第16話 ヒーローという名の理不尽

 フォトンホープの頬目がけて右の拳打を放ちながら、大地は確信する。


(とった……!)


 それは決して慢心ではなかった。

 拳打は角度、タイミングともに完璧。

 反撃は勿論、防御も回避も不可能。

 右拳が奴の頬を捉えるまでの時間は、刹那よりも短い。


 その必殺の拳が、今まさに若きヒーローの頬に触れようとした瞬間、


「なッ!?」


 フォトンホープの体の内から衝撃波にも光が吹き荒れ、大地は問答無用で吹き飛ばされてしまった。


「んだとッ!?」


 地面を削りながらも着地する。

 予備動作はおろか、予兆さえもなかった反撃と、いつの間にかフォトンホープの右手に握られているに驚愕しながら。


 フォトンホープの右手には、光の剣が握られていた。

 、神々しい光が凝縮された剣だった。

 そしてその光剣は、まるでフォトンホープに力を与えるように、波にも似た光を全身に行き渡らせている。

 最早、嫌な予感がするどころの騒ぎではない。


「この力は……わかる……わかるよ!」


 両手で光剣を握り締め、声を弾ませる。

 無防備にも程がある――そう思った大地は悪党エネミーらしくその隙をつき、再び相手に肉薄。

 今度こそはとフォトンホープの頬目がけて右拳を振り抜くも、先程までとは別人としか思えない劇的な反応であっさりとかわされてしまう。


 この結果を業腹ながらも予見していた大地は、攻撃直後の隙を突かれる前に飛び下がって間合いを離しにかかる。が、フォトンホープは先の意趣返しだと言わんばかりに追いすがり、刹那にも満たぬ間に間合いを潰してくる。

 踏み込みの速度も、先程までとは完全に別人だった。


「はッ!」


 フォトンホープは気を吐きながら、袈裟懸けに光剣を振るう。

 大地はさらに飛び下がってかわそうとするも、その斬撃は剣の達人を思わせるほどに鋭く、薄皮一枚斬り裂かれてしまう。

 例によって光剣が傷つけたのは敵である大地の体だけで、傷一つついてないボディアーマーには右肩から左腰にかけてうっすらと血が滲んでいた。


 勝利を目前にして形勢が完全にひっくり返ったことに言葉を失っているのか、戦闘員たちの歓声は完全に消えていた。

 負傷のせいで荒くなった大地の息遣いが、皆の耳に届きそうなほど静かになっていた。


(っざっけんなよマジで!!)


 本当は口に出したかった悪態をかろうじて呑み込み、心の中でぶちまける。


(光の剣も、生体サイボーグオレに追いすがった身体能力も、達人じみた剣技も、今の今まで野郎が切札として隠していたわけじゃねぇ! 使!)


 そうでなければ辻褄が合わないのだ。

 明らかに近接戦闘を得意とするこちらに対し、光の剣という備えを今の今まで使わなかったことの。

 中~遠距離を保ち、こちらを近づかせないよう徹底した立ち回りをしていたことの。

 こちらの機動力に、あからさまに翻弄されていたことの。

 これまでの戦闘で見せたフォトンホープの全ての行動に対して、辻褄が合わないのだ。


 となれば、考えられることは一つしかない。

 大地に追い詰められたことで、フォトンホープがパワーアップしたのだ。

 漫画やアニメの主人公さながらに、敗北寸前まで追い詰められたことで「こんなところで倒れるわけにはいかない」だの「僕が負けたら誰が人類を護るんだ」だのと心の中でほざき、その意気込み一つで新たな力に目覚めてパワーアップしたのだ。


 国会議事堂門前で、アンブレイカーに殺されたかけた大地の時間感覚が引き延ばされた時のような、火事場において普段とは比較にならない力が発揮された時のような、アドレナリンから起因する瞬間的なパワーアップでは断じてない。

 突然天から降って湧いたような、理屈も根拠もない永続的なパワーアップが、大地の手中にあった勝利の二文字を奪い取っていったのだ。


(負けそうだったから覚醒パワーアップしましたなんて冗談じゃねぇぞッ!! んな理不尽、現実に持ち込んでんじゃねぇよッ!!)


 胸の内にうずたかく積み上がった悪態を吐き尽くしたところで、深く、深く、息を吐き出す。


 フォトンホープは唐突に得た力を当たり前のように使いこなしているが、それはあくまでも本能的な話であって、頭ではまだ完全には理解できていない様子だった。

 さっさと畳みかければいい場面なのに、慎重にこちらの出方を窺っているのがいい証拠だ。

 そこに見え隠れする困惑は、付け入る隙とまではいかないまでも、突破口を開く鍵にはなるかもしれない。


(あの光の剣を出している時に、野郎は他の技を使うことができるのかどうか……まずはその辺りから見極めていくか)


 大地は獰猛なまでの前傾姿勢をとりながらも、頭の中ではあくまでも冷静に、勝つための道筋を模索する。


 フォトンホープは、両手で握った光剣を油断なく脇に構える。


 静寂が、さらに深くなる。


 戦いの行く末を見守っていた戦闘員の一人が、緊張のあまり生唾を飲み込んだその時、大地とフォトンホープは全く同時に地を蹴――


「そこまでだ」


 ――ろうとしたところで、淡々とした男の声が耳朶じだに触れ、二人揃ってその場で踏み止まった。

 瞬間、大地とフォトンホープの間を血赤の閃光が駆け抜けていく。

 閃光が通った後の地面は、文字どおり真っ二つに断ち切られていた。

 触れれば切れそうなほどに鋭利な切断面と、覗けば奈落の闇しか見えない斬痕が校庭に刻まれていた。


 大地とフォトンホープは、弾かれたように閃光が飛んできた方角――校舎の方を見やる。

 二人の視線の先には、血のように赤い剣――魔剣クライドヒムを手にしたダークナイトの姿があった。


「任務は果たした。退くぞオーガ」

「ダークナイト……テメェ、いきなりタイマンの邪魔して言うことがそれかよ」

「タイマン? ……ああ、一騎打ちのことか。それならもう諦めろ」

「あぁん? そりゃどういう意味だ?」


 と、凄む大地を無視して、ダークナイトは魔剣を持たない手を真上にかざす。

 直後、


「風よ! 悪しき者に鉄槌を!」


 可憐な少女の叫び声が聞こえたのも束の間、上空から撃ち放たれた風の砲弾を、ダークナイトはかざした掌で容易く受け止め、握り潰した。

 その際に吹き荒れた突風が、風の砲弾の尋常ならざる威力を物語っていたが、


「殺意のない攻撃など児戯にも劣る。愚生の前に立つのであれば、せめて人を殺す覚悟くらいは固めてほしいものだな。ピュアウィンド」


 いつの間にか煌成高校の上空まで来ていた、魔法少女じみたドレスを纏う翡翠色の髪の少女――ピュアウィンドは、ダークナイトの指摘に可愛らしい容貌をしかめた。


「ちッ。二対二ってわけか」


 舌打ち混じりの大地の言葉を、ダークナイトは淡々と否定する。


「いや、二対三だ。アンブレイカーの気配も、こちらに向かってきている」

「はあッ!? そんな話、偵察員からは入ってきて――」


 などと言っている最中さなかに、鬼面に内蔵された通信機から、まさしく偵察員からの報告が入ってくる。


『こちらイーグル! アンブレイカーだ! アンブレイカーが、そちらに向かってるぞ!』


 絶叫じみた報告に、大地は「了解した」とだけ伝え、歯噛みした。


 アンブレイカーが来るなら望むところだ――と言いたいところだが、状況があまりにも悪すぎる。

 アンブレイカーを含めた二対三という状況だけでも大概なのに、大地自身、フォトンホープとの戦いですでにもうかなりの傷を負い、消耗している。

 校庭を真っ二つに断ち、ピュアウィンドの攻撃を素手で受け止めたダークナイトの実力は最早疑いようはないが、だからと言ってこの二対三に勝てる見込みがあるかと言えば、残念ながら「ノー」だと言わざるを得ない。


「……ダークナイト。気配がわかってるってんなら、アンブレイカーがあとどれくらいで到着するのかも、わかってるよな?」

「当然だ。あと一〇分もせぬ内に奴は来るぞ」

「任務は?」

「愚問だな。果たしてなければ、こんなところまで出張ったりはせぬ」


 大地は諦めたようにため息をつくと、大きく息を吸い込み、


「任務は果たしたッ!! ずらかるぞッ!! 野郎どもッ!!」


 突然の撤退命令に驚いたのか、それとも安堵したのか、周囲にいた構成員たちが返した応はまばらだった。


「僕たちがそれを、見逃すと思っているのか?」


 依然として光剣を構えていたフォトンホープが、上空にいたピュアウィンドが、大地たちを睨みつける。

 臨戦態勢に入る若き二人のヒーローに対し、ダークナイトが返したのは下らないと言わんばかりのため息だった。


「愚生の閃刃せんじんを目の当たりにしておきながら、まるで状況が理解できておらぬようだな。?」


 淡々とした問い返しを前に、フォトンホープもピュアウィンドも口ごもる。

 校庭を真っ二つにした血赤の閃光、もとい閃刃は、学校の敷地から飛び出す寸前のところでで消失していた。

 ダークナイトが煌成高校の周囲にある住宅街に被害が及ばないよう、わざと手加減したのは明白であり、ダークナイトが本気を出したら住宅街に甚大な被害が及ぶこともまた明白だった。


 それを理解してしまった時点で、最早若き二人のヒーローには、こちらの撤退を指を咥えて眺めることしかできなかった。


「愚生らも退くぞ、オーガ」


 話は終わりだと言わんばかりに、ダークナイトは二人のヒーローに背を向ける。


「あぁ。たいした手並みだと言いてぇところだが、コードネームの割には騎士道精神もへったくれもねぇやり口だな」

騎士道精神そんなものでは何も救えぬことを知っている。それだけだ」


 そう言い捨て、立ち去っていく。

 大地はフォトンホープを横目で一瞥し、確かな手応えと、如何ともしがたい敗北感を己に刻みつけてから、転送ポイントである校舎の中庭まで撤退する。

 中庭では、隠密輸送艇アオス・シの転送装置に座標を送るワープビーコンにつどった構成員なかまたちが、大地の命令どおりに次々とアオス・シに転送ワープしていた。


 大地は通信機で、戦闘員、救護員、偵察員全員の撤退が完了したことを確認すると、ワープビーコンを操作して四五秒後に自爆するようセット。

 最後まで残っていたダークナイトともにアオス・シに転送し、煌成高校から離脱した。

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