第二章 二人の行方
一節 天使、堕ちた歪みの矯正
「第二聖女のイネス・グーディメルと申します。ルシフェル様、お会いできて光栄です」
彼女もまた、祈るように跪いていた。
「こちらこそ、聖女様。その様子では話は聞いていますね」
「はい、存じております」
「では、聖騎士長が来るまで詳しくお話ししましょう。そちらに座って楽にしてください」
イネスが座るのを待ってからルシフェルは腰を下ろした。こうしないといつまでもそうしたままになるからだ。
「世界で今何が起こっているのか、それは分かっておいでですね?」
「もちろんでございます。精霊様や眷属様、天使様が総出で事に当たっておいでだと聞いております」
「ならば、話を勧めます。その精霊の中の二人の子が行方知れずになっています」
彼女は目を見開いて驚いた。彼女にとってその言葉には大量の情報が含まれていたのだ。仕方がない。が、パニックにはなっておらず、冷静なまま、それなりの場数は踏んでいるようだ。
「今年で四つ、行方知れずとなって二ヶ月、拉致ですから生存の絶望性は低いでしょう」
「では、非合法の奴隷商人にやられている可能性がありますね」
すぐに切り返せるところを見るとずいぶんやり手のようだ。
「闇取引ですでに囲われている可能性があると」
「ええ、教会としても騎士たちがそのあたりを対応しておりますので、話を聞く限りでは一番可能性が高いと存じ上げます。二人の子が持つ価値と言うのは、この世界ではかなり高いと言わざるを得ませんから」
「そう考えると、貴族から教会伝手で吹っ掛けてきそうですね。あるいは変人の慰み者になっているか」
「この国の者ならありえませんが、他国では残念ながら」
やはりこの可能性が高いと再確認した。急がないとまずい。
「失礼いたします」
ガエルが戻り、ルシフェルはそれを立って出迎えた。
ガエルの傍には、フルプレートの鎧を着た体格のいい男と、すらりと身長の高い軽装の男がいる。
「彼が聖騎士長のリアムです」
「改めて聖騎士長を拝命しておりますリアムです」
跪きはしないものの、フルプレートの彼は彼ら同様祈るように胸の前で手を組んだ。
「よろしくお願いいたします」
「話は聞いております。この男が希望に近いかと思いまして連れてまいりました」
「レイモンと申します。お力になれるよう精一杯やらせていただく所存です」
レイモンと名乗った男に向かってこう言った。
「楽にしてくれて構いませんよ。言葉遣いに関しても。特にあなたは」
パウルはレイモンにわざと究極の二択を投げかけた。
自身の直属の上司と教会の高官がいる前で、普通は言葉遣い、言葉尻には気を使わないとならない。後で自身が怒られるだけならまだしも、今後の出世や立場に影響が出る上に、教会全体の威信や教育を疑われる可能性もある。
しかし、相手は天使、それも最高位、楽にすることを求められたら、ここにいる聖女もそれに従う程の存在である。理由を付けて断ることもできなくはないが、不興を買えば何が待っているのか分からない。
ただ、彼はヒントを与えている。
最後に「特にあなたは」と言った。これは暗にいつもの、ラフな時の言葉遣いをしろと言っているのである。
逡巡したものの、レイモンの出した答えは、
「とんでもねー人だ。これでいいかい?」
ガエルの顔は真っ青になり、リアムは顔を真っ赤にした。対照的にパウルは笑顔だった。それが正解だと言わんばかりに。
「ガエル枢機卿、リアム聖騎士長、今の彼の言葉遣いが正解です。私が彼に求めているのは私に対する対等でラフな関係です。イネス様にもそうしていただきたいのですが、彼女は無理をしますからね。それに、彼が今の答えを出せないのなら、私は連れて行かないでしょう。間があってから答えられたら多少知恵は回る方だという事にもなりますからね」
ガエルもリアムもこれには絶句した。
「そもそも、あなた方を連れて行く気はありませんが、あなた方の反応を見れば、端的に言えば不合格だという事になります。まぁ、正直で何よりなのですが」
そして、自分らも試されていたことに気付いて肩を落としている。
「言いましたよね。旅をするのですから、お調子者の方が肩はほぐれると言うものですよ。硬いと気疲れでやってられないというのが本音ですね。と」
再びガエルの顔は真っ青になり、リアムは聞いてないぞとガエルを睨み付けている。聖女にしても紅茶を片手にじっとガエルを見つめている。
天使の、それも最高位の熾天使の言葉を無視したのである。とんでもない失態として報告が行く可能性がある。ここには侍女として二人の修道女もいるからである。
その修道女たちは見なかったことに、聞かなかったことにしようと、背を向けて紅茶を準備しているようだが。
「まぁ、あなた方にも内外に事情はあるでしょうから、これ以上この件で何かあればおっしゃってください」
ガエルはホッと胸をなでおろした。
パウルはこうして利用し利用されることに一切の抵抗がない。でないと戦略兵士はやってられないのだ。将官待遇なので、実際に戦闘指揮を行う事を前提に教育が施されており、感情を失っていた期間の教育なので洗脳に近い。
いろいろな面で
例えば人殺しに関して、彼は一度、国境で起こった小競り合いで、めんどくさいという理由で国境を超えて集団野営していた大隊を一撃で全滅さており、その死屍累々の中を悠然と歩いた。一緒にいた名目上の護衛が蒼白になっているのにだ。他国どころか自国でも彼を堕天族よろしく悪魔と称されていた。
こうした戦略兵士の使い方は割と一般的であった。長引くとそれだけ命が失われるからだ。問題なのは、これ以上長引かせられないと言う判断の下ではなく、ただめんどくさかったという事と、死屍累々の中を悠然と歩いたことだ。
軍のトップとなる大統領や元帥、さらには外交官まで、裏でたいそう彼に感謝したのは言うまでもない。国力上守りを主体とする政策だったからなのだが。
貧民街ことをリアムから聞き出していると部屋にミカエラがやって来て、一度、天の神殿へ戻ることになった。
軽い転移酔いにさいなまれつつ、はたと気づくと、そこにいたのは、
「お兄ちゃん!」
「マリーナ!」
パウルはしっかりとマリーナを抱きとめた。泣いているところを見ると相当不安だったのだろう。
「せっかくの再会に水を差すようで悪いが、二人ともこっちを向いてくれないか」
ユニゲイズは淡々とそう言った。二人が離れて向くのを待ってから言葉を続ける。
「二人の歪み、即ち、種族の呪いを解く。しばらくじっとしていてくれ」
彼が右手の平をパウルに、左手の平をマリーナに向ける。すると彼の手からそれぞれに光の粒子がゆったりと伸びていき二人を包んだ。
そして、徐々に何かのつっかえがなくなって行くように、二人の気分はすっきりとしていく。
「君たちから技能『天使化』を消した。これで、晴れて正式な天使である天族となった。また、技能『羽翼隠蔽』は『天族隠蔽』に変えた。正式な天族となったことで、頭に光の輪が現れている。光の輪は天族の弱点だ。十分に注意しなさい」
二人がユニゲイズに向かって頷くのを確認すると今度はミカエラが口を開いた。
「ルシフェル、あなたの階級はそのままです。そしてあなたの権能は『魔の知』、眷属を持つことになった場合、この権能が重要になるので覚えておきなさい。マリーナ、あなたには天使名ラジエラを授けます。階級は熾天使に次ぐ第二位の智天使、権能は『
「権能の元に眷属は集まる。二人が集まったものを眷属として認めることで知能を獲得し、つながりができる。つながりは魔素によるもの、通信魔法のように、声を必要としない。それと、元から知能をもつ人種は眷属として認めることは許さない。ただ数人のみを己の
「眷属には加護、巫には祝福が与えられます。あなた方が認めるだけですが、相手が望んでなければ眷属にも、巫にもなりません。忘れぬよう」
「そう言えばパウル、お前には恋人がいたな。種族上連れてくることも、転生することもできないが、大丈夫か?」
彼は目を閉じて考えた。が、それもほんの一瞬だ。
「大丈夫です。今回の世界転移は良いきっかけになったでしょう」
「なぜだ」
「あのまま、家庭を持つまでは付き合っていなかったからです」
「答えになっていない」
立派な答えだろうと言う反論をかみ殺した。口論しても得がないからだ。
「・・・彼女は感情を失っていた私に母性が働き、その延長で付き合っていました。また、その方がいいと軍や周りから、私にくっつけられていたようなものでした」
「恋愛感情はなかったと」
「彼女がどうかは知りませんが、少なくとも、私にはほとんどありませんでした。感情を取り戻してくれたことに対する恩を返す為でした。性格と言うか、彼女の無意識層では、感情が薄い人に惹かれやすい質でしたから。最近は周りからの目や言葉でと言ったところでしょうし」
これに関してはまさにそうだった。
感情を失っていたパウルに母性が働いてその延長線上で恋人となっていたのだが、最近はあまり興味がなくなっており、交わす言葉も少なくなっていた。
恋人として当然交わされる性交渉も実は一度もなかった。
性交渉に限って言えば、パウル自身にその欲がほとんどないのも悪く、相手も時期にならないと希薄だったのも悪いのだが、やはり、関係としてなかったのはそういう事なのだ。関係が続いていれば分からなかったが、今までの段階ではお互いに恋愛感情は希薄だったわけで。
仕事の関係上仕方なくはあるが、一緒に出掛けることもほぼなかったという有様だ。付き合う当初こそ、妹がいなかったので家を空けることが多かったその間の維持や、帰ってからの家事をやってくれていたわけだが、妹が戻ってからはその必要性が薄れていた。無論、妹とはまるで姉妹のように楽しくやっていたようだが。
悪くはないが関係は冷めきる寸前だった。それでも、彼女は戦略兵士の手綱を握れており、悪くない関係も手伝って、周りは押し付けていたのだ。
それに、戦略兵士の恋人となれば重圧があったはず、妻ともなれば増すばかりなのだ。ここいらで彼女を解放してあげた方がよほどいいわけだ。
「そうか」
彼の説明に対して、ユニゲイズは希薄な答えを返した。
彼女の意思は確認済みだったからだ。始めこそヒステリックになりかけていたが、結局のところ、回答は同じようなものだったのだ。
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