█████悪█████

亜逸

第1話 悪の手先

 惚れた女がそこにいる――悪の組織に入る理由は、それで充分だった。


 惚れた女を泣かせた――正義に仇なす理由は、それで充分だった。



 ◇ ◇ ◇



 国会議事堂。国政の中枢にして白亜の殿堂と呼ばれるその建物は今、《ディバイン・リベリオン》なる悪の組織によって占拠されていた。


 中央玄関に屹立する四本の柱は無惨にも破壊されているが、それ以外に目立った破壊痕はなく、国会議事堂にいた人間は全て敷地の外に放り出されている。

 内閣総理大臣を筆頭に政治家たちを人質にするわけでもなければ、政府や世間に何かを訴えるわけでもない。

《ディバイン・リベリオン》は、だった。


 噂によると、の組織は日本の中枢であるこの東京を潰そうとしているという話らしいが、だからこそ、ただ議事堂を占拠しているだけの今の状況に説明がつかなかった。

 はっきりしていることは、《ディバイン・リベリオン》が以前から同じような事件を度々起こしていること。

 それを実行するだけの力があること。

 それだけだった。


(まぁ、が何考えてこんなことやらかしてるかなんて、オレも全然知らねぇんだけどな)


 占拠した国会議事堂門前の守りについている、《ディバイン・リベリオン》の戦闘員の一人、海形みかた大地だいちは、中秋の空を見上げながら心の中で独りごちる。

 大地の全身は組織から支給された、フルフェイスマスクとフルボディアーマーからなる黒色のパワードスーツで覆われていた。

 そのため堅気かたぎに見える要素がないと評判の悪人面も、鍛えに鍛えた肉体も、今は人目に触れることはない。

 同年代、一八歳男性の平均を超える背丈がわかる程度だった。


 当然、議事堂門前を守っている戦闘員は大地一人だけではなく、彼と同じパワードスーツに身を包んだ者たちが五〇人、門前の守りについていた。


「なあ、オーガ」


 隣にいる、同時期に組織入りした戦闘員なかまが、悪人面から由来するコードネームで大地を呼ぶ。

 個人的にはあまり気に入っていないコードネームに内心辟易しながらも、大地も相手のことをコードネームで呼んだ。


「なんだよセブン」

「俺たち、いつまで連中と睨み合ってればいいんだ?」


 言いながら、道路の向こうで陣取っているパトカーと警察の群れを顎で示す。

 大地たち戦闘員はもうかれこれ三〇分、現着した警察と睨み合っていた。


「さぁな。デストロイヤのおっさんにでも聞いてくれ」

「おっさんって。毎度のことだが三幹部相手にそんな口聞いて……どうなっても知らないからな」

「おっさんは図体同様、懐もでけぇからな。オレが生意気な口聞いたところでなんとも思いやしねぇよ。つうか、そもそもオレが下につきたかったのは、おっさんじゃなくて――」

「カーミリアって言いたいんだろ? ほんとお前いっつもそれだな。まあ俺も、どうせ下につくなら男よりも女の方がいいってのは認めるけどな」


 大地の言葉を遮り、セブンは呆れ混じりにため息をつく。


 三幹部とは、読んで字の如く《ディバイン・リベリオン》の三人の幹部を表した言葉だった。

 その内の二人が今大地たちの口の端に上った、国会議事堂占拠を指揮するデストロイヤと、女だてらに幹部の座についたカーミリアだった。


「けどよ、カーミリアって確かに三幹部だけど、俺らが着てるパワードスーツとか作ってる、言ってしまえば裏方の人間だろ? 実際、俺たちの前に姿すら見せたことがないし」

「まぁな」


 と応じつつも、のことをよく知っていた大地は心の中で(人前に立つのを嫌がるところは相変わらずだな)と独りごちる。


「そんなバリバリの裏方が、バリバリの戦闘員であるお前を下につけたいと思うか? 普通は思わないだろ。はっきり言うが、見立てが甘過ぎやしないか?」

「テメェ、オレが研究員ってガラじゃねぇこと、わかってて言ってるだろ?」


 その問いには答えず、セブンは肩をすくめる。

 マスクで顔が隠れているせいか妙に滑稽に映る仕草に毒気を抜かれた大地は、なんとはなしに視線を前方に戻すと、


「おっ。アイツら、何か動きを見せ始めたぞ」


 壁のように並び立つ警察たちの背後に停めてあった無数のパトカーが、道を空けるようにして退避していく様を見て、マスクの下で片眉を上げた。


「初陣は機動隊。その次は特殊部隊SAT。ときたら、今回はさすがに来るか? が」

「前二回のしょぼい任務とは違って、今回は国会議事堂占拠なんて大事おおごとやらかしてるからな。まず間違いなくヒーローは来るだろうが……」


 言いながら大地は、パトカーに続いて道を空けていく警察たちを見て舌打ちを漏らした。


「前座にしちゃ、ちょっと面倒くさそうなのが来やがったな」


 警察とパトカーが空けた道のはるか向こうから、爆速で迫ってくる装甲車。

 ネットやテレビで何度も目にしたことがあるから間違いない。

 ヒーローと、憲法上の理屈を除けば日本最大の戦力――自衛隊が使っている装甲車だ。


 他の戦闘員たちが狼狽える中、大地とセブンは微塵の躊躇もなく前へ飛び出す。


「セブン! アレ止めるぞ!」

「いいぜ! 二人がかりなら余裕だろうしな!」


 横並びになり、迎撃の構えを見せる大地たちに対し、装甲車は全く速度を緩めることなく突っ込んでくる。

 社会的風潮と相まって、悪の組織に属する人間――エネミーと呼ばれる者たちの人権が全く尊重されていないという理由もあるが、装甲車がこうも殺意全開で突っ込んでくるのは、そうまでしなければ大地たち戦闘員に勝てないからという、極めて単純な理由があってのことだった。


 その認識が正しいことを証明するように、時速一〇〇キロで突っ込んできた装甲車を、大地とセブンは真っ正面から受け止める。

 普通の人間ならば轢殺れきさつ必至だが、パワードスーツによって防御力と身体能力を劇的に増強された二人は、踏ん張った両脚でアスファルトを削りながらも見事装甲車を止めてみせた。


 タイヤを空回りさせる装甲車の向こう側から、さらに別の走行音が聞こえてきて、大地はマスクの下であくどい笑みを浮かべる。


「なぁ、セブン。こっからじゃ見えねぇけどよ、他にも突っ込んできてるよな? 装甲車」

「ああ。突っ込んできてると言っても、どうせ防御陣地トーチカにするために手前で停まってくれるだろうけどな。

「だったらよ、アイツらに装甲車コイツをお返しするってのはどうだ?」

「いいね。乗った!」

「そんじゃいくぜぇ……せーのッと!」


 大地とセブンは呼吸を合わせ、車体前面が下に来る形で装甲車を持ち上げた。

 開けた視界には、セブンの予測どおり車体をトーチカ代わりに使うために停車させようとしている、二台の装甲車が映っていた。


「そんじゃもう一度……せーのッと!」


 大地とセブンは再び呼吸を合わせ、泡を食って脱出しようとしていた自衛隊員ごと装甲車をぶん投げる。

 その質量にあるまじき速度で投擲された装甲車は、上手い具合に二台の装甲車トーチカを巻き込み、まとめて横転した。


「こんなに上手くいくとぁな!」

「出来すぎだぜ、まったく!」


 大地とセブンが喜色の声をあげる中、装甲車に続いてやってきた自衛隊員たちが、短機関銃を構えながらワラワラと押し寄せてくる。

 大地たちの活躍に鼓舞されたのか、それともこれ以上手柄を取られたくないと思ったのか、他の戦闘員たちがこぞって自衛隊に突っ込んでいく。


 殺すか殺されるかの状況において躊躇する者は敵味方とも一人もおらず、自衛隊員は迫り来る戦闘員に容赦なく弾丸の雨を浴びせ、戦闘員はパワードスーツという名の傘で雨を防ぎながらも肉薄し、殴って蹴って自衛隊員たちの命を折り砕いていく。


 いくら悪の組織ディバイン・リベリオンの下っ端といえども、人間が武装をした程度で敵うほど惰弱ではなかった。


「く……ッ! 一度退くぞッ!」


 隊長と思しき男が号令し、生き残った自衛隊員たちは短機関銃の引き金を絞りながらもジリジリと後退していく。


「ギャハハハハハッ!」


 調子に乗った戦闘員たちが、退いていく彼らを追い立てていく。

 そんな修羅の巷をよそに、大地は今の戦闘で負傷した戦闘員なかまを担いでは後方にいる救護員に引き渡していた。


「ったく、パワードスーツを過信しすぎるなって上からも言われてたろ」

「わりぃ」「恩に着る」


 大地の説教に、両肩に担がれた二人の戦闘員が素直に反省する。


 防弾、防刃、耐衝撃、耐寒、耐熱、耐電などなど、防御性能に優れたパワードスーツといえども、間接部に関してはどうしてもその恩恵が薄くなってしまう。

 この二人はまさしくパワードスーツの性能を過信し、間接部に銃撃を受けて負傷した手合いだった。


 粗方怪我人を救護員に引き渡したところで、先程装甲車をぶん投げた位置で仁王立ちしているセブンのもとに戻る。


「よう、セブン。あっちに混ざらなくていいのか?」


 あっちとは、後退する自衛隊を追い立てる戦闘員たちを指した言葉だった。


「装甲車見た時はテンション上がったけど、蓋を開けてみればたいしたことなかったからな。戦車とかロケット砲とか持ち出してくる気配もなさそうだし、他の連中に譲るさ。それよりお前……」


 言いながら、こちらに顔を向けてくる。


「また怪我人の救護をしてたのか? オーガなんていかついコードネームの割には、相変わらず甘いというかなんというか」

「救護なんて上等なもんじゃねぇよ。目障りだから脇にどかしただけだ」

「はいはい」


 と、セブンが肩をすくめたその時だった。


 が姿を現したのは。

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