第17話 迷い
校舎の屋上で《ディバイン・リベリオン》が完全に撤退するのを確認した
「誠司くん……」
傍にいたピュアウィンドが気遣わしげな声をかけてきたので、誠司はオーガに殴られた脇腹の痛みを
「
思わずといった風情で、ピュアウィンド――
「ふふっ。誠司くんそれ、わざと言ってるでしょ?」
「そんなことはないよ」
と、わざとらしく惚けると、陽花は楽しそうにクスクスと笑ってくれた。
やっぱり、陽花ちゃんには沈んでいる顔よりも笑顔の方がよく似合う――とは、気恥ずかしくて言葉にはできなかった。
誠司の光の力は生まれながらで、陽花の風の力は女神の加護を受けて得ているため由来は違うが、超自然的な力を操るという点では同じ。
そうした共通点がある上に同い年だということもあってか、誠司と陽花は見ていて微笑ましいほどに仲良しだった。
また二人は、お互いに正体を隠しているという点でも共通していた。
誠司も陽花も、もともとは髪も瞳も黒色だが、女神が用意してくれた変身ペンダントのおかげで、ヒーローとして活動する際は別人のような姿に変わっている。
女神にとっては無関係に等しい誠司に変身ペンダントを用意してくれるよう陽花が頼み込んだことからも、二人の仲の良さが窺い知れることはさておき。
現在、東京都内を主な活動地域としているヒーローの中で、アンブレイカーただ一人だけが正体を隠すことなく、公私ともに名前も姿もそのままで活動していた。
そんなアンブレイカーの振る舞いは、本当に凄いことだと誠司は思う。
正体を曝け出して活動しているヒーローは往々にして、公私関係なしに
そんな状況にあってなお、自分の身だけではなく、戦う力のない人々をも護りとおすアンブレイカーのことを、誠司は心の底から尊敬していた。
「あ……」
不意に、陽花が空を仰ぎ見る。
「どうしたの? 陽花ちゃん」
「アンブレイカーさんが来たみたい」
噂をすればと言うべきか、どこからともなく飛んできた、ボディスーツに身に纏ったトップヒーロー、アンブレイカーが二人の傍に着地した。
陽花と違って風の力があるわけでもないのに、純粋な脚力だけで空高く飛び上がり、純粋な技術だけでほとんど音を立てることなくこの屋上に正確に着地したアンブレイカーは、やはり凄い人だと誠司は改めて思う。
アンブレイカーは、彫りの深い容貌をこちらに向け……どうやら陽花には気づかれなかった誠司の負傷に気づいたらしく、彼の鋭い視線が束の間こちらの脇腹を見つめる。が、場の雰囲気だけで陽花には黙っていることを察してくれたらしく、すぐに視線を外してくれた。
「すまない二人とも。遅くなってしまった」
開口一番
「い、いえッ。いくらアンブレイカーさんでも、東京全域を完璧にカバーするなんて無理な話ですから」
「わたしがギリギリ間に合ったのも、わたしの学校が煌成高校から比較的近かったおかげですしっ」
「そう言ってもらえるのは有り難いが、私が間に合わなかったのは純然たる事実だ。この埋め合わせは、近いうちに必ずさせてもらおう」
「う、埋め合わせだなんて!」
「わたしたちは気にしてませんからっ」
誠司と陽花は必死に固辞するも「いや、そういうわけにはいかない」と、こんな場面でもアンブレイカーは〝鋼のヒーロー〟ぶりを発揮し、結局押し切られる形で二人とも了承してしまう。
「しかし、《ディバイン・リベリオン》が国会議事堂に続いて、フォトンホープが通う学校を狙ってくるとはな」
考え込むように顎に手を当てるアンブレイカーに、誠司は応じる。
「あくまでも向こうの反応を見た限りの話になりますが、学校を占拠してすぐに僕が現れたことに驚いている様子だったので、僕がいるからという理由で、この煌成高校を狙ったわけではない感じでした」
「だとしたら、どうして《ディバイン・リベリオン》は
さすがにアンブレイカーの前で本名で呼び合うのはよくないと思ったのか、陽花は慌てて言い直しながらも訊ねる。
アンブレイカーも誠司と陽花の本名を知っているため、うっかり漏らしたところで何の問題もないのだが、先輩ヒーローの手前、そういった気の緩みを見せるのはよろしくないと陽花は考えているようだ。
そんな彼女の心中を察したのか、アンブレイカーは言い直しについては触れることなく話を続けた。
「《ディバイン・リベリオン》が東京を潰そうとしているという噂については、今までに捕まえた構成員からも似たような証言を得ているため、国会議事堂の事件も、今回の事件も、そのためにやっていると考えるのが妥当なのだろうが……。これまでの奴らの活動を鑑みると、東京を潰すという話自体が、真の目的を隠すための欺瞞工作という線も捨てきれない」
「そう思わせておいて、本当に東京を潰すことが目的だという線も、捨てきれないと思います」
陽花の発言に、アンブレイカーは深く頷く。
「《ディバイン・リベリオン》のアジトを発見できれば話は早いが、尻尾すら掴めていない現状を考えると望みは薄いと言わざるを得ない。だから我々にできることは、あらゆる事態を想定し、迎え撃つこと。それだけだ」
後手に回るしかない現状に、悔しげに拳を握り締める誠司をよそに、アンブレイカーは言葉をつぐ。
「《ディバイン・リベリオン》の動きに呼応しているのか、全国のエネミーの動きが活発化したことで他のヒーローの応援が期待できない以上、我々三人の力でこの危機を乗り越えるしかない。君たちの力、これからも当てにさせてもらうぞ」
「はいッ!」
「……はい」
揺るぎない返事をかえす誠司とは対照的に、陽花の返事はどこか弱々しかった。
「どうしたの? 陽花ちゃん」
心配になった誠司は、つい本名で訊ねてしまう。
陽花は、先程の返事よりも弱々しい笑みを浮かべると、
「ちょっと……わたしなんかの力が、本当に二人の助けになるのかなって……思って……」
「なんで急にそんなこと――……」
言いかけて、思い出す。
陽花がダークナイトに言われた言葉を。
『殺意のない攻撃など児戯にも劣る。愚生の前に立つのであれば、せめて人を殺す覚悟くらいは固めてほしいものだな。ピュアウィンド』
ダークナイトは陽花の攻撃を素手で易々と受け止め、そう言った。
どうやら陽花は、そのことを気にしているようだ。
「わたしは二人と違って、エネミーを殺してまで止めようという覚悟がないから……」
「それは、陽花ちゃんが優しいからで――」
「違うっ! わたしは……わたしは自分の手を汚すことが恐いだけ……。そんなだから……ダークナイトに心の弱さを見透かされた……」
現場に到着してまだ詳しい状況を聞いてなかったアンブレイカーが、ダークナイトの名が出てきたことにわずかに片眉を上げる。
今さらながらアンブレイカーに何の説明もしていないことに気づいた誠司は、平謝りしながらも、この煌成高校で起きたことを全て話した。
「オーガのことも気になるが、今はこちらだな」
アンブレイカーはそう前置きしてから、陽花に言う。
「ピュアウィンド。今の話を聞いた上で、私から言えることは一つだけだ。君はそのままでいい」
「……え?」
アンブレイカーの意外な言葉に、誠司も陽花もきょとんしてしまう。
「君は自分の手を汚すことが恐いと言っているが、それは半分嘘だな。先程フォトンホープが言いかけたとおり、君は本当に優しいヒーローだ。エネミーでさえも、極力傷つけないよう気遣うほどにな。理想と現実の違いを弁えているから口に出すような真似はしていないが、実際のところ君は、私やフォトンホープに対しても、エネミーを殺すのはできればやめてほしいと思っている。違うか?」
まさか――と誠司は思うも、陽花の性格を考えれば、むしろその方が自然なのかもしれないと思い直す。
しかし、当の陽花は今の問いを肯定するのは「違う」と考えているらしく、答えることなくただ俯いていた。
「ピュアウィンド。先に断っておくが、別に君の考え方が悪いと言っているわけではない。むしろ君の考え方は何よりも正しいと、このアンブレイカーが保証しよう」
「ですが……やっぱり、戦いの場においては、わたしの考え方は間違っていると思います。わたしのワガママのせいで、二人は勿論、護るべき人たちを危険に晒すわけにはいきませんから」
「いや、君の考え方も
「殺さない……覚悟?」
「そうだ。エネミーを殺さなかったことで、味方や民間人に危害が及ぶのを恐れるのであれば、殺すことなく完璧に無力化する
どこまでも揺るぎないアンブレイカーの物言いに、陽花だけではなく、傍で聞いていた誠司も息を呑んでしまう。
「ヒーローをやる上で最も大切なことは、己が戦う理由を貫き通すという信念だと、私は考えている。逆に最もやってはいけないことは、ほんのわずかでも迷いを抱えて戦いに臨むことだ。迷いは戦う力を
アンブレイカーは陽花を真っ直ぐに見据え、言葉をつぐ。
「ピュアウィンド。君がヒーローとして戦うことを、戦う力を持たない人たちを護ることを望むであれば、迷いを捨てて、エネミーを殺さない覚悟を固めろ」
そんなアンブレイカーの言葉に応えようと、陽花は口を開きかけるも、どうやらまだ何か、例えば自信のようなものが足りないのか、返答をかえすことはできなかった。
そんな彼女の背中を押してあげたいと思った誠司が、二人の会話に割って入る。
「アンブレイカーさん。さっき言ってた埋め合わせの件ですが、今お願いしてもいいですか?」
「勿論構わないとも」
「それなら、アンブレイカーさんの信念を……戦う理由を、僕と陽花ちゃんに教えてくれませんか?」
「私の信念を、か。いいだろう。だが、そうだな……今からちょうど一週間後に、
誠司は陽花と顔を見合わせる。言葉を交わすまでもなくお互いの考えがわかった二人は、揃ってアンブレイカーに首肯を返した。
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