第5話:得た物

目の前に浮かぶ、半透明の画面に表示されている文字列をまじまじと見つめる。


「ゴブリンっていうのは、この魔物のことか?」


画面に表示されている『ゴブリンを討伐』という言葉、これは恐らく目の前で事切れている魔物のことを指しているのだということは分かる。なぜこんなものが表示されているのかは、全く訳が分からないが。


自分の中の常識に照らし合わせてみても、魔物を倒した後にこのようなものが表示されるなどということは、普通ではないということは明らかだった。


さらに気になるのは、後半の言葉の方である。


「『頑丈:1』って何なんだ?」


問いかけるが早いか、画面が切り替わりそこに新たな文字列が表示されていった。


――頑丈……身体の硬質性が上昇する。スキルレベルが高くなるほどより強固になる。――


「……そんなに変わってないように思えるけどな」


自分の二の腕をつまんでみる。少女らしく細い骨格に柔らかな肉が付いており、ぷにぷにしている。とても頑丈になったようには思えないのだが……。


この画面については、俺の問いかけに反応したこととかスキルレベルとは何なんだとか、色々思うところはある。だが今はとりあえず、もうこういうものなのだということで受け入れることにした。


それよりも今は、まだ周囲にうようよいるであろう魔物達をどう掃討するかである。


俺の中には既に、逃げ出すという選択肢は存在しなかった。


実は、目の前に画面が表示された時に、体の痛みがだいぶ和らいだのも同時に感じていたのだ。軽く動かしてみるが、多少痛みはしても動かせないというほどではない。あれほどまでにバキバキになっていたはずの体が、いつの間にか復活していた。


状況は変わったのだ。疑問は尽きないが、戦えるのならば戦う。そして勝つために最善を尽くす。それが俺の考え方だった。


魔物を倒すごとに、何かしらを得て回復もするというのならば、取るべき策は各個撃破だ。それも、弱そうなやつから順番に。


目を閉じ、耳を澄ませる。頭の上の耳をくりくりと動かして、360°全方向から聞こえてくる音を探知していく。聞こえてくる音の中から、先ほど倒した「ゴブリン」の鳴き声を俺は探した。まずは確実に倒せる相手からだ。


『……クルルゥ……ブフー、フッフッ……ガガッグカ………キチキチギギー……ブルルル』


付近をうろつく魔物達の声が驚くほどはっきり聞こえてくる。


さらに自分で感心してしまったのは、何がどの辺りにどれだけいるかまで、おおよその数すらその音から判別できてしまったということだ。


ゴブリンは、少なく見積もっても付近に4、5体いてそのうち2体で固まっている組が1つある。他には、俺のことをぶっ飛ばしたブタの魔物っぽい鳴き声が1つ、その他聞いたことの無い鳴き声の種類が3つ。すべて合わせて十数体の魔物が辺りにいることが分かった。


この体の耳は本当に高性能だ。爪や牙の強化能力と言い、なぜ奴隷などになってしまったのか理解に苦しむ。


いったいどんな事情があったのだろうか。失った記憶を取り戻すのが少し怖くなった気がする。


さあ、殲滅開始だ。


まずは、最も近くで孤立しているゴブリンからだ。一気に駆け出すと、あっという間に標的の姿が見えて来た。


ゴブリンは思いもしなかったハンターの接近に、慌ててこちらを振り向いているところだった。都合のいいことに、背後から強襲することができたようだ。


急ごしらえで戦闘態勢を整えようとしていたゴブリンだったが、その動作はあまりにも遅すぎた。何なら、ゴブリンがこちらを振り返るよりも早く、俺の牙は奴の喉元に食らいついていた。


「ゴガッ……」

「ペッ! やっぱマズッ」


短く、たったそれだけの断末魔を上げてゴブリンは絶命した。慣れてしまえば何とも呆気ない。多少の頑丈さはあるが、それさえ突破してしまえば後は何の特徴もない魔物だ。こんな奴相手に必死で逃げ回っていた数分前の自分が恥ずかしく感じる。


再び、目の前に画面が現れ文字列が表示された。


――ゴブリンを討伐――


「あれ、これだけか」


「討伐」の後に続く文章が、今回は表示されていなかった。一体どういうことなのだろうか。


何かを入手するかどうかは、ランダム要素ということなのだろうか。それとも、一種類の魔物につき一つだけとか? ……よく分からない。


「ま、数倒せば何となくわかるだろ」


とにかく、考えるのは全て敵を倒してからだ。俺はその後も同じ調子で、付近にいるゴブリンを狙い撃ちで殲滅していった。


変化は、探知していた二人組のゴブリンの息の根を止めた時に起きた。


「ふぅ……ちょっと苦戦しちまった」


二人組のゴブリンのうちの片方は珍しく弓で武装していて、遠距離からの攻撃が非常にうっとおしく、肩に一撃もらってしまった。


何とかかわしつつ、最終的には各個撃破することができたのだが、一体なら楽に勝てる相手でも、パーティを組まれると途端にやっかいだということを一つ学んだ。


弓で武装していたゴブリンを最後に仕留めると、画面が表示された。


――ゴブリンを討伐-射撃:1を入手――


あれ、違うやつが手に入った。


弓を使うやつを倒したら「射撃」が手に入ったということは、どうやら同じゴブリンでも個体の特徴によって入手できるものがことなることもあるようだ。


加えて、更にもう一つ得た情報があった。


「やっぱり、治ってる」


刺さった矢によってできたはずの傷が、画面が表示されるとともにすっかり癒えてしまっていた。もともと「頑丈」による効果なのか、一撃をもらった時にも対して深くは刺さらなかったのだが、それにしたって完全治癒するには早すぎる。しかも、最初ブタの魔物にぶっ飛ばされた時の負傷は、今や全く無くなってしまっている。


これはつまり、敵を倒した数だけ体が回復するということなのだろう。痛みがやわらぐタイミングから考えても、そうとしか考えられない。何だその便利システム。


これは、この世界にいる全ての人に共通のことなのだろうか。俺の中の常識は「そんな訳あるかい!」ともはや盛大なツッコミをしまくっているが……。


ともあれ、これで一つまた新たな事実が判明した。


俺は、勝利し続ける限り無限に戦っていられる。それは、とても心躍る話だった。


さて、次はどいつを殲滅してやろうか。


どこにどんな魔物がいるかまた調べるため、聴覚を研ぎ澄ませる。そこに飛び込むように、切羽詰まった様子の悲鳴が飛び込んできた。


「いやあああ! いや、来ないでえ!!」


それは聞き覚えのある、あの少女の物だった。

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