第24話 罪
隠れている大地と椿に、アンブレイカーは淡々と言う。
「先に忠告しておくが、惚けて誤魔化そうとしても無駄だぞ。オーガ……君の気配は国会議事堂での戦いで完全に記憶している。間違えようがないほどにな」
大地は「気配が読めるとか、どこのダークナイトだよ」とか「なんで一方的にボコった雑魚のこと、いちいち憶えてんだよ」とか、諸々の文句を呑み込んでから椿に言う。
「この場はオレがなんとかする。だから、オマエは隠れてろ」
「阿呆が。気配だけで君を特定した相手が、わたしの存在に気づいていないわけがないだろうが。隠れているだけで無駄だ。それに……君を置いて、一人だけ尻尾を巻いて逃げるなんて……できない」
そんな椿の言葉が嬉しくて、窮地にあってなお、つい笑みをこぼしてしまう。
「わぁったよ。オレが時間を稼ぐから、その間にオマエは何か策を考え――」
「出てくる気がないのなら、こちらから行ってやってもいいのだぞ?」
あからさまな最後通告に、大地は言葉を切って舌打ちする。
「ちッ、せっかちな野郎だ」
「対応としては当然だ。それより、策というほどではないが一手考えた。切るかどうかは話の流れ次第だが、もしわたしがその一手を切った際は適当に口裏を合わせてくれ」
どういう一手なのかも話すことなく、椿は懐の遮音装置を操作――おそらく墓地の周囲に声が漏れないようにしたのだろう――してから立ち上がる。
わざわざ説明しなくてもわかってくれると信じ切った椿の物言いを嬉しく思いながらも、大地も立ち上がった。
二人を――いや、椿を見てアンブレイカーは、
「やはり、もう一人い――……」
本当に、珍しくも、絶句する。
そんな反応を見せる彼に、椿は常よりも険のある声音で、露骨なまでの皮肉をぶつけた。
「今をときめくトップヒーローに憶えてもらえていたとは光栄だな。アンブレイカー」
正体を言い当てられた当人の代わりに少年少女が苦々しい顔をする中、アンブレイカーは、先程の絶句は何だったのかと思えるほどに落ち着いた声音で応じる。
「ということは、やはり君は九宝院椿君なのか?」
「ああ、そうだ。今お前たちの傍で眠っている、九宝院雅人と九宝院楓の娘だ」
椿は九宝院家の墓を視線で示しながら言う。
普段とは比べものにならないほどに険のある物言いに、大地は人知れず危機感を募らせた。
「そうか……
椿に向けられたアンブレイカーの視線が、
「全くその可能性を考慮していなかったわけではないが、まさか本当に君が《ディバイン・リベリオン》の頭脳と呼ばれる三幹部――カーミリアだったとはな」
先程の意趣返しと言わんばかりの断定に、大地は舌打ちする。
アンブレイカーの背後で少年少女が、
「ど、どういうこと?」
「カーミリアは日本語で椿……ということだよ、誠司くん」
という会話を、こちらには聞こえない――とはいっても、生体サイボーグの大地には聞こえているが――小さな声音で交わしていた。
いくら椿が表社会では行方不明者扱いになっているとはいっても、それだけではカーミリアと椿を結びつける根拠にはなり得ない。
なぜなら、無用に目立ちたくないという娘の思いを汲み取った九宝院夫妻が、表沙汰にはならないよう椿の天才ぶりを隠した上に、彼女自身も学校での成績を「平均よりも上程度」に調整していたため、普通に考えたらオーバーテクノロジーを次々と生み出す
だが「《ディバイン・リベリオン》のオーガと一緒にいる」という状況が加わると、話は違ってくる。
乏しい根拠が、確固たる根拠に変わってしまう。
護衛のためとはいえ、自分が椿に同行したせいで、彼女の正体がヒーローにバレてしまったのは悔やんでも悔やみ切れない。
「気にするな。身元の発覚を恐れていたなら、カーミリアなどというコードネームは名乗っていない」
こちらの心中を察したのか、椿がアンブレイカーから目を離すことなく、険のある声音とは裏腹の優しい言葉をかけてくる。
その気持ちは素直に嬉しいが、他ならぬ大地が彼女の優しさに甘えることを良しとしなかったので、失敗を取り戻すためにも、この窮地を乗り切るためにも、アンブレイカーの傍にいる少年少女を見据え、不敵に笑いながら断定した。
「そういうソッチこそ、東京を護るヒーローが全員集合とぁな」
アンブレイカーは眉一つ動かすことはなかったが、
一方椿は、アンブレイカーに少年少女という組み合わせの時点で気づいていたのか、アンブレイカーと同様眉一つ動かすことはなかった。
「で、これは提案なんだが、ここはお互い見なかったことにするってぇのはどうだ? 正体がバレちゃぁ、お互い何かと都合がわりぃだろ? フォトンホープに至っては、テメェの学校までバレちまってるわけだしなぁ」
煌成高校での戦いにおいて、こちらの想定よりもはるかに早くフォトンホープが現れた時点で、彼が煌成高校の生徒である可能性は一考していたが、あくまでも可能性の話であって確信には至ってなかった。が、フォトンホープが眉根を寄せているところを見るに、どうやら大当たりのようだ。
「つうわけだから、ここはお互い回れ右をし――」
「却下だ」
揺るぎなく、アンブレイカーは拒絶する。
「君の言うとおり、この場には東京を護るヒーローが全員揃っている。だから、交渉など初めから成立しない。なぜならこちらは、君を倒し、椿君――いや、カーミリアをこの場で拘束すれば済む話だからな」
どこまでも頼りになる先輩ヒーローに触発されたのか、フォトンホープとピュアウィンドの顔つきが、ただの少年少女からヒーローのそれに変わる。
「オーガ。前の戦いでは不覚をとったけど、今度はそうはいかないぞ」
「降伏してください。そうすれば誰も傷つかなくて済みますから」
どう見ても交渉は失敗。
あとは椿の一手に賭けるしかねぇ――と思ったところで、
「舐められたものだな」
その椿が、絶望的な状況すらも切って捨てるように吐き捨てた。
「君たちは本気で、このわたしが何の備えもなく市井に降りたと思っているのか?」
言いながら、椿は懐に手を伸ばす。
それに反応したアンブレイカーが地を蹴ろうとするも、
「待てよ」
生体サイボーグの知覚をもって初動を察知していた大地が、言葉でアンブレイカーを制した。
「人の話は最後まで聞くもんだぜ。ヒーロー」
「フォトンホープと渡り合ったという話を聞いた時は、本当にあのオーガなのかと訝しんだものだが……たった
「誰かさんにボコられたおかげでな」
そんなやり取りを交わしている間に、椿は懐から取り出したスマホを顔の高さまで持ち上げ、冷淡に告げる。
「ここに来る前に、町に爆弾を仕掛けておいた。建物一つを爆破するような小規模な物ではなく、半径五〇〇メートル圏内にあるもの全てを吹き飛ばすほどの物をな。そしてその爆弾は、今スマホに表示されている画面をタップすれるだけで、爆発する仕組みになっている」
その言葉が、ただでさえ緊張に満ちていた空気をさらに張り詰めさせる。
「わたしとて、父様と母様の眠る地で
椿の双眸が、冷たく底光りする。
「お前たちヒーローが、人命を軽んじてでもわたしたちを逃さないというであれば仕方ない。この町の人たちには、精々派手に吹き飛んでもらうとしよう」
フォトンホープとピュアウィンドの顔が、不快げに歪む。
アンブレイカー一人だけが、あくまでも冷静に話に応じた。
「君たちの申し出に従ったとして、何を以て約束を守ったことを保証する?」
「これから先、フォトンホープとピュアウィンドに縁のある者がエネミーに襲われるようなことがあった場合は、わたしたちが約束を破ったと判断してくれて構わない。逆に、カーミリアがわたしだという情報がメディアに流れたり、他のヒーローや政府組織に漏れていたことを確認できた場合は、お前たちが約束を破ったと判断する」
「爆弾の撤去は?」
「こればかりは、わたしたちのことを信じてくれとしか言えないな」
椿は、わざとらしく肩をすくめた。
「だが……そうだな。お前たちに信じてもらえる材料くらいは提示してやろう。わたしとオーガが無事に撤退するためにも、爆弾はしっかりと撤去し、手ずから持ち帰っていく必要があるのさ。何せわたしたちは、公共の交通機関を使ってここまで来たからな。尾行されるのが何よりも恐い」
「おぉ、確かに尾行はおっかねぇな。おっかな過ぎて、うっかり爆弾を落っことして、うっかり起動させちまうかもしれねぇくらいになぁ」
大地はここぞとばかりに、あくどい笑みを浮かべながら合いの手を入れる。
そもそも爆弾なんて物がどこにも存在しないことを、そのハッタリこそが椿の言っていた「策というほどではない一手」であることを理解した上で。
「あなたたちには人の心というものがないんですかっ!」
怒りを滲ませるピュアウィンドに対し、椿はどこまでも冷淡に応じる。
「そんなものは、とうの昔に捨てた」
「だから、何の罪もない人たちを人質にしても平気だって言うのか……」
ピュアウィンド以上に怒りを滲ませていたフォトンホープが、椿を睨みつけ、叫ぶ。
「ふざけるなッ!! どうして戦う力のない人たちをッ!! 何の罪もない人たちを巻き込むような真似をするッ!! その人たちがいったい何をしたっていうんだッ!! 答えろッ!! カーミリアッ!!」
青臭くも真っ当な言葉だった。少しだけ、耳が痛いほどに。
(根が優しいアイツならもっとだろ)
そう心配した大地は、椿を横目で見やり……言葉を失った。
椿は、嗤っていた。
今にも泣き出しそうな顔で嗤っていた。
その只ならぬ様子に、怒りを露わにしていたはずのフォトンホープとピュアウィンドが揃って息を呑む。
「フォトンホープ」
およそ感情という感情を排した声音で、椿は言う。
「……なんだ?」
「君は今、戦う力のない奴らが、何の罪もない奴らが、いったい何をしたと、わたしに言ったな?」
「あ、ああ」
「ならば、教えてやろう。
言葉自体はふざけているようにしか聞こえないのに、明らかに尋常ではない椿に気圧されたフォトンホープは、何も言い返せないでいた。
「良い機会だ。お前たちヒーローに教えてやろう。お前たちが護ろうとしている〝何の罪もない人たち〟というのが、いかに護る価値のない存在であるのかを。
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