第14話:葛藤
遠目から発見した小型の馬車は、数体の魔物に取り囲まれていた。
鳥型の魔物が2体と、俺が戦ったのより小さいブタの魔物が1体、そしてゴブリンが3体……あ、今1匹切り伏せられた。
対するは、中年の男と若い男が一人ずつ、軽装に身を包みそれぞれ斧と剣で戦っていた。そして馬車の中には少女が一人荷物の陰に震えながら蹲っている。小さい……もしかしたらリンよりも年下かもしれない。
パーティ構成からいって家族だろうか。戦いながらも聞こえてくる会話はそんな感じである。
『親父! ゴブリンが一匹行ったぞ、大丈夫か!』
『木こりを舐めるな! 自分の心配をしろ、ジーク!』
『分かってる……っ ミリア、絶対顔を出すなよ!』
『うっ、うっ……ママぁ』
「あれは……たぶんダメだろうな」
主に馬車の下で若い男が前衛を張り、馬車の上で中年の男が少女を守りながら戦っている。ジークと呼ばれた若い男の方は戦いの心得があるのか、数体の魔物相手に良く食らいついていると思うが、鳥の魔物がいるのが状況を厳しくしていた。
ゴブリンとブタの魔物の2体を相手するだけでしんどそうなのに、時々上空から飛びかかってくる鳥の魔物にまるで対応できずに、確実に体力を消耗している。しかも、鳥の魔物の内の片一方は羽を矢のように飛ばしてくる遠距離攻撃型でもあるようだ。もしあの場にいるのが俺だったとしても、ちょっときつい気がする。
持ってあと十数分といったところだろう。さて、どうしようか。
スルーしてしまってもいいんだが、せっかく遭遇したあれだけの魔物、ぜひ戦ってみたいという気持ちもある。特にあの見たことのない鳥の魔物2体はぜひとも討伐したい。
だが、今あの場に切り込むのは俺にとってリスクが大きいと言える。人間の前に姿を晒せばどんな厄介ごとが待っているか分からないし、何より魔物の数がまだちょっと多い。現状、勝てるとは思うが何かしらの不確定要素があったら危ういかも……といった認識である。
強くなりたいのはもちろんだが、今の俺にはリンを故郷へ連れていくという目的もあることだし、無茶ばかりもしてられないのだ。
それらの事情を総合して出せる最良の結論は……人間たちが全滅したあと、数が減った魔物を確実に仕留める……これだろう。そうすれば俺は人間に姿を見られることもなく、戦いに集中することができる。
そうこう考えている間に、戦局はどんどん人間側に不利に傾き始めていた。
「グアッ!?」
「パパぁっ!!」
「親父!? クソッ!」
ゴブリンと一対一で戦っていた中年男が、鳥の魔物の遠距離攻撃により膝をついてしまったのである。その隙をついたゴブリンの棍棒が、中年男の頭上に振り上げられた。
その時、若い男が剣を持っていない方の手を、父を襲うゴブリンへと掲げた。その手のひらが、うっすらと光を放つ。
「させるか! ファイアーボール!!」
「グゲエッ!?」
男の手のひらから勢いよく発射された火の玉がゴブリンへと命中し、その体を焼きながら吹き飛ばした。撃たれたゴブリンは即死こそしなかったが、馬車から落ち、地面の上で火に焼かれながら悶え苦しんでいる。
何だあれは? 俺の射撃技と似ているが……。
「大丈夫か親父!」
「ジーク助かった。……だが火魔法は使うな、馬車に燃え移ったらどうする」
「パパ……」
「馬鹿親父、言ってる場合かよ!!」
どうやらあれは「火魔法」というらしい。魔法か……だとしたら俺の射撃技は「風魔法」なんだろうか。
一瞬和やかなムードが流れているようだったが、彼らの戦況は全く良くなってはいない。すぐに若い男の方が、鳥の魔物の羽に腕を打ち貫かれた。
「んぐっ! クソッ!!」
「ジーク!」
「お兄ちゃん!?」
主戦力が負傷した。もはや時間の問題だろう。
若い男の動きは、そこから明らかに鈍くなった。腕の怪我のせいもあるだろうが、肩で息をしていて明らかに疲労混倍といった様子だ。あの「火魔法」とやらは、そこまで体力を消費するのだろうか。
「ねえ。ルー……」
「ん、ああ。もうじき決着がつきそうだ……リン?」
ずっと戦局を観察していた俺の肩に、リンがそっと手を置いた。そこから微かに、彼女の震えがつたわってきた。彼女は全身をわなめかせ、今にも泣き出しそうな表情で俺の顔を見つめていたのである。
しまった、馬車の近くに長時間いすぎたか。リンの体調のことを忘れていた。
「すまん、気が行き届かなかった。今すぐここから離れよう」
リンの手を取り、足早に森の奥へと行こうとした。戦いが終わったかどうかは、音だけでも十分に判別することができる。そうなってから、再び俺だけで鳥の魔物を討伐しに来ようと判断したからだ。
だが、連れて行こうとした俺の手のひらを強く握り返しながら、彼女はその場から動こうとはしなかった。その瞳はゆらゆらと不安の色を映し出しながらも、俺の目を捉えて離さない。
妙だ、と思った。いつものリンの怖がり方とは、何かが違う。
「ルー、あの人たちのこと……どうするの?」
彼女が訪ねたのは俺のこと、そして戦っている彼らのことだった。その声色には、本当に疑問に思っているというよりは、半ば予想がついていることを一応聞きなおしているというような、そんな確信めいたものがある。だから俺も、分かり切っている答えをそのまま返した。
「どうって、放っておくよ。どうせもうすぐ全滅する」
どちらが、とは言わなかった。リンも、俺が説明せずとも分かっているようだった。
「人間が嫌いだから……?」
「それもある。人間と関わっても碌なことはなさそうだからな」
彼女の問いかけは、俺の真意とはことなるものだったが、あながち的外れと言い切ることもできなかった。
もし襲われているのが獣人の一家だったら、俺は迷わず助けに出ただろう。獣人は俺にとって有用な情報をもたらしてくれる可能性が高いし、向こうが俺に好印象を抱いてくれればその後の関係性も築きやすくなる。
だが、人間は違う。これまで出会って来た人間は、全てが悪感情しか抱かない相手ばかりだったし、俺は今人間から逃げ出した奴隷という立場なのだ。極力関わりたくないと思うのは当然で、それは「人間そのものへの悪感情」と言い直してもいいだろう。
俺は、人間が嫌いなのだ。
断言すると、リンも唇をかみしめながらその心境を吐露していった。
「私も、人間なんか大嫌いよ……オルノーの村にいた時から、ずっと嫌だった……! こっちを馬鹿にしたようにいつも見下してきて、そのくせ気持ち悪いこと言うし、一族のことを悪く言うし。それから……っ」
「……」
リンの口から次々と吐き出されていく過去の事実に、俺は何も言うことはできなかった。彼女の苦しみは、彼女だけのものだ。俺も少しは人間の気持ち悪さを体感しているとは言え、どうしてやすやすと口を挟んだり、もしくは共感する言葉を口にしたりすることができるだろうか。
俺は彼女の真意を図り切れずにいた。
「いきなり捕まって、嫌だって言っても止めてくれなくて、叩いて、笑って、閉じ込めて……! 私、きっと一生人間のこと許せない。話したくないし、見たくない、関わりたくもないわ。……ルーと同じ気持ち!」
「リン……?」
彼女が、急に振り返って森の中へ歩き始めた。
「行きましょう。人間なんか、みんな死んでしまえばいいのよ」
「リン、こっちを見てくれ」
俺に背を向けたまま、彼女の歩みがピタリと止まる。動くのをやめた彼女の体は、やはりまだ震えていた。
俺は、彼女が途中から俺の目を見ることをやめたことが、酷く気にかかっていた。
リンはこちらを向こうとはしなかった。
「ど、どうして?」
「リン、俺たちは約束したよな。お互いの不安を受け止めると。受け止めて、支え合って生きていくんだと」
「……うん」
出会ったあの日、確かに彼女は俺の手を取った。俺も、彼女の手を握り返した。
それが今、こうして彼女が背中を向けてしまっていることを、どうにも俺は心配してしまうのだ。
「リン、今俺はきみを支えれているか? きみは俺に、寄りかかってくれているか?」
「そ、そんなの……!!」
彼女の肩がビクリと震えた。どうやら俺の心配症は、彼女の不安を敏感に察知することができていたらしい。
「だって、私はルーに助けてもらいっぱなしじゃない! いちいち不安で動けなくなっちゃう私を見守ってくれて、魔物とも戦ってくれて、食べ物だってとってきてくれる。これ以上迷惑なんか、かけられない……!」
「そんな遠慮はいらないよ。俺は、ただきみが一緒にいてくれるだけで、もうどうしようもなく支えてもらっているんだ」
言い訳めいた彼女の言葉を、その心をほぐしていくように否定する。彼女が、自分の心にもっと素直になってくれるように。
「ルー……、ルー、私今から訳の分からない事を言うわ」
彼女は、ようやくこちらを振り向いてくれた。その瞳は、これまで見たこともないくらい虚ろに揺れ、涙がたくわえられている。
ゆっくりこちらに近づいてきた彼女は、再び俺の手を握った。
「変だと思わないで……嫌わないでいてくれる?」
「分からない。でも一緒にいるよ、絶対。」
俺の言葉を受けて、彼女の目が大きく見開かれた。手を握る強さが、ぎゅうっと高まる。
その瞳に溜まっていた涙が、決壊した。
「私、あの人たちを助けたい!」
一言。たったそれだけを言うために、彼女はどれだけの勇気を振り絞ったのだろうか。途端に表情は崩れ、涙で濡れてもうぐしゃぐしゃだ。それでも彼女は、言葉を止めなかった。
「人間なのに、絶対に許せない相手なのに……死んでほしくないの。だって、あの人たち生きてる……! でも、助けることができるのはルーなのに! 私は何にもできないのに! おかしいよね、こんなの、我儘すぎるよね……っ!」
リンはわんわんと泣いた。
まるで自分のいたずらを白状する子供のように。許されることが分かっているくせに、簡単に甘えて開き直ることができずに、自分を責めている。
なんて不器用な涙なんだろうと思った。同時に、なんてズルい涙なんだとも。
もはや俺に縋り付いて泣く彼女の背中を、トントンと撫でた。
「別にいいさ。人間のことなんて、正直俺は本当にどうだっていいんだ。助けなくたっていいし、助けたっていい」
「ルー……」
「ただちょっと、面倒くさいなって思うだけだ」
俺は、荷物の中から黒いローブを取り出して頭の上から被った。サイズの大きいこのローブは、獣人の特徴としてとても目立つ、耳と尻尾を隠すのに役立つ。
鼻をすんすんとすすり、俺がローブに袖を通すのを呆然と眺めていたリンへと、俺は宣言した。
「行ってくるよ。面倒なことをしに」
「……っ。わ、私も行く!」
未だ鼻がしらを赤くして、慌ててもう一つある薄茶色のローブを羽織う少女へと、俺は手を差し伸ばした。
「あまり離れるなよ」
「……うん」
二人手を取り、俺たちは森の中から飛び出したのだった。
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