第7話 キョウユウ
二階に続く階段を上がる途中、母に声をかけられ上がるのを止めた。
手紙が届いてるとの事だった。
白い四角い封筒の口は可愛い小鳥のシールで止められていた。
右下に見覚えのある丸文字が書いてあった。
それ見て急いでもう一度、階段を上がり部屋に戻り、シールの小鳥を逃がしてあげた。
手紙と聞いてすぐに思い出せないのにも理由があった。
あの日から、手紙を出した事は時間が経つにつれ自然と忘れていたのだ。
希望は絶望から諦めへと変わっていた。
それが今、目の前に希望があるのだ。
手紙をじっくりと読む。
そこには、返事を書くのに時間が掛かった事に対してのお詫びの言葉、今の自分の状況、趣味、好きな景色、それから色々。
自己紹介にしては十分すぎる情報量があった。
それから、一枚の写真が同封されていた。
小さく海が見える。裏には手紙を書いている時の景色です、と書かれていた。
この景色を見ながら書いたのだろうと思うと、顔は自然とほころんでいた。
手紙を全て読み終えた後、大きく息を吐いた。そして、深く息を吸う。
こんな気持ちになったのは初めてだ。
この気持ちをどのように表現していいか分からない。
でも、どうにかして表現したいと思うのが人間の性だろう。
それを、表現できても本当の意味は伝わらないのだろうとも思った。
言葉によって表しても、言葉そのものは僕だけのものではない。今ある言葉を使った瞬間、この気持ちは表現出来ない。
似ている言葉で代用するしかないのだ。
しかし、今の気持ちに一番近い言葉をまだ知らない。
夕陽が窓から部屋に差し込んだ。
偶然とは時に運命なのかも知れないという錯覚を覚える。
この窓からも海が見えるのだ。普段は青い海も今は夕陽に染まっていた。
小さくだが、波打ち際で水に濡れまいと戯れる男女グループがいた。
海というのは無条件で好かれる存在なのだろう。
ラジオを何気なく付けた。この時間帯の番組は深夜とは違う活気がある。
今日のニュース、明日の天気、芸能ニュース、など情報がスピーカーから聞こえて来る。
テレビがいくら普及しても、未だラジオは立派な情報源であり、娯楽である。
だから、この古いラジオが壊れると情報源は一つ減る。
ラジオの音量より大きな声で母に呼ばれた。
一階に下りたら、食卓には夕ご飯が用意されていた。お昼から何も食べていない胃袋を満たし、家族との談笑を終え、また二階へ上がる。
明かりを灯し、窓の外は家の光と街灯の黄色と橙色しか見えなくなっていた。
カーテンを閉め、受験勉強を始めていく。
降りる前に消し忘れたラジオも番組が変わっていた。
苦手な科目から始めていく事にした。
普段の怠惰が影響し、一つの問題に対する時間は自然と長くなっていく。
その時間が長くなり過ぎると、勉強そのもののやる気が削がれる。
手紙をもう一度読み返す。やはり、内容は変わらなかった。
ただ、離れた場所で自分と同じように頑張っている人と少しばかり繋がっていると思うと、頑張らなくては、と奮起する自分がいた。
頭がすっきりし、先程まで解けなかった問題が不思議と解けていく。
この手紙には一種のお守りの効果もあるのかもと幻想を抱いてみる。なんだって出来ると信じている。
魔法が使えてもおかしくないと考えている。
ふと、ラジオの声に反応した。
それまで、聞き流していたラジオの内容が気になった。
どうやら、自分と同じ年頃の子の相談だった。
受験勉強に集中しなければならない時期なのだが、近頃気になる人が居て勉強に集中できない事が悩みで対処法を求めている。
その悩みに人生経験豊富な大人の声が答える。
相談者と大人の声とのやり取りを聞きながら、無事解決に向かう事を祈るばかりである。
幼い声は少し涙を浮かべているように聞こえた。それぐらい悩んでいるのだろう。
悩みは人それぞれで、誰かにとって小さな悩みでも、その人にとっては大きな事だ。
そこに、他人がどうこう言うのはおかしい事だと少ない経験の中でも確信していた。
悩みは非難するものではなくて、共有するものだ。
そんな考え方を持っていた。きっとこの先、環境、関わる人によって新たな人格が形成されるのだろう。
でも、それはまだまだ先のお話。
すっかり聞き入ってしまった。
進んだのは、時間とラジオだけだった。無事解決して良かった。
ペンを止めて損は無かったと思う。
人の悩み、解決を知ると少なからず同じ境遇に立った時、知識はゼロでは無いのだ。選択肢は一つでも多く持っていた方が良い。
解決したという事は再び、ペンを握らなければならない。
今度は、目の前の勉強という悩みを解決しなければならない、と思うとさっきまで時間が羨ましい。
少しずつではあるが、頭の中に知識を詰め込む努力をしている。
そして、疲れたら寝る。学生とはこんな毎日の連続。
早く大人になりたい。勉強なんて嫌だと一日に数え切れないくらい溜め息と同時に吐き出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます