第23話 墓参り

 東京郊外にある、何の変哲もない一軒家。

 そこは《ディバイン・リベリオン》が無数に抱えている隠れ家セーフハウスの一つであり、審判計画を最終段階に進めるための、最後の〝釘〟を差し込む地点でもあった。


 その隠れ家を訪れていた大地と椿は、〝釘〟を差し込む時刻になるまでの間、良い機会だからと、四年前に別れてから《ディバイン・リベリオン》に入るまでの間、お互い何をしていたのかを話すことにした。


 そして、大地の話が終わった後に、椿の話を聞き、


「つうことはオマエ、オレの前から姿を消してすぐに《プルガトリオ》の残党に接触したってのかよ!?」

「ああ。アンブレイカーや一般人やつらと同様、《プルガトリオ》も父様と母様が一因になっているからな。だがわたしは一般人やつらにしろ《プルガトリオ》にしろ、その全てを復讐の対象と見なせるほどに理性を捨てることができなかった。だから確かめに行った。《プルガトリオ》がメディアの言うとおり、異世界からやって来た邪教徒なのかどうかを、なぜ邪神などという存在を召喚したのかをるために」

「確かめにって……おいおい待てよ。ルドラヘイム人って確か、テルトノート人とは違って意思疎通のまじないなんつう便利なものはなかったよな?」

「ないな。だが、《プルガトリオ》がこちらの世界に潜伏していた年月は決して短くない。だからこちらの世界の言葉を話せる者が必ずいると確信してたし、実際にそうだったから意思疎通は特段問題なかったよ」

「なるほどな。で、接触してどうなったんだよ?」

「殺されそうになった」


 事もなげに言う椿に、大地は「はぁッ!?」と素っ頓狂な声を上げた。


「どうにもルドラヘイムという世界は、生きとし生けるものの魂を神に捧げ、糧とすることで存続していた世界らしくてな。話している内に、その神を殺したアンブレイカーと同じ世界の人間であるわたしのことが憎くなったようだ。ルドラヘイム人の一人が突然発狂したら、あとはもう連鎖的だ。身を護る備えはしていたつもりだったが、まるで抵抗できなかったよ」

「じゃ、じゃぁ……どうやってオマエは助かったんだよ?」

「《プルガトリオ》の残党を同志に引き込むためにやってきた、グランドマスターに助けられた。わたしに興味を持ったグランドマスターが、後の世を創ることに興味はないかと訊いてきたのを契機に何時間も話をして……あの方の思想が、父様と母様が目指していたものと同じで、思想それに殉ずる覚悟があることを知り、わたしは《ディバイン・リベリオン》に入ることを決めた」


 その話を聞いて、大地は微妙な顔をする。

 昨日も言っていたが、グランドマスターは後の世を創るため――つまりは協力者として椿をスカウトしたというのに、当の彼女はアンブレイカーを討つためにその申し出を断り、三幹部というポジションに収まっている。


 彼女のアンブレイカーに対する恨みが根深いのは、一般人や《プルガトリオ》とは違って、明確に仇と見なせる個人が彼一人しかいないことが大きいのかもしれないと、大地は思う。などと耽っていると、大地と椿のスマホ――回線は組織自前――のアラームが鳴った。


「時間か」


 椿は少し緊張した声音で呟き、懐に手を伸ばす。

 いつもの白衣ではなく、黒いブラウスの上から羽織った、白いジャケットの懐に。


 大地が心の中で、どうせなら下はデニムパンツじゃなくてスカートでも穿けばいいのにと思いつつも、やっぱ脚のラインがしっかり見えるデニムパンツも、それはそれで捨てがたいな――などと、益体やくたいもないことを考えていたことはさておき。


 椿が普段と違う服装をしているのは、この隠れ家が町中にあるため、白衣だと無駄に目立ってしまうという理由があってのことだった。

 だから大地も今は、革ジャンに革パンといういかにもな服装をしている。


 そんないつもと違う懐から椿が取り出したのは、グランドマスターに託された光輝く〝釘〟。

 その頭部を摘まんで床に刺すと、〝釘〟は水面に沈むようにして地の底へと呑み込まれていった。


「これで任務完了か。前二つがヒーローと戦闘になったせいもあるが、って割には楽勝すぎて拍子抜けするな。まぁ、オマエと一緒にいる状況じゃ、そっちの方が大歓迎だけどな」

「悪かったな。お荷物で」

「そう意味で言ったんじゃねぇよ。単純に、オマエにはあんまり危険な目には遭ってほしくねぇだけだ」

「…………馬鹿なこと言ってないで行くぞ」


 切って捨てるように言うと、椿は踵を返して立ち去っていく。

 そんな態度とは裏腹に、彼女の耳が真っ赤になっているものだから、大地としてはニヨニヨが止まらない。

 もっとも次に向かう場所を考えると、あまりニヨニヨしすぎるのはよろしくないので、早々に表情を引き締めて彼女の後を追った。


 二人並んで町中を行き、電車に乗って東京の外に出る。

 隣の県に入ってすぐの駅で降車し、向かう先は、九宝院家先祖代々の墓。


 椿が住んでいた九宝院邸――今はもう取り壊されている――があった東京ではなく、隣県に先祖代々の墓が設けられているのは、椿の曾祖父の代までその地に居を構えていた名残だった。


 もし仮に九宝院家の墓が都内にあった場合、椿は審判計画に手を貸していたのだろうかと大地は思案するも、仮定にしても底意地が悪いので、早々に考えるのをやめた。


 二人は駅を出てすぐのところにある店で、線香とお供え用の花、和菓子を購入すると、九宝院家の墓がある寺院墓地を目指して歩き出す。

 町並みは都会と呼ぶにも田舎と呼ぶにも中途半端だが、栄えすぎてもいなければさびれすぎてもいない雰囲気が妙に心地良かった。


 電車の走る男が聞こえなくなるほどに駅から離れたところで、寺院墓地に到着する。

 さすがに駅の周囲に比べたら建物の数は減っているものの、それでも田舎と呼ぶにはもう一、二声足りない。墓地があるのは、そんな場所だった。


 世間的には椿は四年前に行方不明になっている上に、悪の組織ディバイン・リベリオンの幹部という立場にあるので、本堂には参らず、人がいないことを確認した上で墓地に足を踏み入れる。

 墓地の広さはちょっとした球場ほどもあり、整然と建ち並ぶ墓石の数は数えるのも億劫なほどだったが、この墓地には大地は一度だけ、椿は何度も訪れていたため、迷うことなく九宝院家の墓に辿り着くことができた。


 今日が九宝院夫妻の命日だからか、墓は綺麗に掃除されており、線香立ての底にはかなりの量の灰が溜まっていた。

 墓参りに来た人間が、一人や二人ではないことを窺い知れるほどに。

 それだけ生前の九宝院夫妻が慕われていたということなのか、それとも、現在九宝院財閥を運営している、椿が寄生虫扱いしていた者たちが世間体を考慮して形だけでも墓参りを欠かさないようにしているのか……後者では救いがなさすぎるので、前者であってほしいと大地は切に願った。


 墓に向かって二人揃って合掌し、花と和菓子を供えてから線香を上げ、再び合掌する。


(おじさん。おばさん。久しぶり)


 目を閉じ、合掌したまま、希望の園という家と〝家族〟をくれた恩人たちに語りかける。


(オレたちがやろうとしていることを知ったら、アンタたちなら絶対止めるだろうってことはわかってる。オレもそうだが、椿も、そうとわかった上で東京を消すと決めている。それくらいのことをやらねぇと、この国が変わらねぇって知ってるから……アンタたちが目指した世界にはならねぇって知ってるから……)


 大地は合掌をやめ、決然と九宝院家の墓を見つめた。


(安心して見ててくれなんて口が裂けても言えねぇが、これだけは約束する。オレは、何があっても絶対に椿を護る! アイツが天寿を全うするまでアンタたちのところには逝かせねぇから、そのつもりでいろよな!)


 惚れた女の両親に決意を表明したところで、惚れた女に視線を移す。

 椿はいまだ目を閉じ、合掌したまま微動だにともしていなかった。

 積もる話もあるだろう。存分に語らえばいい――そう思った矢先、生体サイボーグとして強化された聴覚が、墓地に近づいてくる複数の足音を察知し、思わず舌打ちを漏らしてしまう。


「椿。取り込む中のところわりぃが、コッチに人が来るぞ」

「……万が一ということもある。ひとまず隠れるよう。……すみません、父様。母様。少しの間失礼します」


 残しておいては不自然になる和菓子だけは一時的に回収すると、身を低くして足音から離れる形で移動し、墓石の陰に隠れて様子を窺う。


 しばらくして、九宝院家の墓が並ぶ通路に三人の男女がやってくる。

 内二人は、こんな平日に学校はどうしたと言いたくなるような、十代半ばほどの少年少女だった。


 そしてその二人を引率している、チェスターコートを羽織った、見た目二十代後半くらいの男。

 なんとなく、どこかで見たことがある気がした大地は眉をひそ――


「アン……ブレイカー……」


 椿の口からポツリと漏れた名前を聞き、瞠目する。

 まさかと思いながらも、サングラスに隠れた見覚えのある彫りの深い顔立ちを凝視する。


「確かにコイツは……」


 髪を下ろしているせいでかなり印象が変わっているが、言われてみればアンブレイカーだとわかる要素が散見していた。


 なぜここに?――とは思わなかった。

 アンブレイカーは、非難覚悟で九宝院夫妻の葬儀に顔を出すような男だ。

 だから律儀に命日に墓参りに来たとしても、そう不思議ではない。

 その行為が、当事者の神経を逆撫でしていることは別として。


「椿」


 アンブレイカーを睨む椿の目が尋常ではなかったので、あえて普段よりも落ち着いた声音で名前を呼ぶ。

 椿は自分が冷静であることを見せつけるように、懐から取り出した遮音装置を起動をし、アンブレイカーたちに声が届かないようにしてから応じた。


「わかっている。わたしとて、父様と母様の墓前で事を荒立てたくはないからな」

「その言葉、信じていいん――……」


 大地と椿は、全く同時に息を呑んでしまう。

 九宝院家の墓の前までやってきたアンブレイカーが、サングラスを外してこちらに視線を向けてきたがゆえに。


「そこにいるのはわかっている」


 その言葉だけでも、大地と椿の心胆を凍えさせるには充分すぎるというのに、


「出てこい。オーガ」


 続けてアンブレイカーの口から出てきた言葉に、いよいよ二人の背筋に氷塊が伝う。

 アンブレイカーとともに来た少年少女も、驚いたようにこちらに顔を向けていた。

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