第2話 正義の味方

 肩をすくめるセブンに、大地が文句を言おうとしたその時、


「フォトンウェーブ!」


 少年の叫び声が聞こえたのも束の間、極太のビームを想起させる光の奔流フォトンウェーブが自衛隊を追い立てていた戦闘員たちを呑み込み、そのまま装甲車に直撃する。

 ほどなくして光の奔流は収束し、消失した後の地面には、大勢の戦闘員たちが倒れ伏していた。


 パワードスーツには灼け跡一つついておらず、直撃を受けた装甲車も無傷。

 信じられないことに、光の奔流が灼いたのは戦闘員たちの肉体だけだった。


 はるか前方――光の奔流の発射点を見やると、こちらに向かってかざしていた掌をゆっくりと下げる、十代半ばくらいの少年の姿が目に映る。

 光輝く金髪と碧い瞳、異性受けしそうな童顔が目を引く、西洋の法衣にも似た真白い装束に身を包んだ少年だった。


 彼の名はフォトンホープ。


 フォトンエナジーと呼ばれる光のエネルギーを自在に操る正義の味方――所謂ヒーローと呼ばれている人種だった。


 そしてもう一人。


「ひどい……」


 死傷した自衛隊員たちの有り様を見て言っているのか、痛ましげな少女の声が聞こえてくる。

 背中にかかる髪も、クリッとした瞳も翡翠の色をしている、童顔という点でも十代半ば程度という点でもフォトンホープと共通している、可憐な少女だった。


 魔法少女を思わせるフリフリのドレスを纏っているせいで、この場においては誰よりも場違いな印象を受けるが、彼女がその見た目どおりに魔法じみた力を行使できるのは周知の事実のため、本当に場違いだと思う者はこの場においては一人もいなかった。


「風よ。自衛隊のみなさんを安全なところへ」


 彼女がそう命じると、可視化された翡翠色の風が死傷した自衛隊員たちを、大地とセブンが二人がかりでなんとか持ち上げた装甲車を、まとめて持ち上げ、ゆっくりと、優しく、後方へ運んでいく。


 彼女の名は、ピュアウィンド。


 女神の加護を受けて得た風の力を人助けのために使い、エネミーが相手でも極力傷つけないよう気遣う、良く言えば優しい、悪く言えば甘い、少女ヒーロー。


 都内を中心に活動し、《ディバイン・リベリオン》と度々衝突してきたのヒーローの内の二人が姿を現したことで、議事堂前は一気に静まりかえる。

 自衛隊を圧倒して調子づいていた戦闘員たちも、年端もいかぬ少年少女が見せた超常の力を前に尻込みしていた。


「こっちで言えばデストロイヤみたいに、大抵のヒーローは人間をやめてるか、ってことはわかっていたつもりだったが、実際に相対してみるとやばいなんてものじゃないな。アレは」


 セブンが、二人のヒーローに視線を固定したまま話しかけてくる。

 大地もまた、視線をヒーローたちから目を逸らすことなく首肯を返した。


「とはいえ、あの二人は中~遠距離戦が主体だ。懐に飛び込めりゃ、フォトンホープの方はなんとかなるかもしれねぇ」

「ピュアウィンドは?」

「空飛ばれてるから、どうしようもねぇな。まぁ、さすがにオレも女を殴る趣味はねぇから、むしろ飛ばれっぱなしの方が助かるが」

「ほんとお前、そういうところが甘いというかなんというか」

「うるせぇ。つうか連中、なんで仕掛けてこねぇんだ?」

「さてな。自衛隊が完全に撤退するのを待ってるんじゃないのか?」

「あぁ、確かにそれはありそうだな」


 得心したところで、ふと疑問に思う。

 向こうが待っているのは、本当にそれだけなのか?――と。


「現れたヒーローは……つうことは、連中が本当に待ってるのは――」


 言いかけて、目を見開く。

 視界に映ってしまったのだ。

 後退する自衛隊員をかき分けながら、一歩一歩踏みしめるようにゆっくりとこちらに近づいてくる、一人のヒーローの姿が。


 オールバックの髪も、瞳の色も黒いが、彫りの深い顔立ちと二メートル近い身長が日本人離れしている、鍛え抜かれた肉体にフィットしたボディスーツを身に纏った男。

 年齢はフォトンホープとピュアウィンドに比べて一回り近く上をいっているせいか、貫禄という点では二人とは比較にならない。

 そして戦闘力という点においても、都内どころか、日本にいる全てのヒーローの中でも最強の一人に数えられる、《ディバイン・リベリオン》最大の敵。


 その敵の名は、アンブレイカー。


〝鋼のヒーロー〟という異名そのままの肉体と、超人的な身体能力を有する、シンプルに強すぎるヒーロー。


 若い二人のヒーローには持ち得ぬ威圧感を前に、さしものセブンも息を呑んでしまう。

 一方大地は、額から冷汗を垂らしながらも口の端を吊り上げていた。


 なぜなら、このアンブレイカーこそが、を泣かせたヒーローだから。

 ぶっ殺す――そう思いながら、アスファルトを蹴ろうとした刹那、


「!?」


 いつの間にか、だった。

 いつの間にか、アンブレイカーが眼前まで迫っていた。


 最大級の警鐘を鳴らす勘に従い、大地はワケもわからないまま両腕を交差させて防御の態勢をとる。

 ほぼ同時に両腕を襲った激烈な衝撃が、障子を破るようにして容易くパワードスーツをぶち抜き、前面にしていた右腕がへし折れ、かろうじて骨にヒビが入る程度で済んだ後面の左腕がマスクとぶつかってそこにもヒビが入る。


 それでもなお殺しきれなかった衝撃が、大地の両脚をアスファルトから引き剥がす。

 目にも止まらぬ速さで近づかれ、殴り飛ばされた――その事実に気づいたのは、砲弾さながらの勢いで宙を飛んでいた最中さなかのことだった。


「受け止めろッ!」


 誰かの叫び声が聞こえたのも束の間、議事堂門前にいた戦闘員たちが、砲弾と化した大地を受け止める。


「大丈夫かッ!」

「救護員ッ! 早くッ!」

「アンブレイカーだッ! 迎え撃つぞッ!」


 そんな戦闘員の叫びが耳朶じだを打つ中、大地はなんとか自力で立ち上がり……瞠目した。

 なぜなら、もうすでにアンブレイカーがこの門前まで迫っていたから。

 行きかけの駄賃とばかりに殴り飛ばした戦闘員なかまたちが、宙を舞っていたから。

 その中には、マスクを割られて素顔を晒された上に、首があらぬ方向に曲がっているセブンも含まれていたから。


 直後、


「ぐあああああああッ!」


 門前に、断末魔の叫びがこだまする。


「ぎゃああああああああッ!」


 こだました分だけで戦闘員なかまが宙を舞う。


「ごはぁッ!?」


 先程の大地と同じように、次々とアンブレイカーに殴り飛ばされていく。


 所詮オレたち戦闘員は、悪の手先にすぎない。

 だから、こうなることは覚悟していたし、自衛隊相手にも同じことをしていた以上、因果応報だと言われればそれまでだということはわかっている。


 だが、


(仲間られてぶん殴りてぇって思うのは、悪党オレの勝手だよなぁッ!!)


 死がすぐそこまで迫っていると脳が判断したのか、過剰に分泌されたアドレナリンが時間の感覚を引き延ばし、目に映る光景がスローモーションになっていく。

 最後の最後でツキが傾いてくれたのか、それとも大地の潜在能力ポテンシャルによるものなのか。


 今なら、ほとんど目で追うことができなかったアンブレイカーの動きが見える!


(アンブレイカァァアアァァァァアァアッ!!)


 心の中で、吠える。


 その叫びが聞こえたのか、最早死に体に等しい大地目がけて、アンブレイカーが突っ込んでくる。

 間合いに入ると同時に放たれる、右の拳打。

 時間が引き延ばされた世界にあってなおスローモーションとは程遠い速さで迫る右拳を、大地は紙一重でかわしつつ、骨にヒビが入った左腕でカウンターの拳打を放つ。

 大地の左拳は、アンブレイカーの右頬に突き刺さり、


「がッ!?」


 大地の口から苦悶が吐き出された。


 折れたのだ。

 完璧なタイミングでカウンターを叩き込んだはずの、パワードスーツで護られているはずの、大地の左拳が。


(っざけんな……! 鋼なんてもんじゃねぇぞ、この硬さ……!)


 心の中で悪態をつきながらも、眼前にいるアンブレイカーを睨みつける。


 これでもう、両腕は使いものにならなくなった。

 引き延ばされた時間の感覚も正常に戻りつつある。


 それでもなお、大地はマスクの下で口の端を吊り上げた。

 テメェなんかにゃ負けねぇと、テメェをブチ殺すと言わんばかりに。


「その意気だけは認めよう」


 不意に、アンブレイカーが口を開く。

 見た目のイメージどおり、低音バスの効いた声だった。


「テメェに認められたところで、何一つ嬉しくねぇよ」

「そうか」


 まるでそれが礼儀だと言わんばかりに、アンブレイカーは大地の目の前で拳を握り締めることで、トドメを刺す意志を示す。

 大地もまた、両腕が使えないながらも身構える。


 オレが悪の組織ディバイン・リベリオンに入ったのは、に会うため。

 まだ会えてもいない内に死ぬつもりは――いや、会った後でも死ぬつもりは毛頭ない。

 何より、を泣かせたヒーローに殺されるなんざ真っ平御免だ。


 だから抗う。

 だから戦う。

 たとえ状況が、どれほど絶望的であったとしても。


「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 血を吐き出さんばかりに吠えながら、アンブレイカーの側頭部目がけて右回し蹴りを叩き込む。が、結果は先の拳打と同じ。

 攻撃を仕掛けたはずの大地の右足がアンブレイカーの硬さに耐えきれず、折れてしまう。


 大地がその痛みを歯を食いしばって耐えている隙に、アンブレイカーはこちらの右足首を片手で掴み、持ち上げ、


「がは……ッ!」


 容赦なくアスファルトに叩きつけた。

 そのあまりの威力にアスファルトが陥没し、砕け散ったパワードスーツの破片が周囲に飛散する。


 続けて、今の攻防の間中ずっと握り締めていた拳を、大地の顔面に振り下ろ――


「させんぞ! アンブレイカー!」


 議事堂側から飛んできた、身長三メートルはくだらない大男が、勢いをそのままにアンブレイカーに飛び蹴りを仕掛ける。

 さしものアンブレイカーもこれほどの質量をノーガードで受けるのは危険だと判断したのか、大地への攻撃を中断して両腕で飛び蹴りを受け止め、吹き飛んでいく。


 大男に蹴り飛ばされたアンブレイカーは、空中で身を翻しながらも華麗に着地。

 ダメージを受けた様子はなかったが、それでもあのアンブレイカーを蹴り飛ばしたという事実に、門前にいた戦闘員たちは湧きに湧いた。


 三メートル超の身長に、異常なまでに発達した筋肉。

 そして、明らかに地球の人間とは異なる青黒い体皮を有する大男を前に、アンブレイカーは初めて警戒の色を双眸にたたえ、その名を口にした。


「現れたか。デストロイヤ」


 う。この大男こそが、大地たち戦闘員を指揮して国会議事堂を占拠した、《ディバイン・リベリオン》三幹部の一人。

 ゆえに、ヒーロー側にとっては絶対に見逃すわけにはいかない相手であり、先程まではアンブレイカーの邪魔をしないよう静観していたフォトンホープとピュアウィンドも、片や駆けつけ、片や空から降りてアンブレイカーの隣に並び立った。


 最早自力で起き上がることすらできなくなった大地は、朦朧とする意識の中、デストロイヤの大きな背中と、その向こうに見えるヒーローたちを見つめる。

 離れたところにいるヒーローたちはともかく、すぐ傍にいるはずのデストロイヤの姿が、なぜかやけに遠く見えた。


 デストロイヤは大地を一瞥し、


「やはり貴様だったか、オーガ。救護員。こいつを連れて撤退しろ。絶対に死なせるなよ。何せ俺が来るまでの間、アンブレイカーを相手に味方の被害を最小限に留めてくれた功労者だからな」


 近くにいた救護員に淡々と命令した後、今度は大音声でこの場にいる全員に命令する。


! 怪我人から順に後退し、転送ポイントに着き次第離脱しろ! まだ戦える者、まだ暴れ足りない者はここに残れ! 味方が撤退する時間を稼げなどと、しみったれたことは言わんッ! 今日ここでッ! ヒーローどもを血祭りに上げるぞッ!!」


 戦闘員も救護員も揃ってときの声で応じる中、アンブレイカーはあくまでも冷静に、若い二人のヒーローに指示する。


「デストロイヤの相手は私がする。フォトンホープは戦闘員たちの相手を、ピュアウィンドは適宜我々を援護してくれ」

「はい!」

「わかりました、アンブレイカーさん!」


 戦いが、始まる。


 救護員に運ばれる大地は薄れゆく意識の中、味方エネミーヒーローの激闘を、デストロイヤと殴り合うアンブレイカーを見つめる。


 アンブレイカーは、を泣かせた。

 さらにセブンダチを、戦闘員なかまを殺した。

 殴る理由が増えた。

 けれど、野郎を殴るための力が圧倒的に足りない。


 そんな無力感に苛まれている内に大地の意識はいよいよ限界を迎え、眠りに落ちるようにして深い闇の底へと沈んでいった。

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