵がいなさすぎると罠を疑ったアンブレイカーが隔壁はおろか、もとからあった壁すらも壊してベレヌス内を移動する恐れが出てくるため、特別製、訓練用問わずロボットを適度にけしかけることで誤魔化した。


 侵入者迎撃システムの中には当然敵を攻撃するものもあるが、ベレヌスを壊さないよう実弾による銃撃がメインになっているので、全く通用しないアンブレイカーには使わず、別のところにいるフォトンホープとピュアウィンドに対して牽制で使う程度に留めていた。


 そんな調子でアンブレイカーを誘導し、フォトンホープたちを攻撃しつつも、ベレヌスのそこかしこに設置されたカメラで大地の様子を確かめる。

〝武器〟こと杭打ち機パイルバンカーの篭手を両腕に装着した大地は、どうやら無線でアンブレイカーがこのテストルームに向かっていることを知ったらしく、大急ぎでこちらに戻ってくる様子が見て取れた。

 もっとも、ベレヌスの通路を生体サイボーグの脚力で全力で走った場合、味方を轢いてしまう恐れがあるため、大急ぎとはいっても常識的な速度に留めているが。

 その上、パイルバンカー装着後すぐにアンブレイカーが侵入してきた地点まで行った挙句、行き違いになってしまったことがあだとなり、テストルームに戻ってくるまでまだ少し時間がかかりそうな案配だった。


 さらに到着が遅れるよう、大地の行く先の隔壁を操作してから、テーセウスの光学迷彩を起動。

 予測ではあと二分ほどでこのテストルームに到着する、アンブレイカーを待った。


 これからトップヒーローと戦闘になることに緊張しているのか、それとも恐怖しているのか、椿の体は小刻みに震えていた。

 それこそ七日前に、両親の墓前でアンブレイカーたちと対峙した後のように。


『オマエ、アンブレイカーを相手にビビらずに戦えんのかよ?』


 十数分前に、大地に言われた言葉を思い出す。


 ビビらずに戦う?

 そんなこと、わたしにできるわけがないだろう。

 わたしは、わたしの弱さを知っている。

 テーセウスの装甲に護れていようが、恐いものは恐い。


「だが、だからといってそれが、父様と母様の仇と戦わない理由にはならない……!」


 奮起するように、憎しみごと吐き捨てる。


 父様と母様が、復讐なんてものを認めるわけがないことくらいわかっている。

 アンブレイカーを憎むこと自体が、筋違いだと諭されるかもしれない。


 しかし、許せないのだ。

 ただただ許せないのだ。


 そこには小賢しい論理も、洒落臭しゃらくさい倫理も介在しない。

 父様と母様を怒りと哀しみだけが、椿を突き動かしていた。


 そして――


 開け放たれた扉を抜けて、アンブレイカーがテストルームに入ってくる。

 光学迷彩によって姿が見えないテーセウスの気配を感じ取ったのか、アンブレイカーは慎重な足取りで部屋の中央にいる椿に近づいてくる。


(今だ……!)


 ヘッドギアを通して迎撃システムに命令を送った瞬間、テストルームの扉が閉まり、天井に内蔵していた噴出口から神経系の毒ガスが噴出される。

 続けて、床に内蔵していた一〇〇本のロボットアームをまとめて突き上がらせた。

 ベレヌスの動力炉と直結しているアームの先端からは、まさしく動力源が問題で戦闘員用の開発が見送られたビームソードが生え伸びていた。


 一〇〇本のアームがビームの牙を突き立てんと、蛇のようにうねりながらアンブレイカーに殺到する。

 これならアンブレイカーといえども――という祈りにも似た期待は、ものの数秒で打ち砕かれた。

 アンブレイカーの〝鋼〟を貫くために用意したビームの刃は、奴の拳とかち合っただけで容易く霧散した。


 体の内も血の通わぬ〝鋼〟でできているのか、普通の人間ならば一呼吸で体の自由を奪う毒ガスが充満しているのに、動けなくなるどころか、動きに支障をきたす様子すら見受けられない。


 エネミーにとってどこまでも理不尽な存在――それがヒーローだということを、椿は今さらながらに思い知る。


(……まだだ。まだ手は残っている!)


 テーセウスの両掌には、射程を極限まで短くした代わりに、威力を極限まで高めたビーム砲が内蔵されている。

 それを零距離から叩き込めば、いくらアンブレイカーといえども一溜まりもない……はずだ。

 正直、いくら射程を絞っているとはいっても、ベレヌス内でビーム砲を使うのは避けたかったが、最早これ以外に手が残されていない以上は仕方ない。


 徐々に毒ガスが霧散していく中、アンブレイカーは文字どおり目にも止まらぬ速さでビームソードを掻い潜り、その元となるアームを殴って蹴って折り砕いていく。

 椿はその様子を見届けながらも、ヘッドギアを通してテーセウスのリミッターを解除した。

 テーセウスが人工知能AIの補助により半自動セミオートで動くとはいえ、戦闘経験が皆無に等しい自分ではアンブレイカーを捉えるのは至難だと言わざるを得ない。というより、視認することすら覚束ない。


 だから、一瞬に賭ける。

 一瞬だけ奴が動きを止めたところを狙い澄まし、零距離からの掌部ビーム砲で仕留める!


 決断するや否や、侵入者迎撃システムにアクセスし、残ったアーム全てに自爆するよう命じる。

 直後、命令どおりにアームが自爆したことで、アンブレイカーの動きが一瞬だけ止まる。


(ここだっ!!)


 脚部に内蔵されたスラスターに、瞬間的に全エネルギーを集中。

 それによって光学迷彩がけたが、アンブレイカーの不意を突くことには成功し、刹那にも満たぬ間に彼我の距離を潰しきる。


 勢いをそのままに右の掌打を繰り出すも、アンブレイカーはその場から微動だにすることなく片掌だけで容易く受け止めた。

 リミッターを解除したテーセウスが相手でも力負けしないアンブレイカーの精強さは、驚愕を通り越して恐怖すら覚えるが、


「捉えたっ!!」


 ちょうどアンブレイカーの左掌と接触していた右掌の発射口を開き、最大出力のビーム砲を放つよう脳波で命じる。

 コンマ一秒のタイムラグもなく、命令どおりにビーム砲を発射したテーセウスの右掌は、



 轟音とともに爆砕した。



「な……っ!?」


 驚愕が口から漏れる。

 確かに右掌のビーム発射口は、アンブレイカーの左掌によってその半分近くが塞がれていた。

 だが普通はそんなこと、何の問題もないはずなのだ。

 普通はビーム発射口を塞いでいた掌の方が吹っ飛ぶはずなのだ。


 しかし、アンブレイカーはそうはならなかった。

 鋼の肉体をもって、零距離からのビームを真っ向から受け止めた。

 結果的にビーム発射口は不完全ながらも蓋をされたことで、撃ち放たれるはずだったビームが逃げ場を失い、爆発。

 テーセウスの右掌はおろか、右腕そのものを吹き飛ばした。


「そん……な……」


 最後の一手ですらアンブレイカーに傷一つつけられなかった事実に呆然とする中、人工知能が自己判断で、残った左腕でコックピットがある胴体を護りながら、飛び下がろうとする。

 どうしてそんな行動を?――と、椿が疑問に思うよりも早くに、アンブレイカーの拳打がテーセウスの巨体を殴り飛ばした。

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