第463話 魔術師リアムの上級編の激怒の後

 祐介は、相当凹んでしまったらしい。いつものにこやかな祐介はどこへやら、あれからもう暫く経つというのに、未だリアムに縋り付く様に抱きついたまま一向に動く気配を見せない。


 だが、魔法陣の本番を描きたい。人間が使うとなるとある程度の大きさが欲しいので、となると一つを描くにも時間がかかるのは容易に予想出来たからだ。


 叱られて凹んでしまうなど可愛らしいものであるが、どうも祐介は叱られ慣れていないのか、ガツンと叱った後は暫く凹み続ける傾向にある様だ。なまじ器用で要領がいいだけに、人に叱られること自体が少ないのかもしれなかった。


「あー、祐介?」

「……うん」

「そろそろだな、魔法陣の続きを描きたいので、機嫌を直してもらえるとありがたいのだが」


 すると、ようやくゆっくりとだが祐介が顔を見せてくれた。なんと、今にも泣きそうな顔をしているではないか。


「……ねえ、嫌いにならないで」

「は?」

「やり過ぎた。反省してるから、次からは他の人のことももっと考えて行動するから、だからお願いだ、嫌いにならないで」


 なんと、少し強めに叱っただけで、嫌われてしまうのではないかと思ってしまったらしい。


「祐介、私は叱りつけはしたが、それは祐介が言えば理解出来る人間だと思ったからだ。祐介に期待していなければ、そもそもこんなことは言わぬ」

「本当……?」


 つい先程までのリアムを煽り気味だった祐介はどこへやら、今はまるで小さな子供の様だ。


「人間誰しも失敗の一つや二つはある。大事なのは失敗しないことではなく、その失敗をどう次の糧に出来るかであると思うぞ」

「時々、本当いいこと言うよね」

「時々とはなんだ、時々とは」


 やはり棘は消えてはいなかったが、まあ機嫌の良し悪しは誰しにもある。


「祐介はいい奴だ、安心しろ」

「僕はいい奴なんかじゃないよ」


 とうとう卑下を始めてしまった。これは思わぬ程祐介に響いてしまったらしい。


「祐介、これは私の持論だがな」

「うん?」

「いい人とされている人間にだって、悪いことや卑怯なことを考えたりすることはあると思っている。肝心なのは、それでも他者によかれと思い接する心構えだとな」

「心構え……」


 リアムは頷いてみせた。


「祐介、誰も聖人君子などになれはしない。だがなりたいと願うことは出来る。願い、行動に移し、反省点があれば修正を行なうのだ」

「実験みたいだね」

「そうだ、人生は実験の繰り返しだぞ。何もせねば何も成さぬ。何度も繰り返し最適の方法を見つける、それは魔術も人生も同じであると私は思う。だから」

「うん」

「だから、そう凹むな。私も悲しくなる」


 すると、祐介が「え?」と言ってリアムを見た。


「僕が凹むとサツキちゃんが悲しくなるの?」

「言い過ぎたかと、今も反省しておる」

「いや、言い過ぎじゃないと思うけど……あは」


 祐介よ、何故そこで笑う。


「ねえサツキちゃん」


 祐介の表情が明るくなってきた。今のどこに立ち直る点があったのかは分からぬが、まあもうそれはいい。祐介の凹む姿を見るのは、リアムとて辛いのだから。


「何だ」

「今日も一緒に寝てもいいですか」


 祐介が、期待に満ちた表情で尋ねた。

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