第8話:新しい技
草むらの影から、きょろきょろと辺りを見回しながらのし歩くブタの魔物と、空中を旋回する虫の魔物の姿を捉える。もうすっかり俺を仕留めたと思って油断しているのであろうその動きには余裕すら感じられた。
ならば、今のこの状況は俺にとって千載一遇のチャンスということになる。もちろん、考えなしに飛び出すなどということはしない。
俺は木の上に登り、奴らが通るであろう場所の上空で待ち構えることにした。狙いはやはり、先に虫の魔物を仕留めることである。
先ほどの戦闘から分かったことだが、どうやら奴の射撃は下方に対して特化しているらしく、自分の方が上空に位置している時にその真価を発揮するようだ。実際、何回か奴に飛びかかって空中戦になった際には、明らかに掃射の数が少なくなった。
だからこそ、奴の更に上空を陣取ることによって攻撃の隙を与えることなく、一方的に仕留めようというのが今回の作戦の肝である。
ここで一つ注意すべきなのは、チャンスは一度きり、通りがかりの一瞬のみだということだ。もし失敗し、さっきと同じ状況に陥ろうものなら、今度こそ助からないだろう。
奴らが少しづつ近づいてくる。……まだだ、まだ遠い。もう少し近づいてからだ。
手に汗がにじむ――ごまかすように、思いっきり力を込めて握りこんだ。
心臓がバクバクとうるさい――息を止め、少しでもバレないようにするため気配を殺した。
気が遠くなるぐらい長く感じた時を経て、とうとう奴らは俺が潜む木の真下を通りがかった――今だ!
両手両足に全力を注ぎ、フワフワとのんきに浮いている虫野郎へと真っ直ぐに飛び掛かる。
「ギチチ」
俺に気付くと、すぐさまお尻の射出口をこちらに向けようとした虫の魔物。しかし、位置が位置なだけにもたついて、なかなか俺に狙いを定められずにいた。
計画通り! この位置関係の不利性に気付けなかったお前の負けだ!
「死ねやああ!?」
「キシャァァッ!」
勝利を確信し、その喉元を切り飛ばそうと腕を振りかぶった瞬間、奴は何とギリギリで攻撃手段を切り替えてきやがった。その口元が大きく開き、鋭く太い顎で俺の腕を噛みちぎろうとしてきたのである。
「うぅえっ!?」
このまま衝突したら、こちらも無事では済まないかもしれない。瞬時にそう判断しびびってしまった俺の爪は逸れ、奴の片羽を切り落とすに留まってしまった。
重力に従い、地面に落下しながら自分を恥じた。
何て中途半端なことをしてしまったんだ……!
びびらなくても、片腕でだって戦えたのだ。何よりも、虫野郎を殺すことの方が優先だったというのに。あんなチャンスは、もう二度とやってこないというのに。
俺は、自分に対する怒りやら、情けなさやら、恥ずかしさやらでカッカする頭で、必死に次どうするかを考えた。
妥協の結果とは言え、羽を片方もぐことができた。奴は今満足に飛べない状況のはずだ。きっと今頃慌てて態勢を整えようとしているところだろう。
ならば、奴が動揺から立ち戻る前に即刻止めをさす。
決意を固め、地面に着地するや否や大地を蹴り、再び真っ直ぐ虫の魔物へと飛びかかる。だが、目の前に広がる光景を見て、俺はすぐさま自分の予測が完全に甘かったことを思い知らされるのだった。
奴は片方の羽だけになりふらふらと下降しつつも、既に射出口をこちらに向け反撃の態勢を完了させていたのである。
思えば俺は、一大チャンスを逃したことにより頭に血が上っていたのだ。だから、今までの魔物達がそうであったように、思いがけない攻撃を受ければ動揺するはずだと決めつけ、状況の確認もせずに次の行動を決めてしまった。
その結果、こうして大ピンチに陥っているという訳だ。俺の体は既に虫の魔物へ一直線の軌道で固定されており、空中では急な方向転換はできない。
対して敵は、真っ直ぐ向かってくる間抜けな標的に向かって撃つだけ。
この状況の差を埋めることは、あまりに難しい。
だからこそ、次の瞬間俺がしたことは訳の分からない悪あがきだった。
「クッソオオオッ!」
目の前の空間に向かって、せめて奴の針が放たれる前にと思い、全力で腕を振るった。イメージとしては、力を込めることによって長く鋭く伸びた爪が、ギリギリ奴の射出口を切り裂くことを狙ったつもりだった。
だが当然、爪がそんなに伸びるはずもなく、手のひらに伝わってくるのは虚しく空気を裂いた感触だけだった。それどころか、無駄な大振りをしたことによって俺は完全に無防備な状態を魔物に晒すことになったのだ。
終わった。
悟り、次にやってくるであろう痛みへの覚悟を固めていた時に、その異変は起きた。
「ギチチ……ギッ!?」
「うえっ?」
虫の魔物の尻に、爪で切り裂いたような傷跡が刻まれたのである。突然のことに、俺も魔物も混乱を隠せない。
しかし、いち早くそこから立ち戻ったのは俺の方だった。状況は逆転した。今無防備な姿を晒しているのは敵の方だ。ならば俺がすることは一つ。
今度は、ビビったりなんかしてやるものか!
「いい加減にっ!」
「ギ、ギ、キシャアアッ」
ギリギリで立ち戻った虫の魔物は、再び大顎を広げ俺を迎え撃とうとした。
それはもう見た!
俺は対抗するように、歯に力を込め牙を尖らし、大きく口を開けて奴の頭部に襲いかかる。
「くたばれ!! グワアアオッッ!!」
「ギッ……!!!」
怪しく光る奴の眼球ごと、顎をかわして頭に食らいつく。ガッツリと歯が食い込んだ状態のまま、俺は首を振り、体をきりもみ回転させ、奴の頭部を体からもぎ取ってやった。
もうとっくに絶命していてもおかしくないと言うのに、頭部だけになった奴の目はギラギラと光ったまま、顎は未だカクカクと動いて抵抗を続けていた。凄い生命力だ。
「諦めの悪い奴は、こうだっ」
俺は追撃を避けるため、ブタの魔物から距離をとった場所に着地すると、虫の魔物の頭部を両手で抱えた。そしてそのまま手に力を込め、さながらくるみ割りのように、鋭い爪で破砕してやった。
奴の頭部が弾け、中の体液が飛び散る。不覚にも、それが少し口の中に入ってきてしまった。
「ウオエッ! ペッ、ペッ……おい嘘だろ」
不覚にも、今まで口に入れて来たものの中で一番おいしかった。自分の血よりも、虫の体液の方がマシな味をしているという事実に、俺はかなり落ち込んだ。
ともあれ、後はブタの魔物一匹だ。油断さえしなければ、勝つことはそう難しくないはず。希望が見えて来た。
そういえば、さっき虫野郎の尻に傷をつけたあれはいったい何だったのだろうか。
疑問に答えてくれるかのようなタイミングで、いつもの画面が表示された。
――ジャベリンワスプを討伐-射撃:2を入手――
ああ、つまりそういうことなのか?
俺は、自分の爪先を見つめた。
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