第462話 OLサツキの上級編、フレイのダンジョン地下十階の露天風呂へ

 まだまだ物足りなさそうなユラだったが、サツキの首に限界がきた為サツキが根を上げると、ユラは大人しく立ち上がらせてくれた。


「腹筋を鍛えるといいんじゃないか?」

「そういう問題じゃないと思う」

「素直に正面からの方がよかったか。よし、やり直……」

「しないからしないから! お風呂入るんでしょ!?」

「お前だって好きな癖に」

「これはこっちの世界に繋ぎ止める為に必要なことなんでしょ?」

「……おう、まあな」


 ユラは渋々諦めたらしく、サツキの手を掴むとログハウスの方に戻り始めた。サツキは何でもない表情を心がけていたが、内心どっきどきだった。先程のユラのひと言に、激しく動揺していたのだ。何故ユラはサツキがキスを好ましいと思っていることが分かったのだろう、と。一度だってそんな素振りは見せたつもりはないし、なるべく逃げる体勢でユラとは接してきた筈だ。なのに何故。


「サツキ、どうした? 今度は何考えてんだ? また何か変なこと考えてんじゃねえのか?」

「またってどういうことよ、またって」

「だってちょいちょい変なこと考えて百面相してるじゃねえか」

「してないし」

「自覚ないのか? 今だって物凄く慌てた風だったのに」

「だから何で分かるのよっ」


 サツキはそう回答して、しまった! と思い慌てて空いている方の手で口を押さえた。すると案の定、ユラがニヤリとしつつ言った。


「ほうらな、認めた」


 沈黙は金。サツキは黙ることにした。でもユラはニヤニヤしたままだ。段々腹が立ってきたので、サツキは言った。


「お風呂明日にしようかな」

「ごめん! もうからかわないから!」


 ユラの切り替えは早かった。


「な? お風呂入ろうぜ。それでさ、あれこれ話しようぜ!」

「からかわないでね」

「分かったって」


 ユラはそう言うと、早足に切り替わってどんどんサツキを引っ張って行った。サツキはそんなユラの背中を見ながら、驚愕を隠せないでいた。今、サツキは怒った。怒った上に、それをユラにぶつけた。しかも、ユラがこれなら謝るだろうと思う提案をして。


 前のサツキだったらあり得ない出来事だった。内心怒ることは多々あっても、それを表に出すことは怖くて出来なかったのに。


 この人には、出来た。


 何故だろう? サツキは考えてみた。他の人とユラと、何が違うだろうか。サツキはユラのことが好きだけど、だけどそれで怒れるかと言うと話は別だと思う。何故だ何故だ。サツキは更に考えた。そしてふと、ウルスラの言葉を思い出した。ユラを信頼してるのかと。


 信頼。そうだ、それだ。サツキはユラを信じてる。ユラは裏切らないと、何故か勝手に思っている。隠し事が多くてのらりくらりとサツキの質問を躱していくが、それでも根本のユラはサツキの中でぶれない。何故か。


 ユラが、目に映るものしか信じないと言っているからだ。つまり目に見えることは信じてくれる。それがどれ程の安心感をサツキに与えているか。


 ユラは、嘘はつかない。騙さない。だからなんだ。


 サツキは、少し自分を褒めてやりたくなった。サツキ、いい人に惚れたじゃないのと。たとえこの恋は成就することはなくても、この人を好きでいれてよかった、きっとそう思える日が来るから。

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