第4話:爪と牙

醜悪な魔物はその目を吊り上げたかと思うと、手に持っていた棍棒を高く振り上げた。


「うおっ……やべ!」


俺は咄嗟に判断すると、うつ伏せの姿勢からゴロンと寝返りをうつように身をかわした。


すぐにドシンと大きな音が鳴る。何とか上半身だけ起こして見てみると、先ほどまで俺の頭があった場所の地面が、棍棒で打たれた衝撃により大きくえぐれていた。もし反射的に体が動いてくれていなかったら、俺の頭が今頃どうなっていたか、想像するだけで恐ろしい。


一寸先は死。


どうしようもない現実に俺が身を打ち震わせ唖然としていると、ゆっくりとこちらを向いた魔物が再び牙をむいた。大きく足を踏み出し、再び俺の頭めがけて棍棒を振り下ろしてくる。俺は地面をのたうち回るようにして何とかそれをかわす。


「グゲッ、グゲゲゲッ!」

「ハア、ハアッ……?」


何回かそんなやり取りをして、体力もいい加減限界に近付いてきたところで、気付いた。流石におかしい。


最初の一撃をかわした時と比べて、明らかに俺の動きは鈍くなってきている。だというのに、俺はずっと紙一重で魔物の攻撃をよけ続けることができているのだ。


それが意味することとは何か。


「グゲゲゲッ、グガガガガッ!」

「……このやろー」


不思議なもので、最初はただ醜悪なだけに見えた魔物の顔も、こうしてしばらく向かい合っているその変化も分かるようになってくる。目の前の魔物は、明らかに口端を持ち上げて笑っていた。


こいつにとって俺とのやり取りは、戦闘ではなかったのだ。ただ弱っている獲物をさらにいたぶって愉悦に浸るだけの、言ってしまえば娯楽である。


こいつもか。


こいつも俺のことを、自分が楽しむだけの道具だとしか思っていない。ウザいな。


意識が、深い負の感情に沈んでいくの感じる。


思い知らせてやりたい。その愉悦に歪んだ醜悪な笑みを、恐怖と絶望に染めてやりたい。


その瞬間、先ほど感じた力の奔流が、俺の中に湧き上がってくるのを感じた。


これだ、この力だ。これがあれば、に復讐できる。


激流のように渦巻くエネルギーに身を任せて、思いっきり地面をける。体の痛みすら、今はほとんど感じない。身に纏う暗く、黒い霧のような何かが、俺の体を無理やりに動かしているようだった。


「グガガガガッ……グガッ!?」

「遅えよ……」


凄まじいスピードで、一気に魔物の懐にもぐりこむ。慌てたように棍棒を振り上げているが、まるで止まっているように遅い。俺は右手に力を込めて、思いっきり振りぬいた。


「ガアッ!?」

「ちっ、浅いな」


咄嗟に飛びのいた魔物の行動により、俺の攻撃は奴の脇腹に三爪の傷を残すに留まった。


手のひらを見る。指の先から太く鋭い、漆黒のかぎ爪が飛び出していた。試しに力を込めてみると、より大きく、太く、鋭く変化する。これは強力な武器だと俺は思った。


魔物は、俺からやや離れた場所で鼻息を荒くし、こちらの様子を窺っていた。すぐに逃げ出すかと思ったが違った。どうやらやつにもプライドがあるのか、先ほどまで一方的にいたぶっていた相手から敗走することをためらっているようだ。


下らない。判断ミスの先にあるのは死だ。


俺は再び踏み込み、手に思いっきり力を込めた。太く、鋭く変化した爪で奴へと切りかかる。


魔物は棍棒を挟み防御を図るが、木製のみすぼらしい棍棒など、強化された俺の爪の前では大根と同じだ。あっさりと切り伏せられ、その原型を失う。


そのまま貫通し、奴の顔面を思いっきり切り裂いてやった。


「グギェアアアアッッ!!?」

「まだ死なねえのか、じれったいな」


顔面から血をだらだらと流し苦痛に悶えながらも、魔物は二本足でしっかりと戦闘態勢を保っていた。あのムカつく笑みを消す目的はとうに達成したが、こんなことでは俺の目標にはまだまだ足りない。


何か他に武器はないか。もっと強力で、固く、鋭い武器が。


奴の固い皮膚をあっさりと貫けるだけの手段はないか、俺は探った。


そして、見つけた。考えてみれば単純な話だ。体の中で最も固い部分など、始めから分かり切っていたのだから。


俺は笑みを浮かべ、思いっきり歯を食いしばる。力がその部分に結集していく。


これはいける。俺は、確かな手ごたえをかんじた。


奴の喉元目掛け、一気に大地をかける。


「グガ、グガウッ!」

「うっとおしい」


俺の狙いを察したのか、何とかこちらを払いのけようと伸ばしてきた手を、かぎ爪で切り伏せる。相手の腕を振るスピードとこちらのスピードとの相乗効果で、結構あっさりと奴の腕が切り落とされてしまった。


「ガア、ギャァウッ」

「逃がすかよ、ヴワアアウッッ!!」


それでもなお、致命傷だけは避けようと身を翻す魔物の動きを追って、俺は奴の喉元へと思いっきり飛びかかった。


「ヴァアアアアッッ!!」


ついに、奴の喉へと食らいつく。そのまま地面に叩きつけ、勢いのままにその肉を皮膚ごと食いちぎってやった。


口の中に血の味と、肉の感触が広がる。ぐちゃぐちゃとして、あまり気分のいいものではない。何より、めちゃくちゃマズイ。


「うえっ! ペッ……やっと一匹か」


魔物は、断末魔を上げることもなく絶命していた。俺が食いちぎった喉元の穴から、絶えず血液が流れコポコポと音が出ている。冷静に見ると結構グロイ。


恐らくだが、コイツは魔物の群れの中でも相当弱い部類だったはずだ。それが、思いのほか苦戦してしまった。残りの魔物……例えば、俺をここまで吹き飛ばしたブタの魔物……そんな奴らに俺は勝てるのだろうか。


逃げ出した方がいいかもしれないと思う。だが、合理的に考えて出たその判断以上に、「どうやったら奴らを全滅させられるか」の可能性を探ってしまっている自分がいた。


俺は、ずいぶん好戦的な性格のようだ。


魔物の喉元から鳴る音が止んだ。ずいぶん考え込んでしまっていたらしい。


とりあえず今の場所から移動しようとした時、いきなり目の前の空間に画面が表示された。


――ゴブリンを討伐-頑丈:1を入手――


何だ、これ。


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