第6話:想定外の二対一
「ブフー……ブオオ」
「いやっ……」
そこにいたのは少女と、あのブタの魔物だった。よりにもよってあいつか……。
駆けつけた俺は、しかし飛び出すことなく草陰からその様子を見守っていた。すぐ助けに入らない理由は単純で、今の俺では奴を倒せる可能性が非常に低いからだ。
今こうして遠目から少女と比較することでよけいに際立つその体格。背丈は少女の3倍ほどか。でっぷりと贅肉で膨らんでいる体に釣り合うほどに、脚や腕は丸太のように太く、俺の体がすっぽりと収まってしまいそうなくらいだ。
そのパンパンに肉の詰め込まれた体から繰り出される一撃の強大さは、すでに体感済みだ。当たり所によっては即死もあり得るだろう。ここまで何回か戦闘を重ねて俺も少し力を得たとは思うが、まだまだ正面から衝突したくはない。今だって、奴を目の当たりにしているだけで足が少し震えているぐらいなのだ。
もう少し弱そうな魔物をいくつか倒した後で、力をつけてから戦うつもりだった。もしくは、例の黒いエネルギーによるブーストがあれば行けるかとも思うが、実は最初のゴブリンを倒したきり全く湧いてくる気配がなくなってしまっている。発動条件が良くわからず、当てにはできそうにない。
だけど、あの子に死んでほしくもないんだよなぁ。
俺は、この世界について知らなさすぎる。まともに話ができそうなあの子から、少しでも情報を得たいという気持ちもあるのだ。
だが、だからといって自分の命には代えられない。話ができる他人ならば、この先他にも出会える可能性があるのだ。……悩む。
などと葛藤している間にも、状況は動く。ブタの魔物は少女に向かって思いっきり手のひらを振り下ろし、叩きつけようとしていた。
「ブオオオオオッッ!!」
「ひいっ」
少女は自らに迫っている危機に対して、身を縮こまらせ目を固く瞑っているだけだった。
オイオイ、死んだわあいつ。
だめだよー、そんな攻撃されている時に目を閉じてたら。生き残ろうとする意志が感じられない。この子はどうしようもないね。
なんて思ってたのに。
「クッソオオォォッッ!!?」
いつの間にか俺は少女を抱え上げ、飛び出した勢いのまま反対側の草むらに転げ飛んでいた。
すぐ背後で、何かが爆発でもしたのではないかと思えるほどの爆音が鳴り響く。本当に、あと寸でのところだった。怖い、心臓がバクバクと鳴っている。
「ハア、ハア、ハア……!」
「え、あれ……?」
少女は混乱しているようで、空を向いて倒れている俺の上に覆いかぶさるようになりながら、きょろきょろと周囲を見回していた。
結局、助けてしまった。
体が勝手に動いた、などというのはいい訳か。もちろん打算もあるが、俺は、少女の死を見ることに耐えられなかったのだ。
同じ獣人で、奴隷という状況に置かれていたこと。そのことに仲間意識も持ってしまっていたのだろう。
「……おい、大丈夫か」
「へ? あ、あなたは……っ」
周りばかりを見回していた彼女は、俺が声をかけるとようやく自分のいた場所に気付いたようで、ぴょんと慌てて飛びのいた。
何だ、ずいぶん元気があるな。
「助けてくれたの……? どうやって」
「話はあとだ、隠れててくれ」
少女が問いかけてくるが、話をしている時間が無いのは明らかだった。こちらへ近づいてくる足音が、ドシドシと威嚇するように聞こえて来たからだ。
賽は投げられた。俺はこれから、非常に厳しい戦いに身を投じなくてはならない。
後悔などしない。している時間がもったいない。
少女に被害が及ばぬよう、俺は自分から草陰から飛び出した。
「ブオッ、ブオッ、ブオオオオオオッ!!」
「……でけー」
目の前には、見上げてなお全貌が視界に入りきらないほどの巨体が立ちふさがっていた。獲物をかっさらわれたことに相当腹が立ったのか、唾やら鼻水やらをまき散らしながら咆哮しまくっている。
「ブオオッ!」
「あぶねっ!」
それを汚がる余裕もなく、即座に魔物が繰り出してきた超大ぶりの拳を飛んでかわす。俺が立っていたところの地面が爆砕し、飛び散った瓦礫が膝にぶつかった。
「っつーー!! 飛んだ破片でこれかよ」
丁度骨ばっているところに当たったこともあって、かなりの激痛が伝わってきた。魔物から少し離れた所に着地し、恐る恐るぶつかった所を確認する。だがそこには、ぶつかったあとこそあれ、傷は一つもできていなかった。
「おお……これがレベルアップの効果か」
実は、二人組のゴブリンの片方を討伐した際に「頑丈:2」を取得していたのだ。「頑丈:1」の時はゴブリンの放った弓矢によって傷ができるぐらいだったのが、明らかに耐久力が上がっている。こうして実際の効果を間近にすると、人知を超えた力が働いているような不思議な感覚があった。
直撃を受けなければ消耗はない。ならば、勝機は見えてくる。
「ブフーッ、ブフーッ!」
こちらへ鼻息荒く近づいてくる魔物の様子を見ていると、なおさら確信は深まっていく。
やはりというべきか、奴の動きはのろい。攻撃もすべて大振りで、破壊力はとんでもないものだが、そこにはまるで知性が感じられなかった。
ならば、俺は奴の攻撃をかわしながらこの爪と牙で確実にダメージを与えていくだけである。どの程度俺の攻撃が通るかは分からないが、急所を狙えばノーダメージということは無いだろう。
即ち、目と首だ。隙を見て、そこへ渾身の一撃を浴びせてやる。
目の前まで魔物が迫って来た。俺は意思を固めると、爪と牙に力を込める。
狙うはカウンターだ。
魔物が、腕を大きく振り上げた。
「ブオオオオッッ!!」
「工夫のないやつだ!」
俺は奴の一撃を飛んでかわすと、そのまま木の幹から跳ね返るようにして一直線に奴の顔面へと飛びかかった。
「ブオ!?」
俺の急激な方向転換がよほど意外だったのか、奴は目を見開いて顔だけこちらに向けた。隙だらけだ。
このまま両手の爪で、奴の目をくり抜いてやる!
「しゃああああっ!! ……ゥグッ!?」
「このままいける!」と勝利を確信した瞬間、視界の端に何かが煌めいたのが見えた。そして、それが何かを確かめるより前に、脇腹が何かに貫かれた。
勢いを失った俺は、そのまま地面に転がり落ちた。
「何だっ……痛ええええッ!」
慌てて姿勢を起こし追撃に備えるも、あまりの痛みに苦悶の声が漏れ出てしまう。脇腹を抑えると、べったりと血が手に張り付いた。
「頑丈」を突破して俺の体を貫いた物、それは針だった。それもただの針ではなく、俺の腕ぐらいの太さはある白銀の塊だ。なぜこんなものが飛んできた?
俺の疑問に答えるように、空中からけたたましい羽音がゆっくりと降りてきた。
「ギチ、ギチギチ」
「ブオオオオッ!」
「……まじかよ」
ブタの魔物に付き従うかのように、巨大な虫の魔物がその目を妖しく輝かして、尻についている針先をこちらに向けていた。
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