四節 堕天使、教会へ降臨す

 ユニゲイズは場をミカエラに任せると部屋を出て行った。


「さて、という事なのですが、話を続けて大丈夫ですか?」

「どうぞ」

「まずは、あなたに天使名を授けます。ルシフェルです。階級はあなたの力を鑑みるに熾天使とします。あなたの妹にはラジエラ、階級は力の程を見てからとします」

「命名則がありそうですね」

「ええ、こちらに転移した堕天族はあなただけではありませんし、あると言っても末尾の音が男にエル、女にエラをつけるというだけです。それに、天使名としての通り名がないと何かと不便です。いつまでも真名を語るわけにはまいりませんでしょう?」


 危険性を考えるなら通り名はあった方が良い。元いた世界であれば戦略兵士という関係上、真名がよかった。惑星一個を滅ぼせる可能性を持つのだから、下手に刺激はできない。が、制御はしなければならないからである。

 しかし、こちらとなると話が違う。しがらみがなくなり天使として生きるのであれば、天使名は必要となる。また、それが通り名でないと、同じ天使からいらない攻撃をされかねない上にとぼけられても困るのだ。

 勿論、ミカエラたち天使も別の真名を持っているという事でもある。


「あなたにやってほしい事なのですが、双子の子供を探し出してほしいのです。今、極度の人手不足にありまして、ルマエラとルムエルに使用人としてあなたにつけなければいけない程度にはひどいのです」


 聞けば二人はまだ十歳にも満たないのだと言う。

 子供に対して対等と主従を学ばせるために、同年代の子を付けることはあるが、客に足して付けるのはあり得ない。


「一人は氷を司る精霊セルシウスの子、一人は炎を司る精霊イフリートの子です。人間との混血です。母親の関係上、精霊の里と言う人間の村で匿っていたのですが、不覚を取ってさらわれてしまいました。これも原因は人手不足で、行動を起こそうにもそうはいかないわけです」

「双子?」

「ええ。母親は同一人物で同じ歳です。確かに父親は違いますが、合えばわかります」


 二卵性双生児という言葉が浮かんだが、そもそも、精霊に生殖機能はないはずだ。そしてそういう意味では正に愛の結晶といってもいい。


「・・・人手不足の原因は?」

「大規模な気候変動で、惑星を保護しなければならない以上、精霊とその眷属、そして私たち天使も抑え込みに回っているわけです」


 パウルは何か違和感を覚えた。文明を守るのなら必要な人数を保護するといいだけの話だ。惑星を保護するような介入を彼がするとは思えない上にやり方が雑だ。


「なるほど・・・これはユニゲイズ様の意思ですか?」

「いいえ、気候変動の時点で介入をする気はなかったようです。管理代行である私に一任されたので、私の判断です。それに、あなたがこちらに来なければ、二人の捜索はもっと後回しになったことでしょう」


 彼の物言いでは、よほどの想定外でないと介入はしないはずだ。それに、数多の世界を創って見ているのであれば、どんな規模でも気候変動が起こることは分かっているはずだ。それによって文明や生物が滅んだことも。

 同じように考えると、なぜパウルに介入が入るのかという話になる。これに関しては完全にしりぬぐいをしているわけだからだ。

 天族、すなわち天使というのは、目的にために必要な手駒としてユニゲイズが手ずから作り出した自身たちの劣化複製人だ。

 その天使たちに課したのは世界の管理、その中で、天使が他種族と交わることで生まれたパウルのような混血も天使と定義し、同列の扱いをしていた。増えた天使を管理しきれずに定義が崩れ、最も恐れていたユニゲイズたちの血が世界に混ざってしまうことになった。

 これでは目的を達せないと判断して介入しているわけだ。それに、管理の必要がなくなった世界は観測に必要な人数を残して天使たちを引き上げさせている。

 世界はユニゲイズたちが生み出したものであることに間違いはない。ただし、複製して条件を設定した世界なので、辿ればユニゲイズたちとは全く関係のない元の世界がある。


「セルシウス様、イフリート様、そしてその母親に会いたいですね」

「どうしてですか?」

「せめて、二人の特徴などの情報が欲しいので」

「セルシウスとイフリートに関しては、出向けば会えます。ですが、母親は既に死んでいます」


 これには頭を抱える他なかった。この情報がないと解析魔法で解析しても特定はできない。変質の可能性を考慮しても決定打に欠ける状況で探し出せという難題に変わった瞬間だ。


「ただ、半年前の二人の写真はありますから、そう悲観することはありません。それに、ただの写真ではありません。そうですね、魔素による生体保存物と言えば分かると思います」

「何を記録しているのですか?」

「二人の立体容姿、魔力波長、感情波長、声帯波長と言ったところです」


 笑うしかない。便利な保存装置もあったものだと。

 パウルの世界にも同様の物がある。しかし、これは魔科学分野で実用化から一年もたっていない代物で、感情波長の記録はまだできていない。とりあえずそれは置いておこう。


「見せていただけますか」

「もうですか?」

「二人のことを考えたら、早ければ早いほどいいですからね」


 分かりました。

 そうして見せられたのは、立体動画だ。動物人形を抱く紅髪の子の手を引く蒼髪の子の風景、さらに幾人かの子供と大人がちらちらと映っている。

 解析魔法と記録魔法を使い特徴を汎用携帯端末(所謂スマートフォン)へと保存する。

 一通りの記録が終わり、魔動式に変えてよかったと思った。魔動式は一般的だった電動式に比べるとかなり高価で野暮ったくはあるが、使用する本人の魔力によって動く為、一週間以上どこかに置き忘れるような事をしなければ充電と言う概念はないに等しい。


「そちらの世界では、魔動式が実用化されているのですね」


 正距円筒地図を出しなら彼女は言う。


「それもここ十年の話ですよ」


 先ほど記録した情報を頭に叩き込むように反芻しながらそう返した。


「まぁ、私たちも、あなたの世界だけでなく様々な世界の技術を見て、開発部門が必要に応じて作っているようなものですからね」


 地図を机に広げ、彼女は赤と青、黒の筆記具で何かを書き足し始めた。


「現状はこんな状態です」


 そう、気候変動による地図と現在の差異、さらに気温状況を記したのだ。

 赤道下の熱帯は本来より広く、極地の寒帯は本来より広い。更に、極寒地と極熱地があり、そこに生物はいないという。

 なるほど、これはまずい。

 恒星に対して地軸は約十度傾いているのだが、距離や大気層を考えると生物が住めないほどの極寒地と極熱地が出来上がるというのは考えにくい。

 二連星である彼の世界だと、二連星という性質によって一時的に極寒地と極熱地が出来上がることはある。が、それも十日ほどの一時的なものにすぎない。

 そうではない惑星が、精霊とその眷属や天使によって抑え込んでもこれであるなら、それこそ、他の星への移住や宇宙に住居を作るなどして出ていく方が良い。そんな技術を持っているのかどうかは別として。


「それなりに顔の効く案内人が欲しいですね」

「それならば、教会を利用しましょう。彼らが私たちを利用しているのですから、たまにはいいでしょう」


 教会の位置が地図に記入される。

 幸いにも、残された居住可能帯の中央にあるようだ。極寒地と極熱地で限定されているとは雖も広い。縮尺を鑑みると、超広域索敵魔法に手を加えれば、最悪でも一周で居場所の特定はできる。

 が、これについては妹のマリーナが来てからと言う話になる。

 クローンを用いた拉致先で妹が何をしていたのかと言うと、軍拡と支配強化の為の索敵魔法の改良に従事させられていた。はじめこそ魔力タンクのような扱いだったが、天性の器用さ故か覚醒してからは、上司を言いくるめて改良に回ったのだ。

 瞬間覚醒だったパウルに対して、マリーナは拉致先で漸近覚醒だった。その為、魔力量は妹の方が多く、魔力を使う事による精神的疲労にめっぽう強い。その分、燃費が悪く回復は人並みだ。

 この為、こと索敵魔法に関してはマリーナの十八番であり、長時間に及ぶ場合は彼女の方が良い。回復量を加味するとあまり起動時間に差はないが、彼では四半日と少しで疲労によって動けなくなる。しかし、彼女は半日持たせて、翌日には疲労も含め全回復している。

 幸いなのは索敵魔法に対するトラウマのようなものはなく、救う為なら遠慮はしないところだろう。それに、周りが気を使っていたというのもあり、彼女が軍から何か打診されたことはない。


「私も少し話をしたいことがあるので、さっそく参りましょう」


 思う事がかなりあるらしい。そんな含みを持った声色だった。

 窓の外はすっかり明るくなっている。ミカエラ曰く、惑星と同じになるよう外の景色は設定し、そもそも衛星自体は生命が住める環境ではないらしい。活動拠点は必要で、管理に膨大な魔力を消費し続けなければならない亜空間を利用するならと、テラフォーミングを行ったのだ。

 部屋の外にいたルマエラとルムエルに事を伝えると、今にも泣き出しそうだったのだが、時間ができたら一緒に遊ぶと約束すると部屋に帰って行った。残酷な約束だ。


「では行きましょう」


 他人がやる転移はやはりなれない。特にミカエラの場合は触れる必要がなく、発動合図がないので構えられないのだ。


「今日も熱心ですね」


 白いベールを付けた女性を見下ろし、彼女はそう言った。

 ふわりと地に足を付けたところで、女性は顔を上げた。手を組んで、信じられないとでも言いたげな顔をしながら、どこか感動を覚えているようだ。

 それはどこ吹く風、関心もなく言葉を続けている。


「教皇アレクシを呼んでください」

「かしこまりました」


 しばらく後、教皇と先ほどの女性、さらに数人がきて、祈りを捧げるように跪いた。


「あなた方に協力をして頂くべく参りました。彼、熾天使の一人、ルシフェルがしばらくこの世界に止まります。新しく天使に名を連ねた為に、この世界について疎いのでその部分で協力してください」

「御心のままに」


 教皇がそう言って頭を下げると、周りもそれに倣う。


「但し、彼が成そうとすることにあなた方が障害にならないようにしてください。そう判断された場合は、分かっていますね」

「心得ております」

「聖母ミラ、教皇アレクシ、私から二人に話したいことがあります。ルシフェルに関してはアレクシ、あなたの人選で一人対応させなさい」

「御心のままに・・・枢機卿ガエルに任せようと思います」

「私がガエルです。ルシフェル様」


 そう言って教皇の後ろにいた男が頭を下げた。

 周りに動揺がないところを見ると、ガエルは教皇の腹心的な存在だとうかがえる。


「よろしくお願いします」

「御心のままに」


 そうして別室に案内され、紅茶を出された。


「私がここに来た理由ですが、二人の子供を探しています。今年で四歳、特別な子たちです。青い髪のセレと赤い髪のイム、心当たりがないか情報をお願いします」

「かしこまりました」

「私が行う事と並行作業になります。旅に出るのですが、それなりに顔が利いて立場のある者とその護衛ができる者です。それぞれ一名ずつお願いします。これ以上は悪目立ちします」

「なるほど、希望はそれだけでしょうか」

「旅なので立場のある者はそれなりに体力のある、若い方が良いと思っています。護衛は多少粗忽者でもお調子者でも腕があれば大丈夫です。戦闘の対処は私一人で十分ですが、もしもの為です。なので、知恵者であればよしというところでしょうか」

「そうですか・・・」

「そうだ、できれば、その護衛は、貧民街について精通していると助かります」

「神殿騎士に適任がいないか探してみますが」

「どうしました?」

「あ、いえ、失礼にならないかと思いまして」


 その言葉の方が失礼なのだが、彼が額の汗を拭う姿を見て思い直した。


「旅をするのですから、お調子者の方が肩はほぐれると言うものですよ。硬いと気疲れでやってられないというのが本音ですね」

「分かりました。立場のある者に関しては、第二聖女を提案します。王族の姫のような立場です。護衛については聖騎士長を連れてきますので彼と話してください。二人を呼びますのでしばらくお待ちください」

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