第六話 黄泉の国①

「う…、こ、ここは一体」


目覚めると、目の前に大きな川が見える。白い死装束を身に纏った人たちが、小舟に乗り込み対岸へと渡っていく。夢でもみているのだろうか…。久太は突然の出来事に理解が追いつかない。ふと、視点を自分の体に向けると、同じように死装束を纏っている。久太は自分の記憶を注意深くたどり始める。


「まず学校で変な夢を見て、善五郎と喧嘩した。その後、家に帰ろうとしている途中に四文字交差点で…」


久太は自分の状況を理解して、その場にかがみ込んだ。本当に死んでしまったということもだが、善五郎と喧嘩別れになってしまったことが後悔でしかなかった。善五郎が変に自分のせいだと気負ってないことを祈るしかない。まだ死にたくないと思い、戻ろうとして後ろを見てもただ暗闇が広がるばかり。諦めて、周りの人たちと同じように船乗り場に向かう。よく見ると、対岸では色々な人がこちらに手を振っている。先に亡くなった人たちだろうか。鬼が操舵する小舟に乗り込み、遂にあの世に向かう。出発前に鬼から説明と身元確認がなされた。


「えー、この船は黄泉の国入り口までの片道切符となっております。まだ死ぬべき時ではない方は、後ろ側に光が広がっているはずです。それに該当する方は申し出てください。尚、後ろが真っ暗な人はこのままお乗りになられて構いません。操行中、身を乗り出したりしないでください。この世でも、あの世でもない場所で永遠に彷徨うことになってしまいます」


一つの船に六人が乗り込む。鬼は全員にアナウンスするように大きな声で言うと、一人一人に名前と、死亡原因を確認しはじめ、久太は三番目に鬼に話しかけられた。


「三津谷久太、享年十七歳。死因は不明? どういうことですか? 」


「いや、どういうことですか? って言われても…」


鬼は首を傾けながら、


「んー、もしかして呪いか何かで死にました? 」


名簿の様な紙を見ながら尋ねてきた。久太は呪いかどうかはわからないが思い当たる節があった。


「呪いかどうかは分からないですけど、百鬼夜行を見ました」


「なるほど…。百鬼夜行は呪いに該当致します。それで気づいたら死んでいたと? 」


「いや、交通事故で…」


「了解致しました。では確認完了です」


鬼は淡々と後の三人の確認を終えると、船の先頭に戻り船を漕ぎ始める。二十分程船に揺られていると、あっという間に対岸に着いた。船を降りると久太らは、黄泉の国への入り口と思われる大きな赤い門の前にやってきた。門をくぐると、赤い肌で髭を生やした大男が机に座り何やら判子を押している。鬼に案内され、死者達は一列に並ばされ、自分の番を待つ。


 かなり長い列になっているので、久太の番がくるまで三時間程かかった。いよいよ次は久太の番だという時に、トラブルが発生してしまう。久太の前に並んでいた男が暴れ始めたのだ。事の発端は、閻魔大王が裁きを下した時だった。


「お主は、人を三人殺めて死刑によりこの場所に来た。他人の生を奪うことは、自殺の次に重罪じゃ! しかも、死刑直前まで反省の態度がなかったそうじゃな。貴様のようなやつは、黄泉の国に行かせん。永遠に彷徨い続けよ」


閻魔大王がそう言うと、男は暴れ始めて閻魔大王に殴りかかろうとした。しかし、護衛の鬼たちによって取り押さえられ、何処かに連れて行かれてしまった。閻魔大王は溜息をついて、その男の詳細が書かれた紙に大きく、バツがかかれた判子を押す。

 いよいよ久太の番だ。久太は心臓の鼓動が早まっているのを感じる。閻魔大王は久太のことが書かれている紙を凝視して、先程の鬼と同じように首を傾けた。


「お主は百鬼夜行を見た、とあるが真か? 」


「は、はい。見ました」


「どんな奴が見えた? 」


「色んな妖怪などがいました。特に神輿の中の、黄泉の国の王らしい方が一番恐ろしかったです…」


久太がそう言うと、閻魔大王は久太のことを二度見してから


「お主がか! もう直こちらに来ると姫から伺っておる」


と言う。久太は姫と聞いて、すぐに誰か分かった。


「おい、狐はおるか」


閻魔大王が呼ぶと、女の人の声が返ってくる。


「はいよ、この子を姫様の元に連れていけばいいんかい? 」


「そうじゃ。小僧もう逝っていいぞ。そこの狐耳がある、女についていきたまえ」


閻魔大王に促されて、遂に黄泉の国に足を踏み入れた。久太はすぐに狐耳の女を見つけることができ、駆け寄っていった。


「あの…閻魔大王さんについていけと言われたので…。宜しくおねがいします」


狐耳の女は少し年上だろうか、大人びた整っている顔をして、巫女を想起させるような服を身に纏っている。


「お、あんたが久太さんね。姫様からお前さんのことは聞いてるよ。あたいは小町って言うんだ。分からないこととかあったら気軽に言うてな! さぁ、行こか」


そう言うと、小町は黄泉通りという大きな道を進み始めた。久太も送れないように歩き始める。その間も小町は黄泉の国のことを色々と久太に教えてくれる。


「この大通りを真っ直ぐ行くと、帝と姫様がいる館に着くんよ。で、今いるのが十字架交差点っていう交差点なんよね。黄泉の国でも車が走っとるんやで! 昔の車や、馬車まで走ってて、駅に行けば汽車だって走ってる! どう? 驚いたやろ! 」


「まぁ、はい。でもこの交差点と自分が死んだ交差点が似ててなんだか気味が悪いです…」


この十字架交差点と、久太が事故に遭った四文字交差点は瓜二つだ。事故のことがフラッシュバックしてきそうだったので、久太が急いで道路を渡ろうとした時だった。久太のことを轢いた車に似た軽トラックが、久太めがけて突っ込んでくる。久太は咄嗟に目をつぶった。

 十秒程経っても車に轢かれる感覚は無く、恐る恐る目を開くと、車は既に後ろに走り去っていた。


「び、びっくりした…。俺、何で今轢かれなかったんですか? 」


小町は呆れたような顔をしながら答えてくれた。


「久太さん、そんなことも知らんの? 黄泉の国で轢かれることはないし、もう死んでるから死ぬこともない。今みたいに車とかは、自分が乗る意思があるときのみ実体化するんよ。だから、今みたいな何もない時に、車に当たったりせんから安心しなされ」


久太はそんなこと知らなかったので、まだ心臓の高鳴ったような感じが収まらない。最も、死んでいるので心臓は動いていないのだが。


「他になんか質問あるかい? 」


小町がそう尋ねてきたので、久太は幾つか黄泉の国にきてからのことを尋ねることにした。


「えっと、今日閻魔大王から裁きみたいのを受ける時に、自分の前のやつが殺人鬼だったらしくて、永遠に彷徨えって言われてたんですけど、どうなるんですか? 」


「詳しいことはあたいも分からないけど、閻魔のおじさんにバツ印の判子を押されたら、真っ暗でなんもない所に永遠に閉じ込められて彷徨い続けるって言われてる…」


「まじか…。じゃあ、もう一つ聞きたいんですけど…。百鬼夜行って知ってますか? 」


小町の顔が一瞬歪んだ。そして、落ち着きが無くなってきたのが目に見えて分かる。明らかにさっきまでの小町ではない。何かに怯えているような、そんな感じがする。


「い、いや〜、分からんなぁ…。そ、それがどないしたん? 」


「実は言うと、俺と親友の奴と、その…、姫が見てるんですよ。百鬼夜行を。そして、実は姫と俺ら幼馴染です」


「姫さんはありえんやろ。帝の妃だよ? お妃様に人間出の者がなっているはずがない…」


小町は疑いの目で久太を見る。しかし、久太は話し続けた。


「その、今の姫様の名前って黄泉姫ですよね? 彼女の本当の名前は夢野由羅。そして、彼女は生者です」


久太の言ったことに小町は目を丸くして、手で口を抑えた。小町は開いた口が塞がらないという感じで中々話せず、少しの間沈黙が続く。


「せ、生者? ありえんやろ! 生者はこの国じゃ生きられん。仮に生者がこの国に来たとしても、体が崩壊して一生彷徨いつづけるか、他の霊に体奪われてまうだけやで? 」


「そうです。その時の由羅もこの国の王様にそのようなことを言われてました。だから彼女達は夫婦になったのです…」


「たしかに夫婦になれば、生者でも黄泉で存在できる…。でもあたいらは、黄泉姫は天界から来た方と聞いていたしなぁ…」


「天界? 」


「あ、久太さんは天界をご存じないのか。俗に言う天国やで。まぁ、普通の人は行けんけどな。この世界は三段構造になっとるんよ。一つ目が生者が住む、現世。二つ目が死者が集う黄泉の国がある、常夜。三つ目は神様や仏様の住む天界がある、常世。普通は、黄泉の国の帝は天界の方を妻として娶る。だから久太さんが言っているのが本当なら、異例すぎるってわけ」


久太は初めて聞く話に興味津々だった。その後も館に着くまで小町は色々な話を久太に話した。久太はその度に驚くような話ばかりで、すっかり小町の話にのめり込んでいた。

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黄泉の国夜行~居眠りをしたら、そこは黄泉の国だった~ 吉田 春 @tokutoku1106

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