第3話 悪の組織

《ディバイン・リベリオン》。

 それは、盟主グランドマスターを筆頭に、三幹部と、二〇〇〇人からなる構成員を擁した、日本でも有数の巨大エネミー組織だった。


 アジトは関東某所の山中に存在し、その機械的な威容たるや要塞と呼ぶにふさわしく、自衛隊はおろかヒーローでさえも、一目見ただけでそう簡単には攻め落とせないことを悟るだろう。

 もっともアジトは常時光学迷彩が施されているため傍目からはただの山にしか見えず、組織の息のかかった人間が周囲の山々もろとも土地を購入しているため、そもそも一目見ること自体がそう簡単にはいかない案配になっていた。


 そのアジトの中。外装と同じく機械的な内装をした幹部専用の通路を、一人の女が早足に歩いていた。


 腰まで届く髪は濡れ羽のように黒く、長い睫の下に隠れた瞳もまた髪と同じ色をしていた。

 一八という年齢よりも少し幼く見える、化粧っ気のない美貌はどこか憂いを帯びており、そのせいか、醸し出される雰囲気は触れれば崩れそうなほどに儚げだった。

 かと思えば、身体を彩る女性的な曲線は、その身に纏っている白衣の下からでもわかるほどに豊かで、身長も同年代の平均よりも少しばかり高いため、儚さとは対極の印象も受けてしまう。


 そんな、どこか両価的な印象を受ける彼女のコードネームは、カーミリア。


 内外ともに機械的に仕上がっているこのアジトも、アジトを隠す光学迷彩も、戦闘員たちが着ているパワードスーツも、全ては彼女の頭脳の産物。

 素の戦闘力は一般人にすら劣るものの、その天才的な頭脳によって産み出されたオーバーテクノロジーの数々は、《ディバイン・リベリオン》という組織を足元から支えている。

 盟主グランドマスターと同様、表社会においてはその存在が謎に包まれているせいもあってか、盟主の次にヒーローたちに警戒されている三幹部。

 それがカーミリアだった。


 しばらく歩き、通路の終着点となる両開きの扉の前で足を止める。

 扉の上部に備えつけられたカメラが、カーミリアを頭の天辺から爪先までスキャンすると、数秒と経たずして扉が左右に開いた。

 身体の内外をスキャンし、データに該当する人物――盟主と三幹部にのみ扉を開く仕組みになっている生体認証。

 これもまたカーミリアが開発したものだった。


 扉をくぐるとこれまでの機械的な内装とは打って変わり、西欧の神殿めいた空間が視界に拡がる。

 部屋というには少々大きく、広間と呼ぶには少々物足りない広さをしており、奥にある小舞台の中央には、玉座にも似たおごそかな座具が設置されていた。

 ひじりと呼ばれる、盟主と三幹部が会合に使う小広間だった。


「グランドマスターとダークナイトは、まだ来てないか」


 凜々しくも可憐な声音とは裏腹の、つっけんどんとした物言いで独りごちる。

 口に出したコードネームは、前者は言わずもがな、後者は三幹部最後の一人のものだった。


「いや、まだ来ておらぬのはグランドマスターだけだ」


 突然背後から、やけに古風な言い回しをした男の声が聞こえ、心臓が飛び跳ねそうになる。

 曲がりなりにも三幹部である以上、情けない悲鳴を上げるわけにはいかないと思ったカーミリアは、喉元まで出かけたものをどうにかこうにかこらえ、振り返る。


 背後には、雪のように真白い髪と、野生の狼を思わせるほどに鋭い金色の瞳をした男が立っていた。

 カーミリアよりも頭一つ以上高いその身は漆黒のコートに包まれており、右の腰には騎士剣が下げられていた。


 ここまでくれば最早言に及ばない。

 カーミリアの眼前にいる男のコードネームは、


「ダークナイト。いつも言っているが、気配を殺して背後に立つのはやめてくれ」

「それはすまぬ。普段は気をつけるようにはしているのだが……さすがに今は、どうにもな」

「今は、か。……そうだな」


 隠しようのない悲哀を滲ませながら、吐き捨てるように言葉をつぐ。


「デストロイヤの阿呆が。死ぬまで戦う奴がどこにいる」


 昨日、《ディバイン・リベリオン》が起こした国会議事堂占拠事件で、三幹部の一人であるデストロイヤがヒーローたちとの戦いに敗れ、命を落とした。

 彼とともに戦った戦闘員たちもその多くが命を落とし、運良く死なずに済んだ者も、捕まって警察病院にぶち込まれている。


 唯一の救いは、デストロイヤたちが命を賭して戦ってくれたおかげで、当初の想定よりも多くの構成員なかまがアジトに帰還できたこと。それだけだった。



「その件については、我の方から謝罪しよう」



 どこからともなく老爺の声が聞こえてきたのも束の間、小舞台の方から鮮烈な光が生じる。

 光が収束するのに合わせて小舞台を見やると、そこには、誰もいなかったはずの座具に腰掛ける老爺の姿があった。


 ヒマティオンに似た白色の一枚布を身に纏っているせいか、髪も髭も完全に色褪せているせいか。

 西欧の神を想起させる容姿をした老爺は、沈痛な面持ちで言葉をついだ。


「デストロイヤが逝った責は我にある。すまなかった二人とも」

「グランドマスター……!」


 カーミリアたちは背筋を但し、《ディバイン・リベリオン》の創設者にして盟主である老爺に向き直る。


「次に〝地点に国会議事堂が含まれることがわかった時点で、犠牲は避けられないこともわかっておった。その上で、我はデストロイヤに此度の任務を任せた」

「だから全てあなたの責任だと? それはさすがにお一人で背負いすぎです」


 カーミリアの言葉に、ダークナイトは首肯で同意する。


「責があるという点では、この愚生ぐせいも同じ。議事堂に〝釘〟を刺す任務を任されたデストロイヤに比べて、愚生が任された地はただの私有地。もっと手早く済ませてデストロイヤの救援に向かっていれば、結果は変わっていたやもしれぬ」

「それでもじゃ。この組織をつくり、を進めているのは他ならぬこの我。そこからくる責の全ては、我が背負って然るべきじゃ」


 どこまでも責任という重圧から逃げようとしない盟主に敬意を抱きながらも、カーミリアは言う。


「ならばせめて、仲間を失った悲しみはわたしたちにも背負わせてください」

「勿論じゃ。我らが組織きって勇者に、勇者とともに散った者たちに黙祷を」


 そう言ってグランドマスターは瞑目し、祈りを捧げる。

 カーミリアとダークナイトも彼に倣って瞑目し、祈りを捧げる。


 デストロイヤは、この地球から数千光年離れたところにある、ゴルディアットと呼ばれる星に住んでいた異星人だった。

 身長が三メートルを超えているのも、体皮が青黒いのも、単純に別の星の知的生命体だからというだけの話だった。

 もっともその外見のせいで、星の寿命で母星を失って地球を訪れたデストロイヤは問答無用で外敵扱いされてしまい、ここまで苦楽をともにしてきたゴルディアットの仲間たちを皆、殺されてしまった。


 でかい図体ながらも必死に逃げ回っていたデストロイヤを、グランドマスターが同志として迎え入れたのが二年前。

 四年前に組織入りしたカーミリアにとっては後輩だが、デストロイヤの方が倍以上長く生きているせいか、その大きな身体に負けず劣らず器が大きいせいか、むしろ自分の方が後輩だと思わされることが度々あった。


 そんなことばかりが脳裏をよぎるため、どうしても、否が応でも、瞳の奥から込み上げてくるものを感じてしまう。

 しかし、ここで泣いてしまってはデストロイヤに笑われてしまう気がしたので、カーミリアはさらにきつく瞼を閉じることでなんとかこらえた。


「さて……」


 暗に黙祷の終わりを告げるグランドマスターの声が聞こえたので、カーミリアとダークナイトは瞼を上げる。


其方そなたらを召集したのは、デストロイヤの件だけではない。一つ、其方らに伝えておきたい話があって呼んだのじゃ」

「話とは如何様いかような?」


 訊ねてくるダークナイトに、グランドマスターは頷いて返し、


「兼ねてより打診していた、日本全国にいる主立った組織との折衝に成功した」


 組織とは《ディバイン・リベリオン》と同様、世間から悪のレッテルを貼られた、エネミーの集団を指した言葉だった。


「これにより、全国各地にいるヒーローたちは他の組織が抑えてくれる手筈になった。よって我々の敵は、アンブレイカー、フォトンホープ、ピュアウィンド……都内にいるこの三人に絞られたというわけじゃ」

「アンブレイカー……!」


 名前を聞いただけで憎悪を露わにするカーミリアをなだめるように、ダークナイトが彼女の肩に手を置く。


「落ち着け、カーミリア。デストロイヤにトドメを刺したのは、アンブレイカーだと聞く。あの男を憎く思っているのは、最早貴女一人だけではない。ただ、それとは別に……」

 言いながら、グランドマスターに視線を移す。

「フォトンホープ……あの少年の力は、?」

「実際に会ってみないことには断定できないが、おそらくはのう」

「だが、たとえ同じ力であっても、その力は貴方の方が断然上。そうだろう?」


 ダークナイトの問いに、グランドマスターは首肯を返した。


「フォトンホープが我ほどの使い手であったならば、それこそ会うまでもなくことができるはずじゃからのう」


 言い終わると同時に座具から立ち上がり、カーミリアたちに向かって厳かに告げる。


「次の〝釘〟を刺す地点を特定するまで、今しばらく時を要する。デストロイヤを筆頭に多くの同志を失った手前すぐに行動を起こせないのは歯痒いじゃろうが、今は雌伏しふくの時だと思うて耐えてくれ」

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