第11話 新たな任務

「今回の任務について説明する」


 アジトのブリーフィングルームにて、椿はいつものつっけんどんとした物言いで、長机両端の席につく大地とダークナイトに告げる。

 椿と同じ三幹部のダークナイトだけではなく、大地までこの場にいるのは、今回の任務において彼がダークナイトの副官を務めることになったがゆえのことだった。


 おそらくは、国会議事堂での戦いぶりと、生体サイボーグになった力を評価されての抜擢だろうが、正直椿としては色々と心配で仕方ない。

 およそ社交的とは言い難いダークナイトと――前の副官はそのせいで心労が重なり、胃に穴が空いて戦線離脱を余儀なくされた――大地は上手くやれるのか、とか。

 生体サイボーグ化したことに加えて、副官に抜擢されたことで、大地が調子に乗ったり無茶したりしないか、とか。

 そういった心配が。


 そんな心中をどうにかこうにか押し殺しながらも、目の前に設置してあるコンソールを操作して、壁に埋め込まれたディスプレイに都内の地図を映し出す。


「今回君たちには、ここ……煌成こうせい高校を占拠してもらう」


 言いながら地図を拡大し、住宅街のど真ん中に「煌成高校」と表記したマーカーをつける。


「目的地までの移動は隠密輸送艇アオス・シを使用。戦闘員、救護員、偵察員の選定はダークナイト。あなたに任せる」


 ダークナイトが、「承知」と短く応じる。


 今、椿の口の端に上った隠密輸送艇アオス・シとは、組織の足として彼女が開発した飛行艇を指した言葉だった。


 一度に一〇〇人の人員を運ぶことができ、隠密の名を冠しているとおり、機体にはアジトと同じ光学迷彩に加え、あらゆるレーダーを欺瞞する機能が組み込まれている。

 そのため移動の際は、人の目にも機械の目にも触れることはない。

 また乗り降りは転送ワープ装置――これもまた椿が開発した――を使うことで、高度五〇〇〇メートルまでなら滞空したままの状態で地上と行き来することができる。


 椿個人としては、超長距離ワープの理論がいまだ確立できないせいで、折角の転送装置がこんな中途半端な形でしか運用できない現状に、忸怩じくじたる思いを抱いていることはさておき。


「別動隊の工作員が学校敷地内に潜入し、ワープビーコンを設置。その後でわたしがアジトから煌成高校内にいる全ての人間の携帯電話をジャックし、合成音声を使って学校を占拠する旨を伝え、三〇分以内に敷地の外に退去するよう勧告する。続けて、ダークナイト、オーガ、アオス・シ乗組員を除いた全ての構成員を敷地内に転送。好奇心で居残る阿呆が現れないよう、適度に恐怖を煽って追い出してやれ」


 ダークナイトが再び「承知」と応じるのをよそに、大地は頭の後ろで両手を組みながら、水を差すようなことを言う。


「了解はしたが、毎度のことながら人質に使えそうな連中を敷地の外に逃がしてやるとぁ、お優しいこったな」

「わたしたち《ディバイン・リベリオン》は、確かに世間から悪というレッテルを貼られているが、だからといって悪に成り下がるつもりはないということだ。勿論、世間が正義だのヒーローだのと持て囃している存在に成り下がるつもりもな」

「ゆえに、こちらの勧告を無視し、刻限を過ぎてなお敷地内に留まっていた者には一切容赦はせぬ。そもそも覚悟をもって残った者に対しては、容赦をする方が無礼だからな」


 椿の言葉を引き継ぐように、ダークナイト。

 大地は「テメェには聞いてねぇ」と言わんばかりの視線をダークナイトに送った後、椿に訊ねる。


「なら、覚悟もないくせに、うっかり残っちまった奴に対しては?」

「勿論、容赦する必要はない。事が起きているのに何もしないことがどれほど罪であるのかを、その身をもって思い知ってもらうまでだ」


 話をしている内に、奴らのせいで死んでしまった両親のことを思い出してしまい、声音に憎悪の熱が籠もってしまう。が、頭まで熱気にあてられていなかったので、わざとらしくため息をついて熱を冷ましてから、大地に言った。


「そういうわけだからオーガ。わたしを試すような真似をするのはやめろ。わたしとて、何の覚悟もなく《ディバイン・リベリオン》に入ったわけではない」


 大地は「バレたか」と肩をすくめた。


「オマエが根っこじゃ優しい奴だってことは、よ~く知ってるからな。試したくもなるっての」

「優しい云々に関しては、君にだけはとやかく言われたくないな。戦闘員の中に、怪我人が出たら率先して救護員のもとに運んでくれる優しい鬼がいるという話は、わたしの耳にも届いているぞ」

「そりゃ向こうが勝手に良いように解釈してるだけだ。実態は、動けねぇ奴が戦場に転がってると邪魔だから端にどかしたってだけの話だからな」

「といった具合に照れ隠しを言うところは相変わらずだな」


 揶揄するように指摘してやると、大地が「ぐぬッ」と口ごもった。

 図星を突けたことを確信し、得意げな笑みを浮かべていると、


「カーミリア。そろそろ話を進めてはくれぬか」


 ダークナイトに淡々と注意され、自分も口ごもるハメになってしまう。

 大地がいるからといって、少々気を緩めすぎたことを反省する。


「すまない、ダークナイト」


 即座に謝り、大地にも謝るよう睨みつけるも、


「なぁ、カーミリア。学校を占拠した後は、いつもどおりその場を死守ってことでいいんだよな?」


 どうやら大地は謝る気がないらしく、何事もなかったように脱線していた話を戻そうとする。

 ここでまた言い争ってしまっては元の木阿弥なので、諦めたようにため息をついてから質問に答えた。


「ああ。ダークナイトが任務を完了させるまでの間な」

「その辺もいつもどおりだな。つうか、前々から気になってたんだけどよ。グランドマスターはいったい何のために、オレたちに議事堂やら学校やらを占拠させてんだ?」


 その問いに対し、椿は同じ三幹部であるダークナイトに「話してもいいか?」と目配せをする。

 ダークナイトは数瞬黙考してから首肯を返してくれた。


 その一方で、大地が微妙に面白くなさそうな顔をしていたので、「くな阿呆」とジト目を送りながらも訊ねる。


「その問いに答える前に、一つ訊いておきたいことがある。君がまだ戦闘員をしていた頃、他の構成員たちは今行なわれている任務について、どう思っていた?」

「オレもそうだったが、組織に入る際は全員、グランドマスターから『其方そなたに、日本の中枢たる東京をこの世から消す覚悟はあるか?』なんて、ぶっ飛んだ質問をされてるからな。そのための任務だろうってくらいの推測はしていても、議事堂やらの占拠とはどうしても結びつかねぇから何とも言えねぇって意見が大半だな」


 余談だが、現状グランドマスターとの目通りが許されているのは三幹部のみなので、くだんの質問をされた者は全員「どこにも姿が見えないのにグランドマスターの声だけが脳内に響く」という、別の意味でぶっ飛んだ体験をしている。

 当時のことを思い出しているのか、大地の目は心なしか遠くなっていた。


 下の者たちが、ちゃんとグランドマスターの言葉を肝に銘じていることを聞けて満足した椿は、一つ頷いてから大地に言う。


「それだけわかっていれば充分だ」

「つうことは、今までの任務はマジで東京を消すためにやってたってことか?」

「ああ。より正確に言えば、そのための準備を整えるためにな」

「となると、下っ端連中に任務の目的について具体的に教えなかったのは、表の連中に捕まった場合に備えた悪足掻きってところか」

「嫌な言い方だが、概ねそのとおりだ」


 言葉どおり嫌そうな顔をしながらも認める。


 過去に捕まった構成員が自白したせいかどうかはわからないが、《ディバイン・リベリオン》が東京を潰そうとしているという噂は、今やすっかり流布されてしまっている。

 その上、全ての構成員がくだんのグランドマスターの問いを受けている以上、構成員たちに任務の目的を教えないことなど、大地の言うとおり悪足掻きにしかならないことは椿も重々承知していた。


 だがその悪足掻きに、前回の任務――国会議事堂を占拠した時のように、政府要人を殺すわけでもなければ人質にとるわけでもなく、本当にただ建物を占拠するという行為をかけ合わせることで、表社会の者たちに「《ディバイン・リベリオン》は本当に東京を潰すことが目的なのか?」「他に目的があるのではないか?」という疑念を抱かせることができる。

 その疑念がある以上、ヒーローも、警察も、自衛隊も、あらゆる事態を想定し、備える必要が出てくる。

 そのために人員、時間、金、などのリソースを割かせることができるのは決して小さいことではない。


 椿たち三幹部とグランドマスターが構成員たちに任務の目的を教えないことに決めたのも、そうした狙いがあってのことだった。


「で、グランドマスターは何で東京を消そうとしてんだ?」

「その問いについては今は答えられない。三幹部わたしたちといえども、勝手に話すことは許されていないからな」

「さすがに駄目か。まぁ、聞かなくてもなんとなく想像はつくけどな」


 大地の言葉を意外に思ったのか、黙って話を聞いていたダークナイトが口を挟んでくる。


「ならば聞かせてもらおうか。その想像とやらを」

「さっきカーミリアが言った『わたしたちから見た悪に成り下がるつもりはない』って言葉に嘘がねぇなら、組織の目的がただ東京を消すことじゃねぇってことは自明だろ。なら、東京を消すほどの力を何に使うかって考えたら、ソイツをちらつかせることで政府に何かしら要求なり脅迫なり突きつけるくらいしかねぇのもまた自明だ。まぁ、オレの想像もつかねぇような目的でやってる可能性がないとは言い切れねぇから、そっち方面が答えだった場合はお手上げだけどな」


 肩をすくめる大地に、ダークナイトはわずかに目を見開かせた。

 椿は知らず自慢げな微笑を頬に浮かべながらも、ダークナイトの代わりに答える。


「当たらずとも遠からず、とだけ言っておこう」


 その返答に大地は満足げな顔を見せるも、すぐにさらなる質問を浴びせてくる。


「ちなみにだが、東京を消すための準備ってのは具体的に何をやってんだ?」

「勉強嫌いなくせに、知りたいことに対しては貪欲なところは相変わらずだな」


 呆れたように言いながらも、そのことについてはブリーフィング中に話すつもりでいたので、椿は再びダークナイトに目配せを送る。

 首肯で応じた彼は、懐からを取り出した。


「そいつは……」


 ダークナイトが摘まんでいる、長さ一〇センチ程度の光輝く〝釘〟を見て、大地は目を丸くする。


「今ダークナイトが持っている〝釘〟には、グランドマスターの力が凝縮されている。その〝釘〟を決められた地点、決められた時刻に打ち込むことで、東京をまるごと消滅させる威力を有する、グランドマスターの秘術を発動させるのに必要な準備を整えることができるというわけだ」

「グランドマスターの秘術ってことは、グランドマスター一人で東京を消せるってことだよな……マジか?」

「マジだ」


 即答する椿を見て嘘ではないと確信したのか、大地は頬を引きつらせた。


「すげぇな、オレらの大将」

「何を今さら」


 と、素気なく返しつつも、大地にはグランドマスターの凄さを、ダークナイトには大地の凄さの一端を知ってもらえたことを、椿は内心嬉しく思う。


 その後は、任務について細かい部分を詰めていき……ブリーフィングが終わったところで、三幹部同士でまだ話があるからと大地を部屋から追い出した。

 例によって面白くなさそうな顔していたので、今度は直接「妬くな阿呆」と小声で言ってやった。


「して、カーミリア。話とは?」

「先程追い出した…………オーガについてだ」


 なぜか「先程追い出した」の後に、妙に長い沈黙を挟んでしまう。

 なんでそんなものを挟んでしまったのかは、椿自身にもわからなかった。


 そのせいなのかどうかはわからないが、ダークナイトの表情が、どことなく、なんとなく、不快そう――というか、面白くなさそうな感じに見えるのは気のせいだろうか?

 それこそまるで、先程の大地のように。


(……阿呆か。わたしは)


 大地とダークナイトとでは、容姿も性格も違う。三幹部の中で最も冷静沈着な彼が、大地と同じ阿呆面を晒すわけがないと断じ、話を続けた。


「あの阿呆の態度が、あまりにもわかりやすすぎるから白状するが、わたしとオーガは旧知だ。だからというわけではないが……いや、だからというわけではあるか……」


 などと散々しどろもどろしてから、訥々とダークナイトにお願いする。


「私情が入っていることは重々承知しているが……あの阿呆は見た目どおり、平気で無茶をやらかす手合いでな。だから……次の任務ではオーガのこと、よろしく頼んでいいか?」


 答えは、すぐには返ってこなかった。

 自分でも言ったとおり私情が入っていることは重々に承知していたので、もしかしたらそのせいでダークナイトを怒らせてしまったのではないかと思い、顔に出すことなく内心ビクついていると、


「此度の任務において、オーガは愚生の副官。面倒を見るなど、頼まれるまでもない話だ」


 思わず、安堵の吐息をついてしまう。

 思わず、微笑を漏らしてしまう。


「ありがとう。ダークナイト」

「礼を言われるほどのことではない。それより、いつまでもこんなところで油を売っていてよいのか?」

「……よくないな」


 ダークナイトの指摘に、椿はため息を返した。


 裏方の椿は、任務時よりも任務前の方がやることが多い。

 彼の言うとおり、いつまでもこんなところで油を売っていられるほど暇ではない。

 任務に従事する構成員たちのパワードスーツの調整や、隠密輸送艇アオス・シの整備など、やるべきことは山積していた。


「すまない。失礼させてもらう」


 挨拶もそこそこに部屋を出ていく。

 一人残されたダークナイトは、


「わかりやすい態度をしているのは貴女の方だ。カーミリア」


 先程の椿よりもはるかに深い、ため息を吐き出した。

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