四節 天使、見つける
翌朝、野営道具を片付けたルシフェル達は、日の出とともにグリフォンに乗って捜索を再開した。
ラジエラとルシフェルは精神魔法を用いて、索敵魔法で見ている情報を共有しながら飛行していた。
この状態では魔法に対する集中によって、流石にグリフォンから落ちかねないので、彼女は彼の前に抱かれる形で同じグリフォンに騎乗していた。
空いたグリフォンは荷運びの状態で、ラジエラが乗っていないことに不満な様子だが、単にそれだけでおとなしくついて来ている。
今は励起魔素をなぞるような飛行ルートに変更し、飛行速度は昨日と同じだ。
状況が状況なだけに空気は重苦しい。
『お兄ちゃん』
『ああ、途切れたな』
五時間ほど飛行したところで励起魔素の反応は途切れてしまった。途切れた地点までは同じ時間飛ぶ必要がある。
グリフォンたちの食事もある為、昼食の為に降り立った時だった。
「お兄ちゃん、索敵できない地点がある」
情報共有の精神魔法は起動した逆順に終わらせないと暴走の恐れのあるものだ。
信頼した者同士ならなんてことないのだが、自身の精神情報が共有されてしまうので、相手に知られたくない感情や情報を与えてしまうだけでなく、共有されてしまう情報が膨大になるので、脳のシナプス回路を焼き切って脳死状態を引き起こしてしまう。
兄弟や親子、夫婦、十数年来の親友と言った、ある程度深く知り合う相手ならば、知っている情報の切り捨てが行われるので、危険性は極めて低い。
とは言え、激しい頭痛に見舞われるので、順番に切ったわけだ。結果、索敵魔法を切ろうとしたときに、範囲に無効化されている場所が一瞬入り、再起動して降り立つまで観察していたのだった。
「なんだと」
特定の物に対して特化した索敵魔法の場合、索敵できない場所と言うのは致命的になり兼ねないので、寧ろ分かるようになっている。超広域という性質上、簡単に隠蔽できるのでこれに関しては敏感に設定されている。
索敵できない地点は励起魔素の反応が途切れた場所と結ぶと、励起魔素が残っているルートからそのまま直行できるような地点だ。
軽食を取りながら地図と照らし合わせるとちょうど町と重なっていた。
「ここでしたら、エイナウディ共和国のジーノ・ダッダーリオ伯爵領、領館のある中規模の町・・・ですね・・・」
「よりにもよってダッダーリオ伯か・・・」
あまり良くない人物であることは、イネスとレイモンの落胆の様子で分かった。
「どうされたんですか?」
ラジエラはきょとんとしている。
「端的に言えば、子供性愛者だな」
そしてドン引きしてしまった。
「証拠さえあれば俺ら騎士で手入れできるんだが、巧妙なんだよ。しかも、伯爵領は子供に対する優遇策をやっていて、孤児でもちゃんと独り立ちできるようにしてるから余計厄介なんだよなぁ」
「確か、子供を守る為に索敵魔法を無効化する結界を張っていましたね」
「ああ、一応、そう言う主張だし、結構強力な奴だ。だが、索敵魔法を使われたことは分からねーはずだ。んで、どうすんだ?」
ルシフェルにとって無効化結界は割とどうでもよかった。子供性愛に関しても予測していたことなのでどうでもよい。
「グリフォンに騎乗したまま町に近づくと何が起きますか?」
「特にこれと言って問題はないな。教会にグリフォン達が下りられるように広場があるぐらいだし、定期的に使っているからな。伯爵に取り込まれないよう、定期的に司祭を変えてもいる。むしろ、天使様の今の姿の方が問題だ」
天族隠蔽の技能はまだ使ってないが、これまでの周囲の反応でわかる。
しかし、質問の意図はそこではない。航空機という概念のないこの世界で、空を飛んで移動することはそれほど貴重で希少なわけだ。グリフォンは頂点捕食者に近くても頂点ではない存在なので、招く混乱がどの程度になるか分からないのだ。
即ち、どの程度に神殿の空騎士とグリフォンの知名度があるか探っているわけだ。
「分かりました。おそらくですが、探している二人以外の子供も、幽閉、あるいは慰み者になっている可能性があります。私は二人の保護しか念頭にありません。しかし、神殿に受け入れができるのならそのかぎりではありませんが」
「孤児の受け入れはいつでもできます。聖国は宗教だけで成り立っているのではありませんから」
これに関しては当然と言える。が、彼は国の基盤は大丈夫なのか聞きたかったのだ。更には甘く考えるんじゃないぞという脅しでもあった。
「なぁ、結界はいいのか?」
「問題ありません。結界は一方からの何かを防ぐのであって、その一方以外から起こったことを防ぐことはできませんからね。もし、二人を見つけた場合は三人で難癖をつけて伯爵を足止めして下さい。私一人で子供たちを教会に保護します」
グリフォンたちが食事を終えると魔法を使って飛行スピードを上げ、三時間で町に到着し教会に降り立った。
司祭に話を通すと、嬉々として協力を快諾した。聖女がいると便利なのは間違いない。ガエルには感謝しなければ。
音響探信魔法と記録魔法で汎用携帯端末に町の全容を記録したところで、ルシフェルは確信した。
口の蓋に釘を刺した上で記録した町の立体地図を見せて司祭に確認する。
「ここが教会ですから、形からもここが領主館で間違いないですね。んー?これは領主館の地下に何かありますよね?」
「この形だとありますね。地下牢が」
立体地図にははっきりとその姿が映し出されている。もっと言えば不自然な盛り上がりも確認できる。
「犯罪者の幽閉場所は別にありますし、領主館に地下牢はないはずなのですが」
「こいつは、もしかすると」
「まぁ、待ちなさい」
ルシフェルは索敵魔法を起動した。
「大当たりだ」
「じゃぁ、手はず通りやるか、この時間なら、伯爵はまだ領主館だろ」
ルシフェルは隠蔽魔法を複数起動して先行した。
領主館に着き裏手に回ると、不自然な勝手口があった。音響探信魔法は建物の構造まで分かる優れ物だ。建物の中央に階段を設置することで構造を分かりにくくし、扉も石造の絵でだまそうとしているようだが、音響探信魔法の前では無意味なのだ。
周りに人がいない事、近づいていないことを索敵魔法で確認すると扉を開けて中に入る。
階段を下りた先には鉄製の格子扉があり、鍵が内側からかかっている。かかっていても格子扉なら簡単に転移魔法で抜けることができる。
転移したところで、しくしくと鳴く子供の声が聞こえてきた。音響遮断結界を張ってきちんと隠していたようだ。それに、
「うるせぇぞ!」
という男の怒鳴り声と共に金属を叩いた甲高い音が鳴り響いた。かすかに「大丈夫だからね」という女の子の声も聞こえた。
「お前の方がうるさい」
岩盤を掘り抜いた地下なので、音が響くのだ。
「あ?」
転移魔法で背後を取り、男が振り向いた瞬間鳩尾に拳をめり込ませた。力を入れすぎて近くのあばら骨をへし折ったのは内緒だ。
隠蔽魔法を解くと状況を理解したのかしていないのか、中でも年長と思われる女の子が声をかけてきた。
「あなたは?」
「助けに来たと言っても信じてくれないかな」
そう言いながら天族隠蔽の技能も解除した。
「うそ、てん、し、さま?」
傍に例の二人がいないことを確認して逆の牢を向くと目的に二人がいた。その二人に笑みを向けると、近くに寄ってきた。
「セレちゃんと、イムちゃんだね」
「「うん」」
「初めまして、俺は熾天使ルシフェル」
「してんし!」
「ラファエルさまといっしょ!」
なぜ、ラファエルの名が出てくるのかは謎だ。それは置いておくとして、今にも泣きそうになっている二人に奥に行くように言うと素直に従ってくれた。
鍵を破壊し、中に入ると駆け寄ってきた。膝をついてしっかり抱き留め、ねぎらいの声を掛ける。
「セレちゃん、イムちゃん、よく頑張ったね。もう大丈夫だからね」
二人にとっての天使と言うのは、優しい近所のお兄ちゃんお姉ちゃんという認識だったのだ。それこそ、いろんな天使がかわるがわるに猫可愛がりされ、怪我をしたら直してくれるそんな存在としてとらえていた。
そこからは阿鼻叫喚だった。二人につられるようにして皆して泣き出してしまったからだ。泣く元気があるだけで安心できた。
「てんしさまのいったとおりだったー」
「てんしさまがたすけにきてくれたー」
何かあった時の為に、天族は味方であり、助けてくれることを教えてくれていたようだ。これは普段の同族の行いには感謝しなければならない。まぁ、この双子、実はユニゲイズの観察対象であり、そうしろという命令があったからでもあるが。
「よしよし」
二人を器用に抱きかかえると、向かいの牢の中に転移する。そうすると年長の子以外はルシフェルに寄ってすがった。
ルシフェルも翼を広げて寄ってきた五人の子供たちを包む。
「みんなも、もう大丈夫だからね」
そして年長の子も忘れない。
「君もおいで」
ルシフェルに包まれて皆泣くのだった。
そうして、一人、また一人と泣き止んで行き全員が落ち着くのを待った。
「さ、みんな、翼も掴んでいいからしっかり俺につかまって目を閉じて、安全な場所に転移するから」
全員が捕まったのを確認すると転移魔法を起動して教会に移動した。
「司祭様、皆をお願いします」
「え、お兄ちゃんどこかに行っちゃうの?」
「やだ、いかないで」
とみんなで愚図りだす。
「どこにもいかないよ。すぐに戻ってくるから、司祭様の言う事を聞いていい子にしててね」
「してるー」
「してるからすぐ戻って来て」
「うん、すぐもどってくるね」
教会の外に出て、ラジエラに通信魔法を飛ばす。
『ばっちり全員、救出した』
『ほんと!』
『ああ、地下で伸びてる男がいるから、帰ってくるときに回収するか利用するかしてくれ』
『分かった』
通信魔法を切って中に戻ると修道女総出で世話をしていた。
そんな中で、セレとイムは明らかに浮いている。二人の場合は教会をすっ飛ばして天使との関りがあったことが原因で、教会と言う存在が身近ではないのだから仕方がない。
あまり触れてほしくないのか、身近ではなかったせいなのか、怪我の治療をかなり嫌がっている。しかも、ルシフェルを見るや否や、修道女を振りほどいて駆け寄り足に抱き着いて隠れるようとしている。
こうして懐いてくれるのはいいのだが、ちゃんと治療しないと後遺症になる恐れが高い。嫌でも治療は受けさせないといけないので心を鬼にする。
ルシフェルが元いた世界にも、この世界にも回復魔法と言う概念はなく、過去に存在したこともない。
別にないことはない。代謝を促して回復を早めると言う代物だが、一週間で完治する怪我が六日で済むとか、その程度なのだ。仮に体力が十分あったとしても、かけ続けると死を招くほど危険な魔法でもあるので、ここいる子供たちには使えない。
二人を抱き上げて長椅子に座ると太ももの上に座らせる。
「イムちゃん、セレちゃん、お手々がなくなってもいいの?」
「「いやぁ」」
一見すると折れているようではないが、二人とも右の手首が腫れており、腕には痛々しい青痣まである。感覚が麻痺しているようだが、庇っているのはすぐにわかる。
「ちゃんと手当てを受けられたら、後でお菓子あげるよ」
「「ほんとー?」」
「ほんと、ね?」
二人が頷いたのを確認して手当てをしていた修道女に目配せする。修道女が道具を持ってきて二人の手当てをするのであった。
結局、セレとイムが最後に手当てを終えた。約束通りお菓子を出してあげると顔は明るくなり食べ始めた。二人を特別扱いできないので、他の六人にもお菓子を渡す。
あげたお菓子は天族謹製のシュトーレン、全員が無心で頬張る姿がかわいそうに思える状態だ。ルシフェルがその場で多めに調合した経口補水液すら一瞬でなくなるほど。足りないのは分かっているが、これ以上はないので与えることはできない。
全員女の子であるところを見ると目的は一つで、更に加虐趣味まであるのは、服と呼ぶにはふさわしくない服を脱がせてみるとすぐにわかる。あばらの形がくっきり見えるほどに痩せこけて、あざだらけ、一人は折れた痕跡が見てわかる。
子供たち以外の全員がこぶしを作って震え、一部は下唇を噛み締めている。
「では、司祭様、セレちゃんとイムちゃんは私が引き取ります。残り子はお願いしますね」
「ええ、アージェ教徒の一人として、必ず悪いようにしないと、熾天使様に誓います」
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