第7話:起死回生

さあ、不味いことになった。状況の不利さを一瞬にして悟る。


「ブフー……」

「ギチチ」


さっきの俺の動きを警戒してか、ブタの魔物はすぐには襲い掛かってくることはなかった。虫の魔物の方も、そのすぐ斜め上の辺りを浮遊したまま動かない。にらみ合いの時間が続いた。


敵が動き出さないのは、俺にとってはありがたかった。脇腹から流れ出る血は全く止まってくれず、嫌な汗が滝のように流れ出る中でも、必死になって次どうしたらいいか考えることができるからだ。


魔物のパーティを相手取ることがどれだけ大変なのかは、ゴブリンの二人組と対峙した時にすでに体験した。それを今度は、どう見てもゴブリンよりも強そうな魔物相手に再現しようというのである。しかも俺は五体満足でなく負傷済み。攻略法を考えるのさえ放棄したくなるような状況だ。


だが、それでもやるしかない。思考の放棄は即ち死である。戦って勝つことだけがこの状況で俺に許された唯一の生き残る手段なのだ。


倒すのであれば、まずは虫の方から倒すのが先決だろう。奴が空中でにらみを利かせたままの状態では、どうしたってブタの方に止めを刺しきることができない。


何とか隙を見つけて、虫を殺す。その後にブタを殺す。方針は固まった。


俺が決意するのとほぼ同時に、ブタの魔物が動き始めた。それに合わせて虫の方も素早く空中を旋回し始めた。いつでも俺を狙えるように構えているのだろう。


となれば、俺の方もじっとはしていられない。ただ待ち構えていればよかった先ほどとは状況が変わったのだ。常に動き続け、狙いを定められないようにしないと、俺の体はあっという間に串刺しである。


駆け出す。だが、すぐに体の異常に気が付いた。


動きが……鈍い?


駆けながら手のひらを見つめる。何だかプルプルと震えて、めちゃくちゃ血色が悪い。加えて、頭の中までくらくらしてきた。


これは……毒か!?


「くそっ!!」


音もなく飛来した銀の銃弾を、飛びのいてかわす。ギリギリである。頭の中でイメージした動きの半分も動けていない。しかもどんどん悪化してきている。


それからも、絶え間なく飛来してくる針の銃撃をかわし続ける。だが、やはり想定以上に身動きがとれず、体に弾がかすり始めた。その度に毒が追加されていくのか、とうとう目の前の景色が歪んで見え始めてくる。そうなると、針が体にかする頻度もどんどん上がっていく。完全な悪循環だった。


今思えば、あのにらみ合いの時間も俺の中で毒が回り始めるのを待っていたのだ。そうとも知らず、ラッキーだと間抜けに構えていた自分の能天気さが憎い。


いよいよ視界のゆがみが致命的なレベルまで酷くなり、上下左右まで怪しくなってきた。


いかん、このままではぶっ倒れてしまう。


俺は自分の口の中を噛みきり、何とか意識を保とうとした。


「ンがッ……! やべっ」


パッと、視界が一瞬だけ明瞭さを取り戻す。そこに映っていたのは、大きく振りかぶった握りこぶしを今まさに振り落とさんとするブタの魔物の姿だった。


「ブオオオオオッッ!!」

「……っっ!!」


直撃……ではない。ギリギリのところで、こぶしで押しつぶされるのだけは回避することはできた。しかし、至近距離で受けた超破壊力の衝撃は凄まじく、俺は声を上げることもできずに吹き飛ばされた。


受け身も取れず、そのまま地面に叩きつけられる。


「グハッ! ……グ、ヴォエッ、ゲハッ」


うつぶせになって動けないまま、とうとう口から血を吐いた。内臓がつぶれてしまったのだろうか。口の中に広がる血の味は、ゴブリンの物よりは臭くなく感じた。


よかった、自分がアレより不味かったらちょっと落ち込むところだった……何て、アホな事を考えている場合じゃない。


ここがどこだか分からないが、もたもたしているとすぐに追撃が来る。すぐに立ち上がって状況を確認しなくては。


「ヴ、ヴヴ、ぐ、ぐぅ……!」


そう思うのだが……いよいよ全く体が動かなくなってしまった。血を失い過ぎた上に、毒が全身に回ってしまったのか呂律すら回っていない。


体のどこにも力が入らない。


これは、いよいよ詰んだか?


その時、草を踏みしめこちらに近づいてくる音がした。


まさか、もうやつが!? それとも他の魔物!?


戦々恐々となり必至で悶える俺の背中に、何やら暖かな物が触れるのを感じた。触れた部分から、その暖かな感触は全身に広がり、何だかとても気持ちがいい。


一体これは何だ? 


何が起こっているのか確認しようと、何とか顔を上げようとする。だがそれを抑えるように、俺の頭に誰かの手が触れた。


「だ、だいじょうぶ。がんばって、がんばって!」

「お前……」


声が聞こえた。


聞きなれた声、これはあの少女のものだ。


隠れているように言っておいた少女が飛び出してきて、今俺に何かをしてくれているのだ。恐らくだがこれは、回復だろうか。少女の手のひらから伝わってくるあたたかいものが体に巡るたびに、どんどんと気分が楽になっていくのを感じる。


そしてとうとう、体を起こせるまでになった。手のひらを見つめ、力を入れて握りこむ。全快とはいかないが、何とか戦えそうだ。この子にこんな力があったとは……。


唖然として少女を見つめる俺に対し、俺を見る少女は涙目でしゃくり上げているような状態だった。


「わ、わたしっ……ひっく、こんなことしかできなっ……! あ、あなたに……ぐすっ、たよら、ないとっ」

「……ああ、任せてくれ」


しどろもどろだったが、必死に訴えるその様子から、彼女がどれだけ勇気を出してこの場に飛び出したのかが察せられた。


彼女だって、生きるのに必死なのだ。そのために、罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、俺を利用している。


俺だってそうだ。自分のために彼女を助けた。


第一、助けに飛び出しておいてその対象に逆に助けられるような間抜けに、文句を言う資格などないのだ。


「悪いが、もう少しだけ待っていてくれ。すぐ終わらせてくる……!」

「あ、がんばっ」


少女の返事も待たず、再び俺は戦場へと飛び出す。もたもたしている時間はない。今この瞬間にも、虫の魔物が俺たちを捕捉して攻撃してくるかもしれない。


だが、そうはさせない。奴らは、まさか俺が回復して飛びかかってくるなどとは夢にも思っていないはずだ。


絶対に、先に奴らの姿を捉える。そして、一世一代の大カウンターを決めてやるのだ。


俺は、思いっきり手に力を込め、歯を食いしばり走り出した。 







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