第22話 懊悩
煌成高校の戦いから、ちょうど一週間の時が過ぎた頃。
誠司も陽花も普段の姿のままで、服装も普段着のため、フォトンホープとピュアウィンドであることに気づく乗客は誰もいない。と言いたいところだが、平日昼前という時間帯のせいか、
だからだろうか。陽花がこんな質問をしてきたのは。
「誠司くんは、どうしてヒーローに?」
たぶん陽花が聞きたいことは
「陽花ちゃんも知ってのとおり、僕にはお父さんもお母さんもいない。僕のことを拾ってくれたお爺さんだけが僕の家族だ。そのお爺さんなんだけど、昔は警察官をやっていて、まだヒーローとかエネミーとかの呼び名がなかった頃に、水面下で悪と戦っていた人たちとの折衝を務めていたんだ。だから僕が生まれながらに持っていたフォトンエナジーという力を受け入れてくれた上で、その力をどう使うかは自分で決めなさいって言ってくれたよ」
「それで、ヒーローになろうって決断したの?」
「うん。本能っていうべきなのかな? とにかく僕の心が、この力は戦う力のない人たちを護るために使うべきだって訴えてきたから、それに従ってヒーローになることに決めたんだ。ただお爺さんが、未熟な人間がヒーローになったところで不幸な結果にしかならないからって、警察官時代の伝手を総動員して、僕の力を磨く場を用意してくれたんだ。それで、高校に上がったらヒーローとして活動していいって許しをもらえたんだけど……」
なんとなく、窓に流れる景色に視線を移してから言葉をつぐ。
「中三の秋くらいに、全くの偶然だけど、炎を操る力を持った男の人が無差別に人や建物を焼く事件の現場に出くわしたんだ。後でわかったことだけど、その人はどこかのエネミーの組織で実験体として扱われ、心神喪失を理由に破棄という名目で町に放たれた人だった」
「……ひどい」
凶行の犠牲になった人たちだけではなく、実験体にされた人をも想って涙ぐむ陽花に、誠司はその組織はもう潰れていることを教えた上で言葉をつぐ。
「僕はその人を止めるために戦った。けど心神が喪失しているせいか、半端な攻撃では全然その人を止めることができなくて……」
「殺した……の?」
「うん。そうする以外に止める術がなかったから……。だから、その選択自体は今も後悔していない」
その後、人を殺したという事実に散々苦しむことになったわけだが、そのことについてはわざわざ陽花に伝える必要はないと思い、黙っておくことにする。
「エネミーでも、殺さずに済むならそれでいいと僕は思ってる。けど、そのせいで何の罪もない誰かが傷つくというのなら話は別だ。だから僕は、エネミーと戦う際は一切手加減はしないと決めている」
「そう、なんだ……」
やはりというべきか、誠司の話を聞いただけで光明が見えるほど、陽花の迷いは浅くなかった。
彼女の表情からは、いまだ答えが見出せない苦悶が滲んでいた。
「……わたしは、誠司くんとは違って、人と戦う覚悟が固まらないまま、ヒーローになったの」
聞きっぱなしでは礼を失すると思ったのか、陽花が訥々と自分がヒーローになった経緯を語り始める。
「女神様と出会って、加護を受けて戦ったのは
人を殺す覚悟なんてない――とは続かなかった。とはいえ、陽花が戦う覚悟のない人間かと言えば、それは違う。
本人はなし崩し的にとは言ったが、ヒーローになることを決めたのは、おそらくは誠司と同じ、戦う力のない人たちを護るため。
彼女の性格を考えたら、絶対にそうだと断言できる。
優しい心の持ち主であるがゆえに、人を殺す覚悟が持てない。
それどころか
そのことを気に病む彼女に、かけるべき言葉が見つからない。
アンブレイカーに倣って殺さない覚悟を固めるべきだと言ってあげたいところだけど、自分ではひどく軽い響きにしかならない予感しかしないため言うに言えなかった。
二人して悶々としているせいか沈黙ばかりが続き……結局そのまま、目的地となる停車駅に到着する。
重い足取りでバスを降りると、
「来たか。二人とも」
アンブレイカーが二人を出迎えた。
普段は公私関係なくヒーローとして在り続けているアンブレイカーだが、今回は正体を隠している誠司と陽花に合わせて変装していた。
だから、いつものボディスーツの代わりにベージュのチェスターコートを羽織っているし、普段はオールバックにしている髪を下ろし、サングラスで顔を隠している。
名前にしても、素性を隠した方がいい状況に限りアンブレイカーが使用している、
誠司は早速、偽名でアンブレイカーを呼ぶ。
「すみません安藤さん。遅くなりました」
「問題ない。時間どおりだ。それでは早速だが、ついてきてくれ」
アンブレイカーこと安藤は、誠司たちを先導する形で歩き出す。
向かう場所は、その戦いに巻き込まれて亡くなった人たちのために建立された慰霊碑だった。
閑静な住宅街を抜け、郊外にある霊園に到着する。
霊園の管理者に挨拶して慰霊碑に向かった三人は粛々とお参りし、亡くなった人たちの冥福を祈った。
合掌を終えたところで、安藤がいつも以上に低い声音で訊ねてくる。
「二人とも。《プルガトリオ》については、どの程度知っている?」
「当時新興勢力だったエネミーの組織と、わたしたち地球人類が接触した一例目の異世界――ルドラヘイムの邪教徒が手を組んでできた巨大エネミー組織であることと……それから、えと……《プルガトリオ》と対峙していたヒーローが、彼らが町中で召喚した邪神を倒した後、怒り狂う邪教徒と決着をつけるために、避難が進んでいたこの地域に戦いの場を移したことは知っています」
どうやら陽花は、この場合アンブレイカーと安藤、どちらの名前で言えばいいのか迷ったらしく、微妙に迂遠な言い回しをしながらも答えた。
誠司も知っていることは大体似たり寄ったりだったので「僕もそんな感じです」と答えた。
「真面目な君たちらしい回答だな。当時のメディアの情報を、しっかりと
安藤の指摘に、誠司も陽花も揃ってギクリとする。
この地での待ち合わせが決まった時点で《プルガトリオ》の話になることはわかりきっていたので、二人して当時のことを下調べしていたのだ。
「だからこそ訂正させてもらうが、《プルガトリオ》に属していたルドラヘイムの人たちは、邪教徒ではなく、ただの敬虔な教徒だ。当然、私が殺した彼らの神も、ルドラヘイムという世界においては決して邪神と呼ばれるような存在ではない。《プルガトリオ》はあくまでも
「じゃあ《プルガトリオ》は……」
安藤は陽花に首肯を返し、
「
その言い回しに、誠司は片眉を上げる。
「ということは、
「そのとおりだ。ルドラヘイムの自然の法則は、こちらとは随分かけ離れていてな。ルドラヘイムという世界そのものと繋がっている神に、魂という供物を捧げ続けなければ、大地が枯れ、海が干上がり、大気が澱むようにできている。だからルドラヘイムの人々にとって他者とは、利用し合うか、殺して神に捧げる供物にするかの存在でしかない」
「だけど、それじゃ……」
「君の想像どおりだ、有川君。世界そのものが狂った法則に縛られている以上、行き着く先は破滅しかない。自然を守るために身内以外の全てを殺し続ければ、最終的に殺す相手がいなくなるのは当然の帰結だからな。そして、自然を守るために身内を殺すという
安藤は一つ息をつき、話を続ける。
「ルドラヘイム最後の生き残りとなった彼らは、秘術を使って次元に穴を空け、その先にあった我々の世界について入念に調査した。その結果、こちらの世界に生きる魂を神に捧げるには、まさしくその神をこちらの世界に召喚する必要があることを知り、同時に、侵略するにしろ殺戮するにしろ、自分たちの力だけでは返り討ちに遭う可能性が高いことも知った。ゆえに彼らは、思想がルドラヘイムに近しいエネミー組織と手を組み、利用することに決めた。それが《プルガトリオ》の始まりだ。後は、大体君たちが知っているとおりだな」
余談だが、地球人類が接触した初めての異世界がルドラヘイムだったからこそ、二例目となるテルトノートに関しては、政府は今この時も慎重に慎重を期した接触を続けていた。
テルトノートに、ルドラヘイムの自然法則のような爆弾が潜んでいないという確信を得るまでは。
「《プルガトリオ》という組織一つとっても、ただ一言に
「信念……」
陽花は噛み締めるように呟き、安藤に訊ねる。
「ルドラヘイムは、どうなったのですか?」
「《プルガトリオ》に属していたルドラヘイム人が空けた穴を利用し、派遣された調査団の報告によると、今のところは目立った変化は見受けられないとのことだ。だが、私が倒した《プルガトリオ》の大僧正の言葉に嘘がないなら、私が神を殺した時点でルドラヘイムが死の世界に変わることは避けられないだろうな」
そう答えてから、安藤は腕時計を一瞥する。
「前置きだけで少々時間を使いすぎたな。本題については、私の用が済んでから話したいと思うが、構わないか?」
本題とは、まさしく
「はい。わたしも今お話しいただいたことについて、考える時間が欲しかったですから」
「僕も構いません」
返事を聞くや否や、安藤は踵を返す。
「これから、この慰霊碑とは別に弔われた方々の墓を参る。東京の外に出ることになるから、不測の事態に備えて、自衛隊の戦闘機がいつでも我々を迎えに来られるよう手配しておいた。倉持君。
「は、はい!」
と、陽花が答えると、安藤はこちらがついて来られる程度の早足で歩き出す。
どこまでも抜かりのない先輩ヒーローに畏敬の念を覚えながらも、誠司は陽花と一緒に安藤の遠い背中を追った。
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