三節 堕天使、創生者に合う
どれくらい眠っていたのだろうか。
ソファで寝ていたせいで、体の痛みで起きたのだ。窓を見やれば外は薄暗い。立ち上がって背伸びをすると扉を叩く音が聞こえてきた。
「開けていいですよ」
そうして現れたのは昨日の美少女と美少年だ。いかにもメイドと執事といういで立ちだが、着せられている感が否めない。
「ルマエラ様とルムエル様でしたか?監視でもしているのですか?」
二人は顔を見合わせるとうなずき合った。
「ええ、そうです」
「ミカエラ様の命令です」
まっすぐにこちらを見ているあたり、隠す気はないらしい。
「道理で折がいいわけだ。で、どうされました?」
それに牽制されたのなら牽制し返すしかない。
まっすぐこちらを見てあけすけに言うという事は、荒らすなという事だ。こちらはこちらで嫌味を含ませて程々にしろよと言っておく。
「ミカエラ様がお待ちです」
「お食事の前に話したいことがあるそうです」
「急ぎか・・・」
「「はい」」
そろった返事の後、彼らは
「行きましょうか」
「「・・・はい」」
二人は狼狽えつつ、彼を案内するのであった。
魔法で、ただ一瞬で、着替えて身なりを整えただけ、なら幼い二人でも普通は狼狽えない。二人の阻害魔法を物ともしなかったことなのだ。
「監視するのはいいですが、阻害魔法は大概にしないと、いらない攻撃をされかねませんよ?もしくはもっと強力なものを使うか、ですね」
阻害魔法を使われていること自体は、魔法を使えるのなら簡単に察することができる。また、阻害魔法はその性質上、隠蔽することができない。
彼という存在は異物だということは彼自身わかっているので、監視されて当然であると思っている。しかし、阻害魔法は相手に対する圧力が強すぎるので、その圧によって身の危険を感じて先制攻撃を引き出しかねないのだ。監視にしたって本来よろしいものではないので、阻害魔法と合わされば余計そういった状況になりかねない。
「それと、阻害魔法を使うのなら動揺しないことです。相手に格を教えることになりますよ」
そう言われて振り向いた二人は今にも泣きそうになっていた。どうやら見た目以上に幼いらしい。
「前を向いてないと危ないですよ」
敵意はないという意味を込めて、二人と目線を合わせて頭を撫でておく。途端に二人の顔は明るくなり、少しこころを開いたのか話が弾む、弾む。ミカエラがいる部屋につく頃にはすっかり懐かれてしまっていた。
かなりの距離があったのだが退屈せずに済んだ。
「まぁ」
扉がなかった為に、ミカエラに手を繋いでいるところを見られてしまった。
驚いた様子のミカエラに、よく分かっていない二人は滑稽に見える。手を放してしまうと不満そうにしていることにも驚かされている。
「何があったのかは知りませんが、二人は外で待っていてください。それから、この部屋には誰も近づけないように。もし、あの方が来られた場合は通してください」
「「かしこまりました」」
一礼をして出ていく二人を見るミカエラの表情は、使用人を見るというより、子をみる母のような表情だ。
「さて、ユンカース様、そちらに掛けてください。重要な話をします」
挿されたソファに腰かけ、彼女はその対面にソファに腰かける。
「二人の面倒を見させてしまったようですね。申し訳ございません」
「謝る必要はありませんよ。二人に、その、妹を重ねてしまいましてね」
「そうでしたか・・・」
二人して外で待たせている二人を見やる程には、かわいく思っている。
「それで、元の世界に戻すという話なのですが」
「それについては私から話をしよう」
ミカエラの話を遮り現れたのは威厳のある男性だ。左目のモノクルがやけに印象強く映った。
「君にはこちらの世界に残ってもらいたいんだ。ああ、いや、もちろん君の事情は考慮するよ」
顔色が変わったことにすぐさま気づかれて切り返された。
「理由はあるんだが、その前に、どう考慮するのか、その前提についても話しておこう」
そうして彼の口から語られたのは衝撃的な事実だった。
この世界と言うのはパウルがいた世界を基礎にして作られた世界の一つ。だから言語系統も同じなのだと言う。
決定的に違うと言えば、二連星と言う特殊な惑星ではないことだ。
パウルがいた世界で過去に堕天種が迫害された歴史がある。単に迫害されるのなら何もしないのだが、余りにも大規模であったことと、天使までそれに加わるとは想定外のことで、介入を決定したのだそうだ。
目の前にいるモノクルの男は神だと言うか。嘘ならもっとましな嘘をつくだろう。この場で創世の話をする意味もない訳で。
介入したは良いが、全部は拾い上げられていない。これ自体は事実だろう。パウルの堕天種と言うのは、迫害に正当性を持たせる為に生まれた、天使と他の人族との混血に付けられた人族側に都合のいい種族名なのだ。
今でも見つけ次第、堕天種には介入をしているらしいのだが、観測している世界が複数あるものだからどうしても取りこぼしているようだ。見つからないように種族として継承性のある呪いまでかけているから余計に見逃してしまうのだと言う。
とやれやれと言うしぐさを見せるモノクルの男、対照的にパウルは右手で顔を覆ってふさぎ込むように考え込んでしまった。
「でだ、君に関しては、せっかくの機会だから天使族としてこちらで生きてもらおうと思っていてね、転生は勘弁してほしい。やってほしいことがあるからね。君の妹さんは、こちらで天使族として生きてもらう事も、転生してもらうこともできる。君の情報があれば簡単に見つけられるんだが、どうするかい?」
とんでもない爆弾を投下された気分でパウルにその言葉は聞こえていなかった。
「言いたいことはあるだろうが、それは後でいくらでも聞くから、まずはどうするのか決めてくれないか」
そんなことを言われたところで思考がパンクしかけているパウルに答えるすべはない。
「あなたは、神だという事ですが?」
ようやく絞り出したのがその言葉である。
ともかく目の前の彼という存在を定義、あるいは理解しないことには話についていけないのだ。
さらに、彼の世界には『神の存在の有無』という命題が存在している。
精霊の存在に関しては実際に会っているので分かってはいるが、神の存在については精霊たちもはっきりとは答えなかった。彼らは何と言ったかと言うと、彼を神と定義するには、神という言葉の定義がそもそも間違っていることになると言ったのだ。
精霊と言うのは自然エネルギーが魔素と影響し合ったことで生まれた存在で、彼らの肉体はエネルギーが蓄積された魔素の集合体である。歴史上、人に影響されたが故に人の形をとっているが、本来は不定形であり明確な寿命が存在しない。
天使を神の使いとするのならば、神の存在は肯定される。天使の存在は彼の存在から肯定される。しかし、精霊は天使についても、神という言葉の定義がそもそも間違っているので神の使いとすることがおかしいと言った。
では、神とは何なのか。
彼の世界でも、過去の信仰をひも解いているのは当然だ。
ただ、堕天種と言う種族が絶滅している前提であり、存在したという確証が得られていない。また、堕天種全体がお互いに存在を秘匿して偽り、精霊もそれを教えようとはしない為に、推察、説の域を出ないのだ。
だから『神の存在の有無』という命題が存在するのだ。
『神の存在の有無』は信仰以外にも、創世以前の追及、あるいは自身の精神活動におけるもっとも根本的な事由の追及に置いて、外せない命題だ。
パウルの目の前の彼は、この世界の創世を語った。元いた世界の創世をはっきり語らなかった上に、自身の存在事由を語り、介入できる事を明かしてしまったが為に、パウルは目の前の彼の『存在』に対してパニックになってしまっているわけである。
また、パウルの分かる言葉で喋ってしまっていることも、それを一助している。
「そうだと言えばそうなのだが、そうじゃないと言えばそうじゃない。そのあたりは後回しにしよう。考えれば考えるだけ頭が痛くなるだけなんだ。君にとっては哲学に近い話だからな。そうだな、私のことはユニゲイズと呼んでくれたまえ」
そう言われと急に腑に落ちたような気分になった。そう、自分に知識と概念が足りないからどれだけ考えようと無理であると分かったのだ。
哲学とは命題に答えを出して概念に変える為の学問であり、日々、知識と事実のすり合わせと議論が行われている。概念を導くためには膨大な知識がベースになるが、その知識を学ぶのが哲学ではない。
「分かりました。・・・妹については彼女の意思次第ですね」
「どういうことだ?」
「教育方針ですね。やりたいことをやらせてあげられる状態でしたから、自分で考えて進ませようとしてたんです。無論、見つからないのなら都度相談して、知識を与えて自分で決めさせるようにしてました。なるべく、私の希望が入らないように」
そう言うとユニゲイズは唸った。
「それは、君の妹は一つの個として認めるという事かね?」
「ええ、そうです。妹に何かあった時、彼女が安心して帰ってこれる場所、あるいは避難所を作る事が目標であり、倫理から外れない限りは彼女が何を目指そうとどうでもいいのです。でも、何かを目指すには、彼女だけではどうにもできない事が多すぎるから、兄として多くの選択肢を残せるようにしていたわけです。今となってはすべて無に帰されてしまいましたが」
とは言っているが、彼女の口座にはすでに、企業の資本並みの莫大な金額が入っており、お金だけは不自由しないようにしている。将官優遇の戦略兵士と言えど、紙切れ数枚に命を握られている訳なので、早死にした場合の先手である。
「希望はあるかね」
「知識と考え方を身につけるまでは、せめて手の届く範囲にいてほしいですが、彼女がそれを望まないのなら、身を引くだけですね」
「妹の思うままという事だな」
小さく「ええ」と同意しふさぎ込んだパウルの姿は滑稽に見える。要するに、身を引くのが嫌なのだ。無論それだけではない。達成されていないので目標と言う訳で、やり残したことはたくさんある。さらに言えば、付き合っている彼女もいた。
その様子を見たユニゲイズはややあってこう切り返した。
「君の妹はこちらに連れてくる。君の気力の為に」
ハッと顔を上げたパウルの表情は何ともいえない物だった。
「こちらの事情を優先する。それともう一つ」
パウルが何か言おうとするのを遮って言葉をつづけた。
「君からしたら、この世界は前時代的であり、倫理感もまだまだ出来上がってはいない。しかし、その分、君の世界よりも、やりたいことは多く出てくる。やりがいも多く感じることができる。そんなに頑固なのかね?君の妹は」
無言で首を振ってこたえた。そこには降参と言う意味も含まれている。
「では、君の妹の名前を教えてくれたまえ」
「マリーナ・ユンカースです」
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