第0域




俺の【平穏】な日常が2度目の崩壊を起こしてから、凡そ半年が過ぎた。




辻錦学園。俺の通っている高校だ。今日から夏休みなのだが、高校最初の試験で大失敗をした俺は補習を受けていた。補習が終わるとすぐにバスケ部の合宿がある。高校生の夏は大忙しだ。


そんな補習中の教室に女性教師の声が響く。


女性教師「宇橋さん!宇橋静姫さん!起きてください!」


静姫「ひゃっ、ひゃぃっ!?」ガタッ


左側の髪をサイドアップにした可愛らしい容姿の女子生徒は、起き上がると同時に椅子から転げ落ちた。教室からはクスクスと笑い声が聞こえた。




長い長い補習が終わった。


クラスメイト「静姫~。爆睡だったね~www」


静姫「ちょっと、蒸し返さないでよ~!ところでさ、私、寝言で変な事言ってなかった?」


クラスメイト「え?いびきはかいてたけど、寝言は無かったわね。多分。」


静姫「そう。なら安心した。じゃ、私は帰るね。」


クラスメイト「??? じゃ、じゃあねー。」


そう言って学校を後にした。







静姫?「ふぅ~・・・。俺もだいぶ女のフリが板についちまったな。良いのやら悪いのやら。」


なんとなく察しが付いていた人もいるかもしれないが、この静姫という名前の女の子、実は俺である。隆静である。俺は中学卒業直前にⅡ型性転換症を患い、身体が女性になった。元の男性の身体には戻れないので、戸籍も名前も変えざるを得なかった。


不幸中の幸いだったのが、入学前であった事と、同学年に同じ中学出身の生徒がいなかった事、そして辻錦学園の理事長が性転換症に理解を示してくれた事だった。孫が当事者らしい。


【平穏】を望んだ俺は、幾つか提示された対応策のうち、自分が男性である事を出来る限り隠す道を選んだ。法整備や支援制度が出来ていても、性転換症に対する奇異な眼差しは依然残っている。そのおかげで、ごく一部を除き、生徒も先生も俺の正体は知らない。


そんな訳で俺は普通の女子生徒を装って高校生活をスタートさせたのだ。因みにこの容姿は、2種類ある俺の好みの女性のタイプの1つだ。




隆静「腹減ったし、駅前でハンバーガーでも食って帰るか。」


それでも素の自分を隠し続けるのは疲れる。だから学校を離れるとこうやって【隆静】に戻る。身体は変わってしまっても、心は男のままだ。







???「何してるんですか静姫先輩。」


隆静「ひゃっ!?」


名前を呼ばれ、慌てて後ろを振り返ると、そこには小柄な体型に不相応な程の立派なものを携えた後輩の生徒がいた。中等部3年の船井智紗。俺の部活の後輩で、学校内で俺が男性だった事を知る唯一の人物だ。


隆静「なんだ智紗ちゃんかよ~。今、俺思いっきり素だったからビビったよ・・・。」


智紗「全く・・・。先輩自身が選んだ道ですよね?だったら帰宅迄油断しちゃ駄目ですよ。アタシみたいに勘が鋭い人に会ったら、速攻でバレますよ?」


隆静「へいへい。」


入部初日に速攻で俺が性転換症だと気付いたこの子の勘は尋常じゃない。最初は青褪めたが、学校内に味方が0なのは気が引けたので、餌付けという名の口止めをした上で、智紗ちゃんにだけは全てを話した。




智紗「ところで先輩、今ハンバーガーショップに入ろうとしてましたよね?」


隆静「ちょっと小腹が空いてな。電車の中でも食えるもんが欲しくてな。」


智沙「良かったら、その、アタシの食べかけで良ければあげますよ?」


隆静「た、食べかけ!?」


幾ら身体が女性になっても中身は男な訳で、女子との間接キスは憚られる。


智紗「少ししか口を付けてないので殆ど残ってますよ。2個買ったんですけど、流石に多くて・・・。」


量の問題じゃねーんだよ!まぁ、背に腹は代えられない。


隆静「そ、それなら有難く頂戴するよ。じゃ、またなー。」


少しというかだいぶ恥ずかしかったので、智紗ちゃんから貰ったハンバーガーを手に、急いで改札に入った。




智紗「・・・・・・本当に気付いてないのね。早くこの気持ちにピリオドを打たせてよ。先輩の馬鹿。」ボソッ







そして翌年の春、運命の歯車は軋みながら回り始めるのだった。




~メルティッド・チョコレート~

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